第71話
勝負が千夜楼のアニシュザードの勝利で無事に終ったので、信康とシエラザードは媚毒を含んだ酒を飲まされたカルレアを連れてアパートメントに向かう。
流石にディーラー服のままで帰るのは目立つ上に、賭博場の制服なので着替えてから賭博場を出た。
着替えの際、手元が覚束なそうだったのでシエラザードの手を借りて着替えた。当然だが、信康は手伝ってはいない。
そして信康は自分の肩をカルレアに貸しながら、シエラザードと一緒にアパートメントへの帰路に付く。
帰る途中、大勝負で負けた黒夜の梟が逆恨みでカルレアを襲うかもしれないと思い、信康は警戒したが襲われる事は無かった。もしそうなれば、抗争は避けられない。常識的に考えれば襲撃など有り得ないのだが、感情は道理を通用させなくするので信康は警戒せざるを得なかった。
安全にアパートメントに着いた信康達は、真っ直ぐカルレアの部屋に行く。
部屋に入ると、何処に寝室があるか分からず少し探したが、何とか見つけた。
二人が横になっても十分に眠れるくらいの大きさを持った寝台に服が入っていると思われる箪笥が入った部屋を見つけて、其処にカルレアを寝かせた。
「で、カルレア大家さんの調子はどうだ?」
「そうですね。このまま酒に仕込まれた媚毒はそれほど強力といえるものではないので、このまま朝まで眠れば元に戻ると思います」
「そうか」
信康はほっとした。
「一応、どんな効果があるか分かりませんから・・・やはり誰か看病した方が良いですね」
「じゃあ、シエラ。あんたに任せても良いか?」
「普段であれば喜んでと言いたい所なのですが・・・この後、予定がありまして」
「何、予定?」
「すいません。どうしても外せない予定ですので」
「・・・・・・そうか。うん? じゃあ、どうして俺に付き合ったんだ?」
「その予定が微妙な時間から始まりますので、その時間潰しに少し散歩しようと思っていましたら丁度、ノブヤスさんに声を掛けられたからです」
「それで付き合ったと?」
シエラザードは信康の問いに、コクリと首肯して頷いた。
「その予定は何時頃、始まる予定なんだ?」
「午後十一時です」
信康は部屋に付けられた、時計を見た。
今は午後十時。その予定が何処で行われるか知らないが、早く行かないと遅れるかもしれない。
「仕方がない。俺が看病するか」
「お願いしますね。じゃあ、私はこれで失礼します」
シエラザードは一礼して、部屋から出て行った。
信康は仕方がなく、部屋に置いてある椅子に座る。
腰に差している鬼鎧の魔剣はどうしようかと思っていると、埃がうっすらと積んでいた剣立てがあった。
作りからして信康が持つ刀を置く為では無く、西洋の刀剣を置く様に出来ていた。
(多分、旦那さんの物だろうな。傭兵をしていたと言っていたからな)
信康は故人の物を使うのは悪いと思うが、他に鬼鎧の魔剣を置く所がないので使う事にした。
(カルレアが起きたら、事情を説明して謝ろう)
信康はそう考えて、鬼鎧の魔剣を剣立てに置いた。
そして椅子の背もたれに凭れながら、カルレアが起きるのを待った。
赤い顔で眠る顔を見ていると、少しムラムラしてきた。
(って、いかんいかん。流石に体調が悪い女性を犯すなぞ、外道の振舞いだ。流石に不味いだろう・・・今更だけどな)
信康は性欲に火が付きそうであったが、理性で抑え込んだ。尤も、プヨ王国に来てセーラを半ば無理矢理犯しているので、今更ではあるのだが。
その後、信康はカルレアが起きるまで看病をした。
プヨ歴V二十六年六月十五日。
信康は部屋に、差し込む朝日により目が覚めた。
隣には、安らかな寝顔を浮かべて寝ているカルレアの姿があった。
(・・・・・・・どうしたものかな)
信康はまさか、カルレアが毒により意識が混濁してしまい、自分の死んだ夫と見間違えて行為を行う事になるとは思いもしなかった。
信康は自分がしでかした事に対して、どう言ってカルレアに納得させようか考えた。
これが合意の上なら問題ない。だが意図せずしてこの様な行為をする事になり、信康は悩んだ。
そう悩んでいると、カルレアの瞼が痙攣しだした。
「お目覚めか」
信康はそう呟き、カルレアが起きるのを待った。
そうして待っていると、カルレアの目が完全に開いた。
目が開くと、カルレアは信康を見てギョッとした。
「き、きゃあむぐっ」
叫びそうになったので、信康は手を口を抑えた。
こんな朝早くに叫び声を出されたら、誰かここに来るかもしれないからだ。
「しー・・・気持ちは分かるが、取り敢えず落ち着いてくれ」
「・・・・・・(コクコク)」
カルレアが頷いたので、信康は手を退けた。
「昨夜の事は、覚えているか?」
信康がそう尋ねると、カルレアは首を傾げた。
だが、直ぐに思い出したのかカルレアは顔を青ざめる。
「わ、わたし・・・・・・な、なんてことを・・・・・・・」
手で顔を覆い、顔色を失っている。
信康はそんなカルレアの肩に優しく手を置く。
「これは夢だ。お互いそう思う事にしよう」
「でも・・・・・・・」
「合意ではないが、昨日は特殊だったから仕方がない事だ。お互いそう思おう」
信康はそう言って寝室に散らばった自分の服を着用すると、剣立てに立て掛けて置いた鬼鎧の魔剣を腰に差して部屋を出た。
カルレアはシーツにくるまりながら、その姿を見送った。
信康はそのままカルレアの部屋を出て、自分の部屋に向かう。
自分の部屋の前に着くと、シエラザードの部屋が開きシエラザード本人が出て来た。
「どうやら終わったみたいですね」
「・・・・・・お前、もしかしてこの展開が分かっていたな?」
「ええ」
その言葉を聞いて、信康は怒るでもなくただ息を吐いた。
「・・・・・・じゃあ訊くが、どうしてカルレアは死んだ旦那と俺を見間違えたんだ? いくら媚毒でも、旦那と俺を見間違る事はない筈だ」
「あの媚毒は曼陀羅華を原料にした媚毒です。曼陀羅華には女性を淫らにさせる効果もありますが、同時に幻覚作用もあります」
「幻覚作用か。それで旦那と俺を見間違えたのか」
シエラザードの説明で、信康は納得できた。
「それにしてもその毒を飲んだ訳ではないのに、よく分かったな?」
「私は薬学にも知識がありますので、それでカルレアさんの症状を見て分かりました。故郷では、薬師の仕事をした事もあるのですよ」
「それで分かったが、どうして俺を残した?」
「あの手の媚毒は情交で発散させた方が、効果が早く無くなりますから」
「それは分かったが・・・・・・・・せめて一言言って欲しかったぞ」
「言えばどうしました?」
「・・・・・・う~ん、そうだな」
言われたら、どうしただろうと考える信康。
(・・・・・・多分、結果は同じだな)
そう結論づける信康。
「まぁ・・・そろそろカルレアさんの凍った心を、溶かした方が良いでしょうからね」
「それは、俺からは何も言えないな」
何時までも死んだ人を忘れていないのは素晴らしい事だが、死んだ人に縛られ続けるのは問題だ。死んだ本人も自分の所為で生きている人間が悩んでいては、成仏したくても出来まいと信康は思う。
だがそれを口に出して言っても、カルレアは納得しないだろう。
(それに納得出来るなら、とっくの昔に再婚でも恋人でも出来ている筈だ。あんなに良い女なのだからな)
このアパートメントで暮らしてそれなりに経つが、カルレアにそんな気配など無かった。時折、何処か遠くを見詰めている時を何度か目撃しており、それはきっと死んだ夫を思い出しているのだろうと信康は思った。
カルレアは今でも旦那に縛られているのだろうと思うと、同情する事しか信康には出来ない。
(・・・・・・後はカルレアが決める事だから、俺が口出しする事では無いな)
そう思うしかない信康。
「では、私はこれで」
「うん? 何処かに出掛けるのか?」
「はい。これから本当に用事がありまして、では失礼」
シエラザードはそう言って階段を下っていく。
信康は話す相手が居なくなったので、部屋に入った。




