第74話
「思ったよりも、金は掛からなかったな」
信康は自分の財布の中を見て、一人で感想を口にしていた。
食べ放題という今まで入った事のない種類の飲食店で食べるので、かなり金が掛かると思っていた。しかし当初の予想よりも、幾分か金が掛かっていない事実に驚く信康。
(しっかし、食べ放題とはあんな感じなのか。初めて入るからどんな店なのか分からなかったが、規定料金を払って制限時間内なら幾ら食べても値段が変わらないとは、変わった形態だな。それでも食べ残せば追加料金が発生したりする辺り、形態もしっかりしている)
初めて入る飲食店なので、どうしたら分からず信康はレズリーやアリーナにどうやって食べるのか、皿はどうしたら良いのかと食べる度に聞いていた。
その様子が面白かったのか、レズリー達は笑みを浮かべていた。
食事をしながら近況を話し合っていたら、腹が膨れて来たのでレズリー達が甘い物を取りに行った。
信康は甘い物は好きではあるが、甘い物が好きな女性が大勢居る中に行くと浮くのが分かっている。普段ならば周囲の視線など気にしないのだが、今回はレズリー達に取りに行かせた。
レズリー達が取って来たのを食べながら、話をしていると皆のお腹が膨れ店員がそろそろ時間だと言うので、信康達は飲食店を出る事にした。
支払いが全員合わせて総額で、大銀貨一枚と銀貨一枚と大銅貨七枚と銅貨八枚と鉄貨五枚と言う金額となったので信康が驚いていた。
実は一人に付き大銀貨一枚で総額が大銀貨四枚とかじゃないのかと訊ねると、受付にいた店員に聞いて店員を苦笑させた。
料金を支払い飲食店を出るとナンナは礼を述べてからロードワークに行ってしまい、残ったのはレズリーとアリーナと信康だけだった。
「あんた、食べ放題に行った事が無いのかい?」
「ああ、今日初めて入った」
「そうかい。まぁ、食べ放題の値段はだいだいあれ位が相場じゃないかな。あたし達は学園生だから割引が効いたけどね。他にもお年寄りや種族割引とかもあったりするよ」
「成程。年齢や種族によって食べる量が異なるから、其処だけ料金に差がある訳だな。しかし幾ら食べても、値段が変わらんとはな。あんな店があること自体、俺は知らなかったよ」
「ふうん。東洋には食べ放題の飲食店には無いのか。故郷は東洋の何処にあるのさ?」
「同様の飲食店が、有るのか無いのかは知らん。それと俺の故郷の大和はこのプヨから、ずっと東に行った所だな。位置的に最東端だろう」
信康がそう言うと、アリーナは興味が引かれたのか目を輝かせて尋ねる。
「東って事だから、海を越えた所にあるの?」
「まぁ、そうだな」
「オニイチャンの国って、どんな国?」
アリーナは何時の間にか、信康に懐き「オニイチャン」と言われる様になっていた。更には信康に自分の事を、アリーと愛称で呼んで欲しいに頼んでいる。
兄と言われ、信康はふと大和皇国に居る腹違いの弟達の事を思い出した。
双子の弟達で、信康の事を「兄上」と呼んで慕ってくれた。
信康は可愛がってたが、父である吉康は弟達を嫌っていた様だ。信康の故郷である大和皇国では「双子以上は畜生腹」と言われて忌み嫌われていた。
その為、父は弟達を嫌っており、顔を合わせようともしなかった。
信康は何度か、一席を設けて弟達を父と会わせたが、それでも自分の子供として認知しなかった。
(あいつ等、元気にしているかな?)
弟達の事を思い返していると、アリーナが不思議そうな顔で見て来る。
「どうかしたの?」
「いや、別に。そうだな。アリーにも分かり易く言うと、あれだ・・・四季がある国だな」
「シキ? 何それ?」
プヨ王国は温暖な気候なので、夏と冬は気温は変わりはするが、雪というものは建国より今日まで間、数えれる位にしか降らない。
なので、アリーナもレズリーも見た事がない。
「四季と言うのはだな。春と夏と秋と冬の事を差すんだ。こっちの国とは違って、冬になると雪が降るぞ」
「すのー? 何それ?」
「確かオジサンの話だと、白くて冷たい物って言っていたな」
それだけでは分からないだろうと信康は思ったが、レズリーが補足した。
「そうだな。冬になると、空から落ちて来る白くて冷たい丸い物だ」
「オジサンは触ると直ぐに溶けたとか言っていたけど、そんなに柔らかい物なのか?」
「そうだな。手で触れると人肌の体温で、直ぐに溶けるな」
「へぇ、そうなんだ」
レズリーは頭の中で雪がどんな物なのか、何となくだが想像していた。
アリーナは全然分からない様で、しきりに首を傾げた。
「まぁ、大きくなったら見れる事もあるだろうよ」
信康はそう言って、アリーナの頭を撫でた。
アリーナは気持ちよさそうな顔をして、そのまま撫でられて続けた。
レズリーはアリーナを家まで送ると言うので、信康もついでだから付いて行く事にした。
アリーナは不満そうな顔で「まだ、遊びたい~」と頬を膨らませてむくれてた。
だが、レズリーが「今日はオジサン達がお前も連れて行く用事があるから、早めに帰って来いって言われているんだ」と言うと、むくれながらも「分かった」と言って帰路の道を歩く。
信康はむくれるアリーナに不意に、アリーナの股に頭を入れて肩車をした。するとむくれていたアリーナは驚きで小さく悲鳴を上げたが、直ぐに気に入って機嫌が良くなった。
こうして信康はアリーナを肩車したまま、家までの帰り道をレズリーと共に歩き出した。
そうして歩いているとファンナ地区に入り、裕福な平民層が住む平民街に到着した。
そして到着した先に有ったアリーナの自宅は、結構な規模の豪邸だった。その大きさは、マリーザが住んでいるルベリロイド子爵邸にも決して劣ってはいない。
「・・・・・・もしかして、アリーって良い所の家の御令嬢なのか?」
「ああ、そうだよ。ドローレス家はプヨ王国でも、五本の指に入る豪商なんだよ」
「本当か」
「ああ、本当だよ。あのオジサンとオバサンを見ていると、とてもそうは思えないけどな」
苦笑するレズリー。そんなレズリーの反応を見つつ、信康はアリーナをゆっくりと地面に降ろした。アリーナは残念そうにしていたが、また機会があったらしてやると言うと、一転して機嫌が良くなった。
そんなアリーナを見て、態度がコロコロ変わるなと苦笑する信康。
「じゃあ、俺は此処で待っているから、早く送り届けてやれ」
「あんたは付いて来なくて、良いのかい?」
「見知らぬ男が突然訪ねて来たら、誰でも警戒するだろう。これから出掛ける用事があるのに、そんな事で気を遣わせるのは流石にな」
「そうかい。オジサン達はそんな事は気にしないけど、気遣ってくれてありがとうよ。じゃあ直ぐに戻るから、ちょっと此処で待っていてくれよ」
レズリーはそう言って、アリーナを連れてドローレス邸に入って行く。
アリーナはレズリーに手を引かれながら、振り返り「バイバイ、オニイチャン」と手を振る。
信康も手を振って、アリーナを見送った。
そしてレズリーが出て来るのを、静かに待った。
待つ事三十分。
(遅いな。何をしているんだ?)
送り届けるだけで、どうしてこんなに時間が掛かるんだと思う信康。
(アリーがグズって別れるのに時間が掛かっているにしては、掛かり過ぎだな)
何かあったのだろうかと心配して待っていると、レズリーがドローレス邸から出て来た。
「随分と時間が掛かったな」
「悪い。いきなりだけどノブヤスッ。この後、何か予定とか有るか?」
「本当にいきなりだな? まぁ特に用事など今夜は無いが」
「じゃあ済まないけど、ちょっとあたしに付き合ってくれないか? 頼むよ」
「流石にいきなり過ぎて、事情が呑み込めない。詳しく理由を話せ」
「ああ、実はな」
レズリーの話を聞いた信康は、快諾してレズリーに付き合う事にした。当然、レズリーは喜んだ。




