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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第73話

「はいはい。何か揉め事みたいだけど、何かあったのかな?」


 信康はその言葉と共にやってきた女性を見る。


 中性的な印象を抱かせる顔立ち。腰まで伸ばした金髪。


 蒼玉石の如き瞳。身長は平均女性よりも高かった。


 しかし胸の方は、少々寂しい様に思えた。


「青色の官服・・・青色銃士部隊部隊長のシャルロット・ダルコーニュかっ? 何用だ!?」


「何用だってぇ? 治安警備の一環で、巡回の為に見回っていたのさ。それで何か騒ぎがあるから来てみたら、貴方が居ただけだよ。クレイディルス卿」


「むぅっ! 別に騒ぎを起こした訳では無いっ! 其処の子供が突然、私の馬の前に現れたので馬が驚いて、私を落馬させたのだ。それで躾をしてやろうと、そう思っただけだ」


 ムスナンがシャルロットと呼んだ、女性にそう言った。


「つまり・・・自分が落馬したから、その腹癒せに子供に八つ当たりしてるってところ?」


「なっ」


 自分の身に起きた事を端的言われて、言葉を失うムスナン。


「ねぇ、そっちの娘は謝ったの?」


 シャルロットは顔を動かして、レズリーに話し掛ける。


「ああ、何度も謝ったよ。でも、そいつは一向に許してくれなくて」


「女っ、余計な事を言うな!!」


 ムスナンが怒声を上げるが、レズリーは怯まずムスナンを見据える。


「ふん、本当の事だろう」


「貴様っ!?」


 ムスナンは腰に差している剣を抜こうと、柄に手を掛ける。


 信康はその動きを見て、道に落ちている石を拾いムスナンの頭を狙って投げた。


「っつ!? な、何だ?」


 いきなり額に痛みが走ったのでムスナンは訳が分からず、柄から手を離して石が当たった所を押さえながら周囲を見る。


「はいはい。いい加減大人げない事は止めて、さっさとお勤めに行った方が良いんじゃない? グズグズしていたら、職場の同僚達にも色々言われるかもよ?」


「む、むうううううっ」


 ムスナンもこれ以上、子供に絡んだら自分の名前に傷がつくと分かったのだろう。尤も、必死で謝罪する子供を許さず喚き散らしていた時点で、既に名前は傷だらけなのではないかと、信康はそう思ってムスナンを嘲笑していたが。


 ムスナンは不満あり気な顔をしながら、馬に乗り一緒に付いて来ていた騎士達と共にその場を離れた。


 ムスナン達が見えなくなると、レズリー達は安堵の息を吐いた。


「大丈夫? 何処か傷は無いかい?」


 シャルロットが心配して、そう尋ねて来た。


「ああ、あたしもこいつも何処も傷は無いよ」


「そうか。じゃあ、よかった」


 花が咲いた様な笑顔を浮かべる、シャルロット。


 その笑みを見て、レズリーに庇われていた子供も笑みを浮かべた。


 もう終わったなと思い、信康はレズリー達の元に行く。


「よう、さっきは災難だったな」


「何だ。あんたか、居たのかい?」


「ああ、人だかりの中に居て見ていたぞ」


「おいおい。じゃあ、助けてくれよ」


「ああ、あれだ。タイミングが悪かった」


「いやいやいや。其処は普通助けようとした、じゃないのか?」


「でも何もしなかった訳では無いぞ。石をぶつけられて、ムスナンあいつは怯んだろう?」


「あっ!? あの石投げたのノブヤスだったのかっ!」


 レズリーは驚いた様子で、信康を再び見た。同時に石を投げたのは誰だろうと思っていたので、該当者を知って納得した様子だった。


「あれ? レズリーもノブヤスと知り合いなの?」


「ああ、ちょっとした縁があってな」


「ふぅん、そうなんだ」


 ナンナは意外そうな顔をしていた。


「ところで、其処の娘は?」


「ああ、こいつか? こいつはあたし知り合いで名前は」


「アリーナ・ドローレスで~す」


 先程までレズリーの陰に隠れていたので良く分からなかったが、この子供は少女の様だ。フリルとレースが沢山あしらわれた膨らんだピンク色のスカート。


 身長も小さい所から、年齢的に言えば十代前半ぐらいだろうと信康は思う。


「レズリーの親戚か?」


「いや昔な・・・家の近くに住んでいたから、その縁で遊んでいたんだよ。まぁ、幼馴染みだよ」


「そうか。災難だったな」


 信康は手を伸ばして、アリーナの頭を優しく撫でる。


 力強く撫でるので少し髪型が乱れるのだが、アリーナは嫌そうな顔をしない。


「もう大丈夫そうだね。じゃあ、私はこれで失礼するよ」


 そう言ってシャルロットは、部下達を率いてその場を離れる。


「ありがとな、助かったぜ」


「ありがとね~」


 レズリーとアリーナは立ち去って行くシャルロットに、感謝の言葉を述べた。


 シャルロットは手を振って、離れて行った。


 信康達もシャルロットを見送る。そして信康は手を叩く。


「此処で会ったのも、何かの縁だ。特別に何か奢ってやろう」


「えっ!? 本気マジで?」


「本気マジだ。冗談でこんな事言うか。何処でも良いから、好きな店を案内しろ。家族向けの飲食店でも格式高い高級店でも構わん。俺が全額持ってやる」


「やった~、じゃあ、私はご飯と甘い物を食べたい! 食べ放題の飲食店(レストラン)でも良い?」


「おう、沢山食べて大きくなれよ」


「むぅ、アリーは子供じゃないもんっ!」


「ははははははっ! 子供は沢山食べて、大きな大人になれば良いのさ」


「あたしも良いのかい?」


「勿論だ。ついでに、ナンナもどうだ?」


「僕も良いの?」


「ああ、ついでだ。二人が三人になっても、別に問題は無い」


「・・・・・・・そろそろお昼だし、ご馳走して貰っても良い?」


「おう。遠慮するな。任せろ」


 信康は自信満々に、自分の胸を叩く。


 そしてレズリーの案内で王都アンシのケル地区にある、有名な食べ放題の飲食店に向かった。

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