第53話
信康はケソン地区にあるスラム街へ向かう。
「此処か・・・・・・・・・・」
紙に書かれた所に向かうと、スラム街に辿り着いた。
あのシエラザードが何故この場所で占いの仕事をしているのだろうと思い、紙に細かく書かれた住所の所に向かう。
スラム街を歩くと、四方八方から視線を受けるのを感じたが信康に手を出そうとする様子は無かった。
気にせず周囲を見渡すと、表通りでは見掛ける事の無い格好の者達が沢山いた。
風俗店に所属していない娼婦。喧嘩をしている荒くれ者。汚い格好をして飲んだくれた高鼾を掻く泥酔者。その寝ている泥酔者に近付き、懐を漁って財布を抜き取り立ち去る者等々多くの人がいた。
(こんな所で仕事をしていて、大丈夫なのか?)
あんな美女がこんな所で仕事をしていたら、すぐさま襲われるかそれとも娼館に売り飛ばされる気がする信康。
しかし、シエラザード本人は其処で仕事をしているのだから、何か護身の術でもあるのかはたまた強力な後ろ盾があるのかと予想する。その真意は、シエラザード本人に訊けば分かるだろうと思えた。
紙に書かれた住所に着くと、其処は少し大きな天幕があった。
人が三人位入れる程度の大きさで、天幕の入り口には立札に「水晶占い、星占い、カード占い、人相占いの店」と書かれていた。
「此処で良いんだろうな」
信康はそう呟くと、本当にシエラザードの店なのか気になって店内に入ろうとした。
「ふざけるな! 私がこうしてわざわざ来たというのに、そんな事を言うとは冗談も大概にせよ!!」
天幕の中から怒声が聞こえて来た。
何だと思い、天幕にそっと近付き中を窺う信康。
天幕の中は薄暗かったが、シエラザードと客が数人いるのが分かった。
何の話をしているのだろうと思い、そのまま耳を傾ける。
「このクレイディルス伯爵家が嫡男、ムスナン・フォル・クレイディルスの愛人にしてやると言っているのだぞ。光栄に思うものを断るとは何事かっ!」
「・・・・・・・前に断った筈です。私には荷が重いと」
「何故だ? 私の愛人になれば、こんな所で占いなんぞしなくても良いだぞ。金に不自由しない暮らしを、約束しようではないかっ」
「私はこうして、占いをしているのが性に合っています。それに」
シエラザードはテーブルに置いてある、カードを一枚捲る。カードの内容は、力のカードだった。だが逆位置であった。
力の逆位置の意味の中には、傍若無人が含まれている。元同僚でタロットに詳しい傭兵仲間が居る信康は、タロットについて知識がある。まさに現状のムスナンの言動を諸に表しているので、思わず吹きそうになった。
「力の逆位置・・・貴方は少々、自惚れが過ぎる様で」
「き、貴様っ! 私を侮辱するかっ!?」
「事実を申しただけです」
「おのれっ! 貴族である私を侮辱するとは、良い度胸だっ! 良いだろうっ、身分の違いを教えてやるっ!!」
男がそう言うと、ムスナンの後ろにいる男性達がシエラザードに手を伸ばす。
「其処までだ。いい加減にしとけ」
信康は天幕の中に入り、その手を掴む。
突然、現れた信康に驚くムスナン達。
「な、何だ。貴様はっ!?」
「俺か? 俺は・・・・・・・・・・」
何て言えば良いだろうと、そう考える信康。
すると、不意にこの状況はパリストーレ平原の会戦が起きる前にあったルノワとフォルテス、アメリアとカルノーのやり取りと似ているなと呑気に思った。
何故貴族はもっと上手にナンパが出来ないのかと、溜息を吐いた。
呑気にそうした考えをしていたら、シエラザードが椅子から立ち上がって信康の腕にしがみつく。
「って、おい」
「申し訳ありません。ムスナン様、私には将来を誓った人が居ますので」
「な、何だとっ!?」
驚くムスナン。だが、それは信康も同じだ。
なので、小声でシエラザードと話す。
「おい、どうゆう事だよ?」
「事情は後で説明致しますので、今は口裏を合わせて下さい」
「ちゃんと話せよ」
それだけいって、信康はムスナンを見る。
「ま、そうゆう訳だから、愛人が欲しいなら他を当たってくれ。世間知らずのお坊ちゃん」
信康はムスナンを見ると、プルプルと震えていた。
「・・・・・・・・・・・」
怒っているなと思いつつ、次は何をするかなと見る信康。
そしてムスナンは、信康の想定内の行動を取る。
「ええい、そんな事知った事ではないわ。貴様ら、この男を袋叩きにしろっ!」
『はっ!!』
「女には傷をつけるなよ。後でタップリと可愛がってやる」
舌なめずりするムスナン。
ムスナンの連れが自分を囲むのを見て、溜め息を吐く信康。
「全く、貴族の行動は単純ワンパターンだな。どうしてこうなるのやら・・・」
フォルテスの奴を思い出すなと内心でそう思いながら、自分を囲む男性達を注意深く見る信康。
それだけで男達の実力の大体分かり、鬼鎧の魔剣は抜かなくて良いなと思って拳を構える。
男性達は喚声をあげて襲い掛かってきた。




