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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第70話

 ポーカー勝負が開始されて、数分が経過した。


 序盤は両者共に、勝ったり負けたりをを繰り返していた。


 これは小手調べをしている様であった。実力を隠しつつ、相手の腕前を把握しようと言う魂胆なのだろう。


 しかし中盤になると互いに本気になり、そしてカルレアの方が勝つ割合が増して来た。


 このまま進めば、カルレアが勝つのではと思われたのだが、終盤になって来ると何故か相手のディーラーが勝ち進み始めていた。


 別に手札が悪いとか引きが悪いとかではなく、何故かカルレアの調子が悪くなっていっているのだ。


 顔を赤く染めて、息が荒くついている。


 明らかに不調なのが分かる。


 しかしその肝心の原因が、信康には分からなかった。病気などに掛かっていないので、先程飲んだ高級酒に何か仕込まれたのではと思う、しかし事前に相手の若頭と男性のディーラーとアニシュザードが、例の高級酒を飲んでいる。


 その三人は何処も身体の調子が悪い様に見えないし、異常も発生してはいない。


 なのでこの時点で高級酒には何かを仕込んだと言っても、自分達も飲んだのに何とも無いと言われては何も言い返せない。


 信康はどうしたものかと、打開案を考える。


(この様な勝負所で負けたら、雇った組織の面子を潰した事になる。更に面子だけで無く、組織の収入源の一つだろうこの賭博場(カジノ)も奪われる。下手したら今回の負けで、カルレアは借金を背負わされる事になるかもしれないな)


 知り合いが無用な借金を負わらせるかもしれないのだ。どうにかしたい。金貨一万枚となると、カルレアが所有しているアパートメントを売却しても届かせるのは不可能だ。信康が肩代わりして払っても良いのだが、そもそも黒夜の梟の若頭の思惑通りになるなど業腹でしかない。信康はこの状況を打開すべく、シエラザードに話し掛けた。


「シエラよ。カルレアの様子を見て、あんたはどう思う?」


「・・・・・・恐らくですが。何かしらの薬を盛られたと思います」


「そうだよな。だが、何処で盛られたと思う?」


「調子が悪くなった時間から考えて、どうやら勝負が始まる前に飲んだあの高級酒に入っていたと思います」


「俺もそう思った。だが、飲んだ三人は何処も悪くないぞ?」


「ですが、あの高級酒が一番怪しいでしょうね。どうにかして、奪えないでしょうか?」


 四人が飲んだ高級酒は、若頭の部下が持っている。


 流石にその高級酒を寄越せと言っても、無理には不可能だろうと思う信康。


「私に考えがあります。任せて頂けますか?」


「何か良い考えがあるのだな? それなら任せる」


 信康には何も良い考えが浮かば無いので、此処はシエラザードに任せる事にした。


「分かりました。では」


 シエラザードは少し離れた所にいるアニシュザードを見る。


 そうしたらアニシュザードは突然キョロキョロしたと思うとシエラザード見つけて、シエラザードの元にやってきた。


「シエラ姉さんっ!・・・どうして賭博場に居るの?」


「この大勝負を受けているカルレアさんは、私が住んでいるアパートの大家さんだもの。大勝負の噂を聞いて、応援に来たのよ」


「そう。それで、其処にいる男は?」


「彼も同じアパートに住んでいる人よ。名前はノブヤスさん。彼から、この大勝負の噂を聞いたのよ」


「初めまして」


 信康は頭を下げて、アニシュザードに一礼する。


 アニシュザードは信康をジロジロと見る。


 頭の先から足のつま先まで不躾に見られているが、信康は気にする事なく勝負を見た。


「へぇ、良い男じゃない。流石は姉さん。よくこんな良い男を見つけたわね?」


「アイシャ、失礼ですよ。ノブヤスさん、すみません」


「いや、根が正直なのだろう。それに美女に褒められて、嬉しく思わない男は居ない。だからあんたが気にする事では無いさ。それよりもだ、シエラ。妹さんを呼んだのだから、何か考えがあるのだろう?」


 信康がそう尋ねると、シエラザードは頷いた。


「アイシャ、貴女もこの勝負は負けたくないでしょう?」


「勿論よ。シエラ姉さんには何か、この苦境を打開出来る策でもあるの?」


「ええ。あるわ」


「じゃあ、それを教えて」


「まずはアイシャ、貴女はあの若頭に例の酒をもう一度飲みたいと、そう言ってきなさい。それと私の分のグラスも、用意してくれる?」


「えっ? それだけで良いの?」


「ええ、それだけで十分よ。後の事は、私に任せて頂戴」


「分かったわ」


 アニシュザードが手を挙げると、部下の一人が近づいて来た。アニシュザードはその部下に話しかける。話し掛けられた部下は、頷いて何処かに行った。


 部下がグラスを二つ持って来た。


 その一つをアニシュザードが持ち、若頭の元に行く。


「ねぇ、もう一杯貰えるかしら?」


「ええ、構いませんよ。おい、酒をお注ぎしろ」


 若頭の命令で、部下がアニシュザードのグラスに酒を注ぐ。


「それからついでに、あちらに居る女性のグラスにも一杯注いでくれる?」


「はっ? あちらの方は?」


「私の姉よ」


 アニシュザードがシエラザードを見る。


「左様ですか。では」


 若頭が顎で命じて、部下がグラスに酒を注ぐ。


 その酒が入ったグラスを、シエラザードはジッと見る。


 何時までも飲む様子が無いので、周囲の人達は何かするのだろうかと思い見ている。


 シエラザードグラスを持っていない手を、いきなり胸の谷間の中に入れた。


 いきなりそんな事をしたので、シエラザードの想定外の行動に周りの客達は噴き出した。そんな客達にも気にせず、胸の谷間をまさぐっていると小さく笑みを浮かべる。探しているモノが見つかったのか、手を谷間から出すと手には何かを掴んでいた。


(あの仕草は癖なのか、相手の視線誘導や油断を誘引させる為の一種の作戦なのか分からんが・・・種明かしをすると多分、本当は収納(ストレージ)を使っているのだろうな)


 信康はシエラザードの仕草を見て、冷静にそう思った。胸元に物を仕舞うなど、蒸れるし感触も良くない筈だからだ。そんな信康を他所に、シエラザードは手中から銀色の玉を取り出した。


 シエラザードはその玉を、グラスの中に入れた。


 グラスの中に入った玉は重力に従い、スーッと落ちていき直ぐにグラスの底に当たる。


 その玉がグラスの底に行くと、突然玉が黒くなっていった。その様子を見ていた客達がざわつきだした。信康とアニシュザード驚いた。


「「これはっ!!」」


「グラスの中に入れたのは、魔法で加工した銀を玉にした物です。昔から銀は毒物に触れると、色が変わる性質を持っています。その銀を魔法で加工した事で、薬物にも反応出来る様にしました」


「その銀の玉の色が変わったという事は、この酒には何かしらの薬物が入っているという事か?」


「そうなりますね」


 シエラザードがそう言うので、信康は若頭を見た。


「う、嘘だ。その女は嘘を吐いている!!」


「あら? 何故私が、嘘を吐かないといけないのですか?」


「そ、それは・・・・・・そう、お前はアニシュザードの姉なのだろう? だったら、妹の為に一芝居打ったのだろう!」


「成程。そう思われても仕方がありませんね。でしたら、アイシャ」


「何? 姉さん」


「貴方の酒はまだ飲んでいないのでしょう」


「ええ、まだ飲んでいないわ」


「じゃあ、それを」


 シエラザードは周りの客を見る。


「其処の貴女」


 シエラザードが指差した先には、アニシュザードの部下が居た。


 その部下は、人間の女性だった。コンパニオンなのか、バニーガールの格好をしていた。


「その女性に貴女のグラスを飲ませなさい。それで異常が無ければ、私が一芝居したという事になるわ。でも、もし異常があれば」


「この酒には何かしら、薬物が仕込まれていたと言う事ね。じゃあ、早速」


 アニシュザードはその女性の元に行こうとした。


「ま、待てっ!!」


 若頭がその動きを制止させた。


 アニシュザードは振り返ると、若頭を不思議そうな顔で見る。


「あら? 何で止めるのかしら?」


「そ、それは・・・・・・・」


「やはり、この酒には何か仕込まれているのね」


「いや、そんな事は」


「じゃあ、飲ませても問題ないわね」


「いや、その・・・・・・・」


「気になるわね。誰か、その酒をこっちに持ってきなさい」


 その言葉に従って部下の何人かが、酒を持っている若頭の部下の元に駆け寄る。


 強引に酒を奪い、その酒をアニシュザードの元まで持ってきた。


 アニシュザードはその酒を貰うと、酒が入っているビンの口に鼻を近づける。


「普通の酒の匂いね。じゃあ、これはどうかしら」


 アニシュザードはそう言うと、手を翳した。


探索(サーチ)


 魔法の詠唱も無しに、無詠唱で魔法を発動させた。


 人間ならば一流魔法使いの証明である無詠唱も、魔力の扱いに長けた魔族ならば誰にでも使用可能である。


 少し時間して、アニシュザードは口を開く。


「この酒には、人間の女性だけが効く媚毒が混入されているみたいね?」


「っっっっ!?」


 若頭の顔色が変わった。その様子だけで、アニシュザードが言った事が本当だと言っているみたいだ。


(成程・・・酒を飲んだ四人の中には、人間はカルレアしか居ない。最早、誤魔化し様が無いな)


「どうやら、不正行為(イカサマ)をしたみたいね?」


 アニシュザードは微笑みながら手を挙げる。


「この勝負、不正行為をしたのだから貴方達の負けという事で良いかしら?」


「ま、待ってくれ。これは・・・」


「お前達、二度とこんな事が出来ない様に痛めつけてから叩き出しなさい」


「「「はっ」」」


 アニシュザードが手を下ろすと、若頭と部下たちはアニシュザードの部下達に連れられて行く。


 その様子を見た男性のディーラー席を立ち、アニシュザードの前に跪いた。


「た、助けてくれ! 俺はただ雇われただけだ!」


「そう。金で雇われただけでね。じゃあ、酒の事は知っていたの?」


「酒については、一切知らなかったっ!」


 男性がそう言うと、アニシュザード少し考えた。


「・・・・・・まぁ、良いでしょう。言伝をしてくれるなら、許してあげる」


「それだけで良いのか?」


「ええ。今から言う事をちゃんと、向こうの黒夜の梟に伝えるのよ」


「あ、ああ」


「『約束通り、全ての娼館と金貨一万枚は貰うわよ。恨むなら不正行為を仕込んだ部下を恨みなさい』と伝えなさい」


「わ、分かりました」


 男性はそう言って、急ぎ賭博場を出て行った。


「・・・・・・締まらない終わりね。まぁ、こんな日もあるでしょう」


 アニシュザードはそう言うと、信康を見た。


「後の事はこっちで片付けるから、カルレアをアパートに連れて行きなさい」


「良いのか? それにしても黒夜の梟だったか?・・・部下が勝手にした事だとか、そう言ってゴネる可能性は無いのか?」


「ええ、その事なら、心配要らないわ。今回の大勝負には仲裁役の闇組織(マフィア)を筆頭に、大勢の闇組織の大物達も客として見学に来ているのよ。もしゴネたりなんかしたら、裏社会全体を敵に回して黒夜の梟は滅びるだけよ・・・シエラ姉さん。姉さんの御蔭で、向こうの不正行為で大損せずに済んだわ。それとノブヤスと言ったわね? 貴方にも礼を言わせて頂戴。ノブヤスが姉さんを私の賭博場に連れて来てくれたから、この結果があるんですもの。今度、お礼をさせて貰うわね」


 そう言って、アニシュザードはその場を去った。


 勝負が終ったので信康はシエラザードと共に、カルレアを連れてアパートメントに帰る事にした。

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