第59話
不本意ながら駅馬車の配達員の仕事をする事になった信康は、今日はもうする仕事がないと言われた。仕事が無ければ駅馬車組合本部に長居する必要性は無いので、報酬の金貨十枚と褒美の五枚貰って駅馬車組合本部を後にした。
「やれやれ、思わぬ臨時収入が入ったものだな・・・さて、次はこの要件だな」
信康はそう言うと、一枚の紙へと視線を移した。信康がルベリロイド子爵邸に訪問した際に、侍女姿の美女が信康宛てに手紙を駅馬車組合本部に届けに来たと言うのだ。受付に聞くとその侍女姿の美女は名前も名乗らず、『この手紙をノブヤス様に」』と一言だけ言うと直ぐに去ってしまったらしい。
手紙の内容には『今日の午後一時には会いに行くから、この手紙に書かれてある料理店で食事でもして待って居なさい。以前お忍びでこの料理店に入ったけど、美味しかったからお勧めするわ。アリス』と書かれてあった。
(丁度良い。今日はもう予定など無いし、付き合ってやるとしよう)
信康はそう考えていたら、腹の虫が鳴きだした。
「・・・・・・折角のお勧めだし、早速腹ごしらえでもするか」
勧められた料理店は、信康が現在居るケル地区にあった。ケル地区は他の地区と比較にならない程に商業区などが沢山あるので、美味しい料理店も沢山あるだろう。
普段から美食を味わっているアリスフィールが勧めて来るのだから、美味しいに違いない。信康はアリスフィールとの約束を反故して顰蹙を買いたいとも思わないので、手紙に書かれてある料理店の住所に向かって、真っ直ぐ歩き出した。
アリスフィールに勧められた料理店で、丁度食事を終えて口を拭いた信康。料金を支払おうとしたら店長が出て来て『既に十分過ぎる程の支払いは頂いておりますので、気が済むまでお過ごし下さい』と言って一礼して来た。信康は直ぐにアリスフィールが事前に支払っていたと悟り、苦笑しつつ感謝した。
「アリスが勧めて来るだけあって、絶品だったな」
信康は自分が頼んだ魚のトマト煮とパンを食べたのだが、とても美味だった。
使用されていた魚も新鮮で、良く煮込まれていた。パンも焼き立てで、魚のトマト煮とは相性抜群であった。
(美味いのは確かだったのだが・・・個人的にルノワとセーラのご飯の方が美味い気がするのは、無意識に贔屓が入っているからか?)
そう思いながら満足しつつ料理店の外を出ると、見知った人物と顔を合わせた。
「よお、御馳走になったぞ。アリス・・・」
「お気に召した様なら、良かったわ」
信康が声を掛けたのは、平民に変装しているアリスフィールだった。服装は以前に信康が購入した高級服であり、信康も思わず笑みを零した。信康は正体を知らないフリををしたまま、アリスフィールに挨拶する。するとアリスフィールは、信康に頭を下げて礼を述べる。
「・・・リリィから伝言を聞いたわ。私を慮ってくれてありがとう、ノブヤス」
「っ・・・別に気にしなくて良いぞ。何かあったら困るのは事実だし、俺も楽しんでいるからな」
(まぁこうして俺を呼んでくれるという事は、それなりに信頼してくれていると言う事だろう。だったら俺は、それに応えるだけだな)
「今日の予定は決まっているのか? それから聞くが、静寂の魔符は役に立ったか?」
「ええ。五分程度しか使えなかったんだけど、多分プヨ王宮うちの魔防対策の所為ね。それでも抜け出すのに、十分過ぎる位に役に立ったわ。もしまだ余っていたら、静寂の魔符をまた貰えないかしら?・・・それはそれとして、今日は抜け出せたのだから楽しまなくては損よ。この間の埋め合わせに、付き合いなさいな」
「御意。お供しましょう。お嬢様」
信康は慇懃にそう言って頭を下げると、アリスフィールと一緒に歩き出した。
その頃、プヨ王宮では大騒動になっていた。
「姫様あああっ!! アリスフィール姫様は何処にっ!?」
近衛師団の団員と思われる女性騎士が、焦燥した様子で王宮内を探し回っていた。其処へ別の近衛師団の団員が二人、その女性騎士の下へ接近する。
「姫様は居られたかっ!?」
「ラティナ様。王宮内の全ての部屋、中庭、空中庭園などを探しましたが・・・アリスフィール殿下は何処にもおりません」
「何処かにお隠れになっているのかもしれん。徹底的に探せっ!!」
「今日は国王陛下がアリスフィール殿下の、日頃の勉強の成果を御覧になられる日だと言うのにっ!!」
「口を動かしている暇があるのなら、身体を動かせっ!!」
『は、はい!!』
近衛師団の団員達は、ラティナと呼ばれた女性騎士の命令で再びプヨ王宮内を探し回っていた。
アリスフィールと出くわした信康は、半ば強制的に買い物に引っ張られた。
暇だったので良いかと最初は思っていたが、今は後悔していた。
「う~ん、これが良いかな? それとも、こっちかな? いや、こっちも良いか」
アリスフィールは服屋に入り、姿見に移った自分に服を当てて選んでいる。
服を選ぶのに時間を掛け過ぎだと思いながら、その様子を見ている。
(第四王女が忍びとはいえ、外出しているんだから影の護衛は居ないのか?)
信康はそれとなく周囲を窺ってみたが、護衛は居る様には思えない。
(また、王宮は騒がしいのだろうな。まぁ、俺は関係無いから良いか)
それからアリスフィールの買い物が終わるまで、信康は付き合った。
アリスフィールの買い物が終わると、今度はこの間のお詫びを含めて服を買ってくれるそうだ。
信康は断ったのだが、アリスフィールが「この間のお詫びなんだから、気にしないの♪」と言って強引に服を信康に当てる。
そうして、三時間後。
「つ、つかれた・・・・・・」
アリスフィールは信康との買い物を終えると、お気に入りとなった氷菓子を一緒に食べてから別れた。恐らく、王宮に帰ったのだろうと思う信康。
その際に静寂の魔符だけでなく、三枚あった内の一枚の影分身の魔符も贈呈した。アリスフィールは上手く行けばプヨ王宮を抜け出した事がバレる事無く、お忍びを楽しめるかもしれないと喜びながら帰った。
因みに氷菓子を食べている時に、「王宮に勤めている宮廷料理長に頼んだ方が高級で美味しい菓子が出るのでは?」と気になってアリスフィールに訊ねた。するとアリスフィールは「偶に無性に食べたくなると思う食べ物って無い?」と逆に訊ねられ頷くしなかった。その際に望郷の念に駆られそうになったが、必死で抑えた。
購入して貰った服を紙に包んで貰い、その包み紙を虚空の指環に収納してからアパートメントへの帰り道を歩く信康。
肉体的には疲れてはいないが、精神的に疲れた様子だ。
なので、さっさと帰り寝たいと思った。
信康がケソン地区のアパートメントの前に着き玄関を入ると、下り階段の階段から誰かが下りて来た。
「あら、ノブヤスさんではありませんか」
「シエラか・・・これから仕事か?」
「ええ。昨日とは勿論、別な場所でしますけどね」
「そうか」
信康は顎に手を添えて考えた。
この前みたいに、あんな下衆貴族がやってくるかも知れないと思った。
だが前とは場所を変えると言ったので、見つかるまでまだ時間があると思った。
「また前来たムスナンとか言う三流貴族みたいな奴が来たら、遠慮無く言ってくれ。護衛をしてやるよ」
「良いのですか?」
「ああ、報酬はそうだな・・・銀貨一枚で良いぞ」
「安くないですか? 護衛料にしては、大分格安ですけど・・・」
「美人だけのサービスさ。もし気になるなら今度、無料タダで占ってくれよ」
こうやって親しくしていけばその内、何か面白い物を貰えるという下心半分と知らない仲ではないのでこれぐらいしてもいいだろうという親切心半分で言った信康。
「あら。でしたら、それで請け負いましょう。その時はお願いしますね?」
「おう。任せろ」
信康はそう言って、自分の部屋に行く。
自分の部屋に入ると、信康はリビング入った。
「スー、スー・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ん、んん」
「ク―・・・・・・・」
三者三様の寝息を立てながら、リビングで横になっている三人。
引っ越しの疲れが今頃来た様だ。
「もう、晩御飯の支度をするのには良い時間なのだが・・・この状態じゃあ、無理か」
時刻は既に、午後五時に時計の針が迫ろうとしていた。
しかし未だに寝ている三人を起こすのは、良心が疼いた。
「・・・・・・どっかで食うか」
三人をこのまま寝かせる事にして、信康はテーブルに「晩御飯は外で食べる」と置手紙を残して部屋を出た。
何処で食べようかと考えていたら、信康の頭に一つの店が思い浮かんだ。
「そうだ。レズリー達が働いている、妖精の隠れ家とか言う喫茶店カフェで食うか」
どうせ暇なので、其処まで時間を掛けて行くのも良い。
ケソン地区にあるこのアパートメントから、カンナ地区にある妖精の隠れ家へ行っても其処まで距離も無い。
「よし、行くか」
信康は前に行った、カンナ地区の妖精の隠れ家に足を運ぶ。




