第75話
「ふぅむ、こんなものか」
信康は自身の為に用意された、礼服に袖を通す。
自分の身体にピッタリとあった、服の寸法だった。
「何だ。似合うじゃない」
そう言ったレズリーも何処かの祝賀会に参加するのか、カジュアルなドレスを着ていた。
白を基調にしたワンピースドレスの上に、黒の上着を着ている。
御洒落なのか、耳には明るい青緑色の耳飾りを付けていた。
「お前も似合うな。何時もより一段と可愛くて見違えたぞ」
「なっ、か、可愛いって、そんなお世辞言われても嬉しくねぇよっ。つうかお前っ、あたしの事を可愛いとか本気かよっ」
信康に可愛いと言われたレズリーは顔を赤らめて、明らかに動揺していた。
「あっ~お姉ちゃん。顔が林檎みたいに真っ赤だ。オニイチャンに褒められて嬉しいんだ~」
アリーナは先程の服と違って、子供用の赤いフォーマルドレスを着ている。アクセントに薔薇の形を模した、お洒落な装飾が付けられていた。
更には首元に、真珠の首飾りを付けている。
「ば、馬鹿言うな。アリー、あたしはっ」
「ねえねえ、オニイチャン。アリーのドレスどうかな?」
アリーナが自分のドレスを良く見せようと、その場で一回転した。
回転する間、笑っているのでこのドレスがとても気に入っているのだろう。
「アリーも可愛いぞ。とても良く似合っていて、誰が見ても立派な淑女レディーに見えるぞ」
信康は取り敢えず、無難な台詞をアリーナに送る。アリーナが可愛いのは事実なので、嘘は言っていない。
「えっへへ、そう。嬉しいな~」
アリーナは信康に褒められて、嬉しそうに笑顔を浮かべてクルクルと回る。
信康はアリーナの笑顔を見ながら、先程レズリーに言われた事を思い出す。
『ああ、実はな。今日の披露宴に呼んだ護衛が、手違いで来れなくなったそうなんだ』
『ふむふむ。成程。それで?』
『アリーのオジサンの伝手で一人は来てくれたんだけど、後もう一人欲しいそうなんだ。其処でさ』
レズリーはそこから先を言おうとしたら、信康が手で制した。
『事情は把握した。要するに、俺を披露宴での護衛に推薦したのだろう?』
『そうなんだ。頼めるか?』
『まぁ、良いだろう。だが、ちゃんと報酬は出るのだろうな? 幾ら俺とお前が知己の間柄とは言え、無償で仕事は引き受けられないぞ? 安くても良いから払ってくれ。申し訳無いんだが、流石に其処までは譲れない』
『勿論っ、其処は大丈夫だよ。お前の話をする時、報酬が必要だって言ったらオジサンは快諾してくれたんだ。急な事だからって事で、たっぷり色を付けるそうだぞ』
『随分と話が分かるな。なら、その護衛依頼を受けるとするか』
急遽、信康はアリーナの家族が参加する披露宴に行く事になった。
その旨を話そうと、アリーナの両親の元にレズリーと共に行った。
話してみたら、レズリーが人の良いオジサンとオバサンと言った意味が分かった信康。
(レズリーが連れて来たからって俺の名前を聞いただけで、ほぼ採用するとか人が良いにも程があるだろう。些か不用心過ぎないか?)
まぁ報酬を貰えるのだから、別に良いだろうと信康は思う事にした。
「三人共、準備は出来たかな?」
「外に馬車を待たせているから、それに乗ってくれるかしら?」
アリーナの両親で、父親をハンバード・ドローレスと言い、母親をモナ・ドローレスと言う。
二人共、三十代にしては若々しい顔立ちの夫婦であった。
「いやぁ、ノブヤス君。急な依頼であったのに、受けてくれて感謝するよ。本当にありがとう」
「お礼など無用です。こちらとて報酬が欲しくて、受けただけの話に過ぎない。あなた方が其処まで気に掛ける事では無いので、お気になさらずに」
「ははは、若いのに良く出来たお人だ。君は悪い人では無いみたいなので、大丈夫でしょう。まぁレズリーが連れて来た時点で、信頼に値する人物だからその点は心配していないよ」
「はぁ、そうですか」
何か凄く信頼されている事が不思議に思いつつ。信康はレズリーを見る。
レズリーも意味が分からないのか、首を傾げる。
「いや何。レズリーは人見知りが激しいので、友達が少ないんだよ。その分、彼女が連れてくる人は皆、信用出来る良い人ばかりなんだ。はっははは」
ハンバードは笑うのだが、反対にレズリーは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あなた。レズリーちゃんも年頃なのですから、そんな風に言われては恥ずかしがりますよ」
「そうか。レズリーちゃんは子供の頃から面倒を見ていた所為か、アリーと一緒で娘同然に思っているのでついね。はっははは」
「それは・・・実に素敵な御関係で」
「それにしても、レズリーちゃんにもついに恋人が出来たのね。オバサン嬉しいわ。明日は色々と、お祝いした方が良いかしら?」
「オ、オバサンッ。こ、こいつはただの同じ階のアパートの住人なだけで、別に恋人って言う訳じゃないって!・・・そりゃ襲われて危ない所を何回も助けて貰ったし、何回か一緒に逢瀬もしたけどっ」
「まぁ、本当なのっ? だったらレズリーちゃんにとって、ノブヤス君は王子様じゃないの。それに逢瀬デートまで済ませているんだったら、それはもう恋人って言っても良いんじゃない?」
「それは・・・そうだけど」
「じゃあ、恋人って事ね?」
「そ、そうだけど。って、違うよっ!?」
「お姉ちゃんが男の人と仲良くしてる所なんて初めて見たし、うちに連れて来るのも初めてだよね~。お父さん」
「うん。そうだね。ノブヤス君。今後とも、レズリーの事をよろしく頼むよ」
ハンバードは頭を下げてまで、信康にレズリーをお願いして来た。
(何だろう。何故か、嫁の実家に初めて挨拶に来た気分になるのは、何故だ?)
どうもハンバード達の話を聞いていると、そう思える。と言うか、そうとしか思えない。
レズリーは顔を真っ赤にして、全身をプルプルと震わせていた。
流石にこのままにしてはまずいと思い、信康はハンバード達に馬車を乗る様に促した。
「ほ、ほら、早く馬車に乗りましょう。じゃないと、披露宴に遅れますよ」
「おお、そうだった。義父さんも馬車で早く来るのを待っている筈だ」
「そうね。お父さんってばあれで結構、せっかちだから」
ハンバードとモナは話しながら、馬車が停まっている所に向かう。
「オトウサン? ハンバードの父親と言う事か?」
「そうなんだけど、正確に言えばオバサンの父親だから、オジサンにとっては義理の父親だ」
「モナの実父で、ハンバードの義父か。どんな御仁だ?」
「良いオジイチャンだよ。愛嬌もあるしとっても強いのっ!」
「そうだな。気の良い人だな。困った所があるとしたら、髭に凄い拘りがある位だな。何せ、毎朝二時間も掛けてガイゼル髭の手入れをしているから」
「ふぅん。そんなに良いご老人なのか。今は何をしているんだ?」
「確か、前は王都警備部隊の部隊長になっていたよ」
「いた? 今は?」
「何か良く分からないけど、出世して王都警備部隊の総隊長になったそうだぜ」
「ほぅ? 出世した訳だな」
どんな人物か分からないが、話を聞いた限りでは人が良くて髭に拘りがある有能な人物という事が分かった。
「披露宴会場に着いたら、顔を合わせるだろうからな。その時にどんな人か分かるか」
「そうだな。じゃあ、早く馬車に乗ろうぜ」
「うん!」
レズリーの言葉に従い、アリーナがいの一番に馬車に乗ろうと向かったので、信康達は苦笑しながら後を追いかける。
馬車に揺られる事、三十分。
ファンナ地区にある会場に着くと最初に信康が降りて、安全を確認をしてからアリーナ、レズリーの順で降りた。
隣の馬車から、白髪の老人が降りて来た。
(うん? 何処かで見た様な・・・・・・・)
信康は失礼と思いながらも、その老人の顔をジッと見た。
その顔をジッと見て、信康はようやく思い出した。
「あ、ああ、あの時の部隊長!」
「うん? お前さん、儂にあった事があるようじゃな。はて?・・・・・・・・おお、思い出した。少し前に警備の手伝いに来たのか、治安を悪くしに来たのか分からない傭兵共の中におった顔じゃな」
「はぁ、その通りだけど。よく覚えているな~、一度しか会ってないのに」
「ふん。儂はそこまで耄碌しておらん。お主が急遽、来てくれた護衛か?」
「ああ、そうだ」
「そうか。まぁ、急な依頼なのに来てくれたのじゃ。御礼は言わせてくれ。それとあの時の事は済まなかったな」
「あの時?」
「ほれ、儂とお主が初めてあった時じゃよ。あれは朝から腹が立つ事があってな。つい、その苛立ちをぶつけてしまってな。後で流石にあれは悪かったなと、反省しておったのだ」
「・・・・・・いや、その後は俺達も問題を起こしたから、こちらとしても迷惑を掛けた」
あの時の喧嘩は信康は参加していないが、警備部隊に迷惑が掛かる様に誘導したのは、他ならぬ信康だ。
なので、こっちの方が謝るべきだと思う。
「何、あの程度の衝突なら日常茶飯事じゃ。だから特に問題など無い」
「しかし、迷惑を掛けた事には変わりないから」
「ふっふふ、お主は意外に律儀な所があるようじゃな。何度も言うが、こちらは気にしておらんよ」
そう言われては信康は今度、リカルド達を連れて謝りに行くとは言えなかった。
「そう言えば、お主の自己紹介は聞いてなかったな。名前は何という?」
「信康だ」
「そうか、ノブヤスか。ところでお主、孫達とは親しいのか?」
「レズリーはちょっと前に知り合いになったばかりだし、あんたの孫娘とは今日知り合ったばかりだ」
「そうなのか。娘夫婦達の話では随分と親しくしていると訊いたが?」
「ただ、あんたの孫に懐かれただけさ」
「ほぅ・・・・・・」
ビュッコックは感心した様に、顎を撫でる。
其処まで話しているとレズリー達が話している二人を興味深げに見ているのに気付き、信康達は話すのを止める。
「お義父さん、知り合いですか?」
「ああ、前に仕事を一緒にした事があってな」
「それはまた。世間は広い様で狭いですね」
「全くじゃな」
「二人共、話すのは披露宴パーティー会場に入ってからでも良いでしょう」
「おお、そうじゃな。では、行くとしようか」
「ええ」
ビュッコック達は先に会場へと向かった。
「さて、私達も入りましょうか」
「うん!」
アリーナはモナに腕を引かれながら、披露宴会場へと入って行く。
信康達も、その後に続く。
(そう言えば、今日の披露宴パーティーは何処が主催か聞いてなかったな。まぁ、会場に入ったら分かるか)
そう思い、信康は止めていた足を動かし披露宴会場に入る。




