第55話
プヨ歴V二十六年六月五日。
「じゃな。俺は外出に行ってくるわ」
信康が鬼鎧の魔剣を腰に差して出掛ける前に、リビングにいる者達に声を掛ける。
「お早い御帰りを」
「いってらっしゃい~」
二人に見送られ、信康は部屋を出た。
下に行くと、玄関で掃除をしているカルレアの姿を見つけた。
「大家さん、おはよう」
「あら、おはよう。でもおはようと言うには、少し遅いと言える時間ね」
苦笑するカルレア。
確かに、時計を見るともう午前九時過ぎていた。
おはようと言うには、些か遅いと言える時間だ。
信康もそれが分かっているのか、鼻の頭を掻いて何も言わない。
少しカルレアと話をしていた。
「おっす、おはよう。ノブヤス」
背後から声を掛けられた。振り返ると、レズリーが居た。
「おはよう。今日は寝坊か?」
「ちげーよ。あたしは学園生だけど、今日から夏休みに入ったの。だから、今まで寝ていても遅刻にはならねえよ」
「そうなのか」
そもそも学生というのを体験した事がない信康には、夏休みというのが分からなかった。しかし言葉の意味を捉えれば、とりあえず長期休暇なのだという事は分かった。
「レズリーさんは、これからバイトかしら?」
「ああ、少しでも稼いで良い作品を作らないと」
「作品?」
「レズリーさんは、絵を描いているのよ」
「ほぅ、絵か」
信康の故郷である大和皇国では水墨画とか色々とあったが、西洋世界では油絵が主流だ。
だからレズリーが描いているのも、油絵だと推測する信康。
「まぁ、ほぼ我流だけどね」
苦笑するレズリー。
「我流でも、絵を描けるだけ凄いと思うぞ」
信康は称賛した。我流で何か絵を描けと言われても絶対に描けないと言えるからだ。何より自分の画力は、年齢一桁の幼児にも劣ると酷評されていた。
褒められて嬉しかったのか、顔を赤らめるレズリー。
「そ、そうかい。嬉しいね」
「レズリーさん、時間は良いの?」
「おっと、やべ。そろそろ行かないと、じゃあ」
レズリーは信康達の間をすり抜ける様に進み、バイト先の喫茶店に向かう。
信康達はレズリーの背を見送る。そして、その背が見えなくなると、カルレアがポツリと零した。
「彼女、叔父さんが絵描きだったそうです。それなりに有名な絵描きだったのですけど、彼女が幼い時に事故で亡くなったそうで・・・その叔父さんから絵の描き方を教わったそうです」
「じゃあ、亡くなった叔父さんの意思を継いで、将来は絵描きになるのか?」
「さぁ、そこまでは。それに両親がそれを認めているかどうか。もっとも、その両親の考えも今は聞けませんが」
「どうしてだ?」
「彼女の御両親、軍の関係者なんです。しかも、任地が国境にあった城郭都市アグレブです」
「アグレブだと、確か・・・・・・」
現在カロキヤ公国が占領している、プヨ王国北方の城郭都市だ。
信康はそれが分かると、何も言えなかった。




