第72話
部屋に戻った信康は暇なのでアパートメントを出て、暇潰しにヒョント地区を歩いていた。
(盛り過ぎたな。今からでも組合ギルドに行けば、仕事でも貰えるか?)
こんな事なら駅馬車組合に行って真面目に復職するべきだったかと、そう思いながら歩いていると前から見覚えがある顔が見えた。
(あれは、ナンナか?)
動き易そうな格好で走っていたナンナは信康に気付いたのか、手を振って来た。
「ああ、ノブヤスじゃないか。散歩?」
「そうだな。お前は何をしているんだ?」
「僕? 僕はね。秋の祭典に向けて、身体を少しでも動けるようにしているのさ」
「秋の祭典?」
何だ、それという顔をする信康。
「この国ではね、秋の収穫を祝う祭りがあるんだよ。知らない?」
「ああ、収穫祭みたいなものか」
大和皇国でも秋になると、収穫を祝う祭りがあった。それと同じような事をするのだろうと、そう思った。
「収穫を祝うのに、どうして身体を動かすんだ?」
「その祭典はね。色々な競技をするんだよ」
「競技?」
収穫祭と競技の関連性が分からず、首を傾げる信康。
「うん、色々やるんだ」
「競技ねぇ・・・相撲みたいなものか」
「スモウ? 何それ?」
「俺の国にある、競技の一つだ」
「ふ~ん。どんなの?」
「うーん。例えると徒手格闘技の一種で、褌を穿いた男達が掴み合って投げる競技だな」
「フンドシ? 何それ?」
「この国風に言えば、下着かな」
「下着を穿いた人達が掴み合うの? 変わった競技だね」
「・・・・・・言われてみたらそうだな」
大昔から行われている祭事だと言われているので、変わっていると思わなかったが外国の人からしたら、変わった競技なのだろうなと思えた。
「神様に捧げる神事だからな。外国人からしたら変わった事を、している様に見えるかもしれん。しかし徒手格闘技も拳闘技もそうだが、あらゆる格闘技では半裸になって戦うだろう? 相撲も投げ技限定の、格闘技と思ってくれれば良い」
「話を聞いた限りだから、そう思えるのかな? でもそう言われたら、納得出来るかも。ノブヤスって、説明上手だね」
「お褒めのお言葉、どうも」
信康はナンナと話をしていると、川を挟んで向こう側が突然悲鳴が聞こえて来た。
「何だ?」
「さぁ、何かあったんじゃない」
「ふむ。話のタネに行ってみるか」
「じゃあ、行こう~」
「いや、お前は来なくて良いぞ?」
「ぶぅ~ケチ。別に良いじゃん」
頬を膨らませて唇を尖らせるので、仕方がないと思い信康はナンナを連れて騒ぎが聞こえる所に向かう。
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橋を渡って向こう側に行くと、既に人だかりが出来ていた。
その人だかりで何が起こっているのか分からないので、信康達は人だかりの隙間を抜けるように進み前へと行く。
そして一番前に行くと、また知り合いが居る事に頭が痛くなりそうだった信康。
「ええいっ!? 女っ! 其処を退け! その子供に用があるのだ!」
「ふざけんな! この子はさっきから謝っているのに許さないなんて、あんた等それでも騎士かよ!?」
レズリーが騎士達相手に、口論をしていた。
(何か、似たような事が前にもあったな・・・・・・うん? あの騎士は確かムスナンとか言っていたな)
騎士の顔をよく見るとこの前、シエラザードを愛人にしようとしつこく言い募っていた奴と言う事を思い出した。
この場に来たばかりなので、状況が掴めない。下手に介入して無用な因縁を付けられるのは、面倒だと思う信康。シエラザードの一件があるので、信康の姿を見た瞬間に刃傷沙汰になる恐れもあった。
なので少し状況を知ろうと、信康は静観する事にした。尤も、レズリーに危険が及べば躊躇はしないが。
そう思っていたら、隣にいるナンナがその口論の真っ只中に踏み込んだ。信康も咄嗟の出来事に、ナンナを止める事が出来ない。
「ちょっと、こんな往来で喧嘩なんて止めなよ!」
ナンナの大声に口論していたレズリー達は、声を上げたナンナの方に顔を向けた。
「ナンナ、何でこんな所に居るんだよっ!?」
「何か人だかりが出来ていたから、別けて進んでいたらレズリーが居ただけだよ」
レズリーとナンナの二人が話している所を見て、信康は二人が知り合いだという事が分かった。
そして同じプヨ王立総合学園の学園生だった事も、信康は今更ながら思い出す。そのまま二人が話していると、いきり立っているムスナンがナンナに怒声をぶつける。
「おい、別の女! 横からしゃしゃり出て来て、何の心算だっ!?」
「知り合いが居るから気になって。それで、どうしてこんな所でレズリーに絡んでいるの?」
「ふん。その女ではなく、女の後ろにいる子供に用がある」
そう言われて、信康はレズリーの後ろを見ると小さい女の子が居た。
怒声をあげるムスナンが怖い様で、レズリーの背中越しに見ては顔を引っ込めるを繰り返している。
「その娘が何かしたの?」
「あぁ。その子供がな、突然前に出て来たのだ。それにより馬が驚いて、飛び上がったのだ。それで不覚にも落馬したのでな、その子供の親に文句を言おうとしたのだ!!」
「だから、この娘はさっきから謝っているだろう。それで許してやれよ」
「五月蠅い! こいつの親から誠意を貰えねば、気が済まんわ!」
話を聞いた信康は、溜め息を吐いた。
(要するに、あれか。あの娘が馬の前に飛び出した所為で、馬が驚いて飛び上がり落馬したから、その娘の親にタカリに行くという事か)
信康は呆れて、言葉が出なかった。
「・・・・・・大の大人がそんな事を言うとは、大人げないな。あんな奴でも、曲りなりにもプヨの騎士だろうに」
事情は分かった。後は行動あるのみだ。
そう思い、信康は一歩足を踏む出そうとした瞬間。
ピーッという笛の音が聞こえた。
(何だ? 笛の音みたいだが・・・?)
そう思い周囲を見ていると、騎士達の後ろから誰かがやって来た。
「はいはい。何か揉め事みたいだけど、何かあったのかな?」
鍔が広い帽子を被った青い制服を女性が、同じ格好をした一団を率いて現れた。




