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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第60話

 信康がカンナ地区に入る頃には、もう夜の帳が降りて来る時間であった。


 一度しか行って無いので妖精の隠れ家フェアリーズ・コブレットへの道はうろ覚えだったが、それでも何とか着く事は出来た。


 チリンチリンと店の扉に仕掛けられた鈴が、扉を開けると同時に鳴りだした。


 店に入ると、それなりに客数が入っており混んでいるのが分かった。


 少し待つかと思っていると、レズリーが声を掛けてきた。


「何だ。あんたか、今日は一人かい?」


「ああ、そうだ」


「珍しいな。この前みたいにあの黒森人族ダークエルフの姉ちゃんと一緒じゃないのか?」


 信康が単独行動している事に、レズリーは驚いていた。


 常とは言わないが、良く会う時はルノワと一緒に行動しているのでそう思った様だ。


「別に俺とルノワは、何時も一緒に居る訳では無いぞ。偶には別行動を取る事もある」


「そうなんだ。今、何処も空いてないんだけど・・・待つかい?」


「ああ。待たせて貰おう」


「じゃあ、其処の椅子に座って待ってな」


 レズリーが指を差した所に座る信康。


 


 そうして待つ事、三十分後。


「ありがとうございました~」


 レズリーが客を見送ったので、これで食べれると思った信康。


 そして呼ばれるのを待った。


「お待たせしました。どうぞ」


 そう声を掛けられて、信康はレズリーの案内で席に座る。


 案内されたのは二人掛けテーブル席だった。武器を持っているので、他の客達に気兼ねない席を選んだのか、それとも偶々なのかは分からないが取り敢えず座る信康。


 案内してくれたレズリーが信康にメニュー表を渡したら、他の客の所に行った。


 信康は渡されたメニュー表を見ながら、何を頼むか考える。


(昼は魚のトマト煮だったからな。続けて魚も悪く無いが、今夜は肉にするか)


 何かないかと見ていたら、今日のお勧めと小さい紙でポップされた物があった。


 それにしようと思い、信康はメニュー表を閉じて従業員を目で探す。


 信康の視線に気づいたのか、丁度客に注文の品を聞き終えたレズリーが信康の所に来た。


「何だい?」


「お勧めを一つ」


「あいよ。付け合せはパスタかパンにのどっちにする?」


「・・・・・・パスタで」


「はい。かしこまりました。では、少々お待ち下さい」


 レズリーが一礼して、注文した品を言いに厨房に向かう。


 信康は注文の品が来るまで腕を組んで待った。


 そうして待っていたら、事件は起こった。


「おいっ、これは何だ!?」


 客の一人が大きな声をあげだした。


 その声の大きさに周りの客達も食べている手を止めて、声がした先を見た。


 信康は目をその声がした方に向ける。


 視線を向けた先には柄の悪い三人組の男性達が、頼んだ物を手に取って見える様に上にあげる。


「料理に髪の毛が入ってるぞっ! この店の料理は客にこんな物を出すのか?」


「い、いえ、その様な事は」


 従業員の身体で見えないが、男が持っている料理に髪の毛が入っている事で苦情を訴えている様だ。


 その男の傍にいる二人は、男を止めないでニヤニヤしながら見ている。


(あいつら、強請りでもする心算か?)


 くだらない事をするなと思いつつ、その話に耳を傾ける信康。


 向こうが「誠意」とか言ってきたら、叩きだそうと思ったからだ。


「恐れながらお客様、当店の従業員スタッフには赤髪をした者はおりません・・・・・・・」


「なんだとっ! じゃあ何で赤い髪の毛が入っていやがるんだっ!」


 大声をあげている男性の髪は、赤毛だった。


 その時点で、もう強請りだ言っているようなものだ。


(もう決定だな。そろそろ叩きだすか)


 信康は椅子から腰をあげようとしたら、レズリーがその客の所に行った。


「うちには赤髪の従業員スタッフは居ないって言ってるんだから、あんたの髪だろう。その毛は」


「あんだとっ、おい、嬢ちゃん。俺達がそんなチンケな事をすると思ってるのか?」


「じゃなかったら、店の中で大声出して叫ばないだろう。ったく、明らかに自分の髪の毛で強請りをするとか、品性を疑うぜ」


「この女アマッ! そんな大口叩くくらいだから、覚悟は出来てるんだろうなっ!?」


 男性は持っていた皿を落とした。ガシャーンッと大きな音を立てて皿が割れて、盛っていた料理ごとテーブルに皿の欠片がブチまかれた。


 その音を合図にした様に、男性の傍に居る二人組が立ち上がった。


 男性達がレズリーに詰め寄って来るのを見て、信康は男性達に殺気をぶつけた。


「「「・・・・・・・・っ!?」」」


 男性達は蛇に睨まれた蛙の様に動けないでいた。顔を青くしながら、足をプルプルと震わせていた。自分達が何か恐ろしい存在に見られている事を理解していた。


「き、きょうのところは、これくらいにしておいてやるよ・・・・・・」


 一番柄の悪い恰好をした男性がそう言って、慌てて懐から金を出してテーブルに叩き付けて、逃げ出すかの様に妖精の隠れ家から出て行った。


 信康は目を瞑り、腕を組んだ。


(金を多めに払ったから、許してやるか。もし金を払わなかったら、追い駆けて金を払わせたがな)


 そしてレズリー達がまだ居た客達に謝罪しているの言葉を聞きながら、料理が来るのを待った。




「ありがとうございました~」


 レズリーの声を背に受けながら、妖精の隠れ家を出た信康。


(ふぅ、美味かったな。さて、腹ごなしに身体を動かす・・・・・・か)


 妖精の隠れ家を出た信康は、直ぐに店が見える且つ自分が隠れられる所を探した。


 その場所は、直ぐに見つける事が出来た。


 信康は其処に誰も居ない事を確認して、その場所に身を隠した。


 そして、妖精の隠れ家を監視した。


(思い過ごしならそれに越した事は無いが、万が一が起きたら取り返しが付かないからな)


 信康はそのまま妖精の隠れ家が閉店するまで、その場に居続けた。ただじっとしているだけでは退屈なので、人に見られない範囲で身体を動かしながらだ。


 そうしている間に妖精の隠れ家の後片付けが終了したのか、店から一人また一人と従業員が出て行った。


 そして漸くお目敢えての人物が、妖精の隠れ家から出た。


「ふぅ。今日は面倒な事があったけど、概ね何時も通りだったな」


 そう呟いて妖精の隠れ家を出たのは、レズリーだった。


 レズリーは何処にも寄り道せず、住居のアパートメントに真っ直ぐ帰るみたいだ。


 その様子を隠れている所から出て、レズリーが見えるギリギリの所で追いかけながら周りを警戒する信康。


 このまま何も起こらないでアパートメントに着くかと思っていたら、レズリーの前に三人組の男性が立っている。先程、妖精の隠れ家で一悶着した男性達だ。


(ああ、やっぱりな)


 予想通りの展開に信康は溜め息を吐き、そしてレズリーの元に駆け寄った。


「何だい。あんた達、まだ何か用かい?」


「おう、さっきはよくも恥をかかせてくれたな」


「御礼にお前の身体で払って貰うぜ」


「へっへへ、まぁ、最初は痛いかもしれないがその内、気持ち良いから大丈夫だよっ」


 男性達はにやけた顔をしながら、じりじりとレズリーに近寄る。


 レズリーもまずいと思い逃げようとしたら、手を掴まれた。


「は、放せよっ!?」


「はっははは、まぁ、そう邪険にしなさんな」


 そのままレズリーを自分の元に引き寄せようとしたが、どこからか石が飛んで来て男性の額に当たった。


「いてっ」


 男性は反射的に目を瞑り、両手で顔を抑えた。


 レズリーはその隙に、逃げ出す事に成功した。


「ったく・・・あまりに予想通りの展開過ぎて、三文芝居でも見ている気分だ。尤もこうして実際に起きると、一文の価値も無いが」


 信康は石を手で遊びながら、レズリーの元に行く。


「あ、あんた。何で此処に?」


「何となくだが、お前が狙われそうだと思ってな。勝手に守らせて貰っていたぞ」


 レズリーを背に隠しながら、信康は男性達を見る。


「てめぇ、舐めた事をしやがってっ」


「大人しく去るなら、見逃してやるぞ?」


「ふざけんな!」


 男は腰に下げている鉄鎖を手に取り、振り回し始めた。


「お前等、手伝えっ!」


「「分かったぜ。兄貴」」


 他の二人は、各々で短剣と双節棍を出して構えた。


「おい、大丈夫か? 相手は三人だぜ」


「何、大丈夫だ。お前は何処かに隠れていろ」


 そう言われて、自分がここに居たら邪魔だと分かったのだろう。レズリーは頷くと何処か行った。


 足音が遠ざかって行くのを聞きながら、信康は腰に差している鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを鞘ごと抜いた。


 納刀したまま、鬼鎧の魔剣を構えた。


「てめぇ、何で抜かねえ!?」


「チンピラ程度なら、これぐらいで十分だ」


「「「やろう、ぶっ殺すっ」」」


 男性達は各々の得物を構えながら、信康に殺到した。

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