第65話
信康とセーラは食事を終えると、妖精の隠れ家を出た。
店前でセーラと別れた信康は、ティファが隠れていた場所に潜む。
そして店が閉店時間になるまで、其処で隠れ続けた。
やがて店は閉店となり、前みたいに後片付けが終わると従業員達が店から退店して行った。
信康は従業員達が出るのを見て、隠れていた場所から出て従業員達が出入りする裏口の近くにある魔石を加工した魔石灯に凭れた。
(・・・・・・・レズリーの奴、随分と時間が掛かるな。以前まえよりも出るのが遅くないか?)
信康はレズリーが出て来るのを待っていると、見知った顔が喫茶店から出て来た。
「あれ? ノブヤスさん、どうして店に居るのですか? もう閉店時間で、閉まってしまいましたけど・・・」
「おお、アメリアか。今日は仕事していたのか」
そう言えば居たなと、今更ながら思った信康。
「今日はこの店でバイトする日でしたから・・・ところでどうして、ノブヤスさんがまだこんな所に居るのですか?」
「ああ~、それはだな・・・・・・・」
流石にアメリアの婚約者であるカルノーが馬鹿な事をしようとしてそれを妨害したから、逆恨みでレズリーや店に被害に遭うのを防ぐ為に警備をしているとは馬鹿正直に言えなかった。
言ってしまうと、アメリアに余計な心労が掛かる。なので、どうアメリアを誤魔化そうか考える信康。
「・・・・・・あ、あれだ。レズリーがこの店でバイトしているだろう? 閉店時間まで働いているから、大家のカルレアさんに頼まれたからな」
「カルレアさんにですか?」
「ああ、女一人を夜道を歩かせるのは不用心だからと頼まれたからな」
「そうなんですか。ノブヤスさんは優しいんですね」
「そ、そうか。はっははは」
信康は乾いた笑いをあげる。
(まぁ、完全に嘘では無い。だから、今回はよしとしよう。噓も方便と言う奴だ)
アメリアと話をしていたら、裏口からレズリーが出て来た。
「あっ、お疲れ様です。レズリーさん」
「ああ、お疲れさん。アメリア。うん?」
アメリアと話をしていたら、信康が視界に入った。
「何だよ。今日も居たのかよ」
「まぁ、頼まれたからな」
「ふん。そうかい」
レズリーは顔をプイッと顔を背けた。
「ほら、早く帰るぞ」
「ああ、分かったよ」
「じゃあな、アメリア。何処も寄り道しないで帰れよ」
「はい。レズリーさんもノブヤスさんもさようなら」
アメリアは手を振って、夜道を歩いていく。
信康達は並んで歩きながら、アパートに向かう。
「「・・・・・・・・・・・・」」
道すがら、二人は一言も話さないでいた。
レズリーはチラチラと信康を見るが、話し掛けようとはしない。
信康は信康で、周囲を警戒しているので、レズリーがチラチラ見ているのを気付いていない。
「・・・・・・なぁ、ノブヤス」
「何だ?」
「何か悪いな。こうして色々としてもらって」
レズリーが申し訳なさそうな顔をしながら、そう言いだした。
信康はレズリーの頭を、優しくポンポンと叩いた。
「・・・・・・何で、頭を叩くんだよ?」
「・・・・・・何と無くだ。今日も平穏で済んで、良かったな?」
「何となくかよ・・・」
レズリーは何故か嬉しそうな顔をしながら苦笑した。
その後、二人は何も喋らなかった。
アパートメントに到着し、レズリーが「じゃあな」と言って部屋に入ったのを見送った。それから信康も、自分の部屋に入る。部屋に入ると、ルノワが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ノブヤス様」
「ああ、ただいま」
信康はリビングに入ると、誰も居なかった。
「ティファとセーラは?」
「ティファは寝ています。セーラは自分の部屋に戻りました。何でも明日は朝が早いそうで」
「そうか。ティファは寝ているのか?」
「ええ、店の仕事が暇過ぎて、帰るなり寝ました」
「ふっ。ティファらしいな」
信康は苦笑した。そして寝台が置いてある寝室に向かう。
寝室に入ると、寝台にはティファが寝ていた。
ティファは親友の左端で横になっていた。明らかに空いたスペースが二人分あった。
これは、後二人寝れるスペースだと言っているも同然だ。
信康達はその空いたスペースを見て苦笑する。そして二人はその空いたスペースに入り眠る。
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プヨ歴V二十六年六月十日。
レズリーの依頼で妖精の隠れ家の警備をしてつつ、レズリーの護衛をして四日が経った。
妖精の隠れ家は何事もなく営業しており、店に来た三人組もあれ以来姿を見せていない。其処で信康はレズリーにもう大丈夫だろうと思い、安全がある程度保障出来たのでもう警備しなくても良いだろうと訊ねたら、向こうも了承してくれた。
その結果、昨日付けで警護は解除する事となった。因みに信康はその四日の間に、二回程レズリーの案内で王都アンシを案内して貰っており逢瀬を楽しんでいる。信康はルノワ達に報酬に少し色を付けて、金貨一枚ほど渡した。
二人は喜びこそすれ、文句無く報酬を受け取った。食費も結局信康が全額負担したので、二人に費用は一切掛かっていないのだから文句などある筈が無いのだが。
依頼は終わったのだが、信康は仕事が終わった後は妖精の隠れ家に寄るのが日課になっていた。
カウンターの席の一つが頼んでもいないのに、何時の間にか信康の特等席になっていた。其処に座り頼んだ紅茶と焼菓子を味わっていた。
「ふぅ、この茶は美味いな」
信康は酒も飲めるが、どちらかと言うと酒よりも茶の方が好きであった。
欲を言えば大和皇国の茶が飲みたいのだが、プヨ王国ばかりかガリスパニア地方では入手困難な為に我慢している。
「あんた、傭兵なのに茶を飲むんだな」
「俺はどちらかと言うと、酒よりも茶の方が好きなんだよ」
「ふぅん、そうなのか」
「・・・・・・お前、仕事は?」
「今、丁度暇なんだよ」
信康は店の中を見回すと、客は満席といかなくてもそれなりの人が入っていた。
それなのに暇とはどうゆう事だと思えた。
「殆どの客が注文オーダーした品はもう渡っているから、新しい注文がないと暇なんだよ」
「じゃあ、注文オーダーして良いか?」
「おいおい、そんなにあたしと話をしたくないのかい?」
ムッとした顔をするレズリー。
「そう言う訳ではない。しかし暇なんだろう? それにサボってると誤解されたら、お前が損だぞ」
「そうだけどさ」
「なら良いだろう。オリジナルブレンド茶葉の詰め合わせを一つ」
「あいよ」
信康が注文した物を、レズリーが厨房に言いに行った。
茶を飲みながら頼んだ物を来るのを待っていたら、チリンチリンと鈴が鳴る音がした。
誰が入って来たのだろうと思い、信康は目を向けるとそこに居たのは見知らぬ女性だった。
その女性は誰かを探しているのか、喫茶店に入るなり周りをキョロキョロしていた。
よく見ると、その女性はこめかみの所に少しねじれた角があった。
角がある所を見ると、女性は魔族みたいだ。
その魔族はキョロキョロしていたら、目的の物を見つけたのか顔を輝かせ、何故か信康の元にやって来た。
「貴方がノブヤスさんですよね?」
「そうだが。あんたは?」
「初めまして、私はブラベッドと言います。少しお話を聞いて貰えますか?」
これは何かあるなと思いながら、信康はブラベッドの話を聞く事にした。




