第66話
「ブラベッドとか言ったな?」
「はい。貴方には会った事は無かったのですが、お話はレズリーちゃんやルノワさんから聞いています」
信康は隣に座るブラベッドを改めて見る。
銅色の肌。ねじれた角。細長い耳。肩口で切り揃えたショートカットにした黒髪。整った顔立ち。
可愛いと言うよりも、ハンサムに分類される中性的な美人だ。
着ている服もタイトなパンツに紫のカッターシャツなので、何処か男性的な印象を抱かせる。
中性的な美形と言えるが、胸にはちゃんと女性の象徴といえる物がきちんと存在感を主張している。
それも服越しでも分かる、巨乳寄りの美乳と言えるだろう。
信康はそう思いながら、脳内でレズリーの事を思い出していた。
(確か、バーテンダーをしているとかレズリーは言っていたな)
信康は茶を飲みながらブラベッドの話を促す。
「実は今度、私が今雇われている店で大規模な賭博が行なわれるのです」
「賭博?」
「はい。その賭博と言うのは、ポーカーをするのですが」
「ポーカーをする、ディーラーが居ないとか?」
「いえ、そっちは知り合いを頼むというか・・・大家さんのカルレアさんが指名される予定です」
「カルレアが?」
信康はあのおっとりとしたカルレアが、そんな勝負事が出来るとは思えなかった。
(尤も、本人の口からディーラーをしていると言っていたがな。正直、未だに半信半疑だが)
「カルレアさんですけど、賭博業界では名の知れたディーラーなんですよ。知りませんでしたか?」
「ほう、そうなのか」
人は見かけによらないとは、まさにこの事かと思う信康。自分の審美眼もまだまだだなと、自省した。
「貴方にはその勝負が始まるまで、カルレアさんの護衛をして欲しいのです。単純な武力勝負なら、私でも良いんですが・・・私よりも貴方の方が頭が良さそうですし、お役に立ちそうなので」
「褒めてくれるのは嬉しいが、言っている事は良く分からんな・・・・・・まぁ良い。その勝負とやらは何時だ?」
「三日後です」
「報酬は?」
信康に報酬を尋ねられたブラベッドは、指を三本立てて大銀貨三枚と報酬額を提示した。ブラベッドの報酬額を確認した信康は、黙って首を横に振る。
「駄目だな。幾等何でも安過ぎる。他を当たれ・・・まぁその金額では、誰も引き受けはしないだろうがな」
「っ!? そ、其処を何とかっ」
「お前は護衛に関する依頼料を知らないみたいだから教えてやるが、どんなに安かろうと護衛一日に付き最低でも金貨一枚が相場だ。今言った通りこれでも安い方で、普通なら一日に付き金貨三枚は請求されるぞ?」
「き、金貨ですか!?」
ブラベッドも流石に金額の高さに驚いているようだが、信康からしたら別に高いと思える値段ではなかった。今言った様に寧ろ相場よりも、少し安めに設定している。
三日間もの護衛を依頼するならば本来だと、どんな傭兵でも金貨五枚から大金貨一枚が相場である。それだけ貰わないと、生命を張るだけに割りが合わないのだ。
護衛と言う仕事は人を選ぶので、その分高く設定されている。当然だがこれは相場の話であり、護衛対象の身分や事情次第で護衛料が加算されて行き、その費用も跳ね上がって行くのである。
「せ、せめて総額で金貨三枚にして貰えませんか? それ以上は」
「無理か。う~ん、どうしたものか」
正直に言うとこの話は無しにしても、信康としては問題などは無い。しかし現在の信康は、カルレアのアパートメントに住んでいる。流石にカルレアの身に万が一でも事が発生すれば、見殺しにしたみたいで目覚めが悪く色々と問題があると思う信康。
それに大家のカルレアには、それなりに世話になっている。どんな相手と勝負するか知らないが知り合いに危害が加わるかも知れないのに、それを知っていて何もしないのはどうかと思う信康。
(しかしあんまり安く依頼を受けると、傭兵としての信頼や沽券に係わるからな。同業者に逆恨みされるのは、流石にごめんだ)
用心棒にしろ傭兵にしろ、金で雇われた者が相場より安過ぎる価格で仕事をしたら、その稼業の人達の沽券に係わる事だ。もしそんな者が居たら、即座に袋叩きに遭う。
なのでこればっかしは、譲渡出来ないと思う信康。
(・・・・・・そうだ)
ブラベッドを見て、一つ良い事を思いついた信康。
「良いだろう。報酬は金貨三枚・・・いや、大銀貨一枚で構わん。お前、あまり金に余裕が無さそうだからな」
「えっ!? 本当ですか?」
「ただし、条件がある」
「条件? 何でしょうか?」
「勝負が終わったら、一晩付き合え。それで残りの報酬はチャラにしてやる」
「え、ええええええっ!?」
ブラベッドは思わず、大きな声をあげる。
その声の大きさに、周りに居る客達がブラベッドを見る。
周りの視線をもらい、ブラベッドは顔を赤くしながら席に座る。
「そんなに悪い話では無いと、俺は思うがな。お前の懐事情も慮って、この値段にしているんだ。お前が良い女、と言うのも込みでな。どうだ? 駄目ならこの話は、もう終いにするぞ」
信康が言う様にこの破格の条件で駄目と言うなら、この話は無かった事にするだけであった。
(まぁ、勝負の日まで自主的に警護してやるか)
信康がそう思っていたら、ブラベッドは顎に手を添えて少し考えていた。
そして結論が出たのか、顔を俯かせて話し出した。
「・・・・・・それでお願いします」
「よし、契約は成立だ。報酬は仕事が終わったら、いずれ貰うとしよう」
「分かりました。それでお願いします」
そう言ってブラベッドは、信康に一礼してから喫茶店を出て行った。
「・・・・・・・・次から次へと色々な事が起こるな~」
「でも、あんた楽しそうだよ」
レズリーは頼んだ物を持って来てくれた。
「楽しい?」
「だって、口が笑っているぜ」
「むっ」
そう言われて、信康は顔を引き締めた。
「締まりの無い顔を、不覚にもしていたみたいだな」
「確かに、そうだな」
苦笑するレズリー。
だらしない顔をした自分に反省する信康。
「さて、そろそろ俺も行くとするか」
信康は注文した物の代金を払い、店を出た。
(大銀貨一枚じゃあ、流石にルノワ達を駆り出すのは無理だし可哀想だ。俺一人でするしかないか。午前中も警備しないといけないから、運搬の仕事を辞めると組合ギルドに言って来るか)
信康は早速、ケル地区にある駅馬車組合本部に向かった。




