第63話
信康はケル地区駅馬車組合本部に向かい、受付で何か仕事があるかどうか聞くと今日もマリーザ宛の荷物があり、しかも時間指定がされている聞いて溜め息を漏らした。
昨日と同様、午前十一時までに届けろという物だった。
今が午前十時であった。後一時間以内で届けろと言うのは、この前に比べたら楽だと思う信康。その荷物を受け取って馬車をある程度走らせた後、虚空の指環に荷物を収納してから高速でルベリロイド子爵邸に向かう。
信康は前とは違い、ゆっくりと進ませながらルベリロイド子爵邸に向かう。
指定された時間の、三十分前に屋敷に着いた。
呼鈴を鳴らすと昨日と同様、ダリアが案内に出て来てマリーザの部屋に向かった。
「あら、指定した時間よりも早く着きましたわね」
「時間を指定されたんだ。だったら、それまで着くのが普通だと思うがな」
「その尊い御考えはガリスパニア地方全体を通しても、その普通が浸透しておらず大変でしてよ。仮に間に合っても、配達物に傷があったりと本末転倒なのですもの」
溜め息を吐くマリーザ。
大変だなと思いつつ、荷物をテーブルの上に置いた。
「ご苦労様。ダリア」
「はい。お嬢様」
ダリアが紙に、受領印を押してくれた。
それで仕事は完了だった。信康は部屋を出る直前で、ふと思った。
(よく考えてみたら、貴族の事は貴族に聞くべきだよな。マリィなら知っているか?)
試しにマリーザに、カルノーについて訊いてみる事にした信康。
「マリィ、付かぬ事を聞くが・・・カルノーとか言う貴族を知っているか?」
「カルノー?・・・・・・・心当たりはあるにはあるけれど、もう少し情報は無いかしら?」
「他にあるとしたら、そうだな・・・アメリアという婚約者に執心して、自分から言い寄っている位だな」
「・・・・・・・その男って、金髪で後ろに髪を束ねていないかしら?」
「ああ、そんな髪型だったな」
「ユキビータス伯爵家の三男坊ね」
「ユキビータス伯爵家?・・・そういえばあいつ、そんな事を名乗っていたな」
「ノブヤスは大和出身だから、知らないでしょうけれど・・・このプヨにはプヨ五大貴族と呼ばれる、五家の大貴族が居るのよ。ユキビータス伯爵家は文字通り、五本の指に入る大名門なの。まぁプヨ五大貴族の中では、ユキビータス伯爵家も五番目の末席だけれどね」
「へぇ。あの男の実家って、そんな名門中の大名門なのか。しかしマリィは、子爵家だよな? 一つしか爵位が違うのに、そんなに違うもんなのか?」
カルノーとユキビータス伯爵家に関する説明をマリーザから聞いて、そう言えば喫茶店でそんな事を言っていたなと今更ながら信康は思い出していた。一方で伯爵家が其処まで大名門扱いされている事実に、信康は違和感を覚えてマリーザに訊ねた。
「ユキビータス伯爵家とルベリロイド子爵家を比べるなんて、実に烏滸がましい話ですわ。ユキビータス伯爵家の格式は、格上の筈の侯爵家すら顔色を窺わねばならない程の高さがあるのよ。それとカルノー自身についてわたくしは詳しく知らないけれど、カルノーが没落貴族の娘と許嫁になったという話を聞いているわ。確かその娘の名前が、アメリアだった筈よ」
「ふぅむ。そう言うものなのか・・・しかし、没落貴族の家? そう言えば何故そんな大名門の三男坊が、没落貴族の娘と許嫁になったんだ? 普通は貴族同士で、婚約者だの許嫁だのを決めるものだろう?」
何故カルノーがそんな遥かに格式の低い家出身のアメリアと婚約を結ぶのか、信康には理解出来なかった。
「その没落貴族の家って、無名と言う訳でも無いのよ。ロズリンゼ家は古くから、プヨの歴史に名前を刻んだ名騎士を多数輩出した名門なの。アメリアには弟が居てウィルベルトと言うのだけど、そのウィルベルトも例を洩れず弱冠十二歳で大人の騎士を十人同時に相手しても圧勝した程の腕前だそうよ」
「それはまた、凄い剣の腕だな。でも、それだけじゃあないんだろう?」
「当然ね。現当主のアメリアの父親であるロバードもまた、高名な騎士だったわ。当主と子爵位を受け継いでから幾つもの功績を重ねて、第三騎士団で副団長にまで出世する程のね。だけど二年前に起きたカロキヤとの戦争で大敗北して大怪我をした挙句、敗戦の戦犯として追放されて爵位も剥奪されて騎士を止めざるを得なくなったの。それ以来酒浸りの生活になって、借金で首が回らなくなったのだけれど・・・其処を付け込んだユキビータス伯爵家が借金の肩代わりを条件に婚約を結んで、現在はロズリンゼ家の生活を支援しているのよ。アメリアとウィルベルトの姉弟に掛かる養育費も、全部負担していると聞いているわ」
「うわぁっ・・・そうだったのか」
マリーザからロズリンゼ家の話を聞いて、それで合点がいった信康。
親の借金により、カルノーの許嫁となったアメリア。
そのアメリアに惚れたカルノーはあの手この手で、気を引こうとしていた。
(それであんな馬鹿な事するとか、考え無しが過ぎるだろう。バレたら逆に嫌われる事が、分からんのだろうな)
信康はカルノーに呆れて、言葉が無かった。
いずれはそんな男性と結婚しないといけない、アメリアには心底同情した。
「因みにだけど、アメリアはカルノーと結婚しても側室扱いよ。本命の正室は、実家が別で探しているみたいだけど、本人は頑として断っているそうよ。それはそれとしてあの三男坊、何かやらかしたのかしら?」
「まぁ生まれがそれじゃ、そうなるよな。それとカルノーの件だが、聞いても気持ちの良い話じゃないぞ。だからお前の想像に任せる」
「そう・・・・・・ノブヤスがそう言うなんて、一体何をしでかしたのやら」
信康はそれ以上、何も言わず部屋を出ようとした。
「あら、もう帰るの? 一緒に昼食を取ってから、食後の茶会と行きません?」
「・・・・・・淑女レディーの誘いを断るのは心苦しいんだが、仕事が残っているんでな。また今度にさせてくれ。マリィも俺がするべき仕事をサボって、参加しますなんて言う姿なぞ見たくないだろう」
「ノブヤスが言う事も、最もね。わたくしが悪かったわ・・・配達の方、御苦労様でした。組合には追加報酬を送っておきますから、受け取って下さいね」
マリーザも無理に信康を、引き止める心算は無い様だ。信康の邪魔をするまいと、それからは配達の礼だけを言うに留めた。
しつこく誘ってこないマリーザに感謝しつつ、一礼してから部屋を出て行った。
ルベリロイド子爵邸を出て駅馬車組合本部に向かうと、仕事は無かった。信康はこれならば茶会に参加しても良かったかと思いつつ、荷物を届けた分の給金と追加報酬を貰ってから駅馬車組合本部を後にした。




