第56話
カルレアと話し終えた信康は、アパートメントを出てヒョント地区を歩いていた。
外出したのは良いが、特に行く所が無いなと思う信康。
(賭博場はまだやってないし、何処かに暇を潰せる場所がないものか・・・こうなったらこの前のなりかけ退治騒動で行き損ねた、ジーンの家族が経営している牧場で乗馬でも洒落込むとしようか)
信康は歩きながらそう考えて、乗馬をしに行こうと決意した。
そうやって考え事をしていた所為か、横からもの凄い勢いで馬車が駆けて行く。
「っ!?」
漸く気付いた頃になって、信康は慌て横に跳躍した。
馬車は眼前をすれすれに横切って行く。もし跳躍が後数秒でも遅れていたら、馬の馬蹄に踏み潰されて、挽肉になっていたに違いなかった。
馬車は通り過ぎてから、馬が嘶いてその場で停車した。御者が席に座ったまま、信康に顔を振り向けて怒声を上げる。
「おいっ!? てめぇ何処見て歩いていやがるっ!! 危ねえじゃねえか!!」
「ああ、すまな・・・ってお前、ジーンか?」
「うん? よく見たらノブヤスじゃねえか。こんなところで何をしてやがる?」
ジーンは御者席から不思議そうに、自分の近くまで歩いて来た信康を見下ろす。
信康も何で其処に居るんだと思い、首を傾げた。
「・・・・・・アルバイトか?」
「ああ、生活費を稼がねぇと駄目からな。父さん達に無心したくねぇ。そう言うお前は?」
「俺はこれからお前の家族さんが経営している、牧場に行って乗馬をして来る予定だ」
「暇じゃねえかっ!・・・だったら丁度良い。短期の仕事紹介場にでも行ったらどうだ? 金払って乗馬するよりよっぽど金にはなるぜ」
「お前もその口で、御者をしているのか?」
「まぁな、ちょっとした伝手もあるしな。お前も手伝えよ。女と二人で馬に乗れるだけ器用なら、馬車の操縦だってそう難しくねぇから」
「それも悪くないが・・・待てよ。どうしてお前がその事を、知っているんだ? 家族から聞いたのか?」
「ああ。お前が行って来た牧場だけど、あそこは俺の伯父さんがやっているんだ。両親は別の牧場を経営しているんだよ」
「ほう、そうだったのか」
牧場と言う広い敷地を各々で所有している事実に、ジーンの話を聞いていた信康は感心していた。
「伯父さん、ノブヤスの事を褒めてたぜ。馬の扱いも丁寧だし、乗馬も上手いって」
「それはそれは、お褒めのお言葉どうも」
「つー訳で、こっちは人手も足りてないし丁度良いから手伝えよ。分かったらさっさと乗りな」
ジーンが手綱を取りながら、少しずれた。
些か強引過ぎる勧誘をするジーンに、信康は肩を竦めてから空いた御者席に座る。
「じゃあ、駅に行くからな。はっ」
ジーンが馬に鞭を打つと、馬は駆け出した。




