第45話
「今回の狩る熊は、全長三メートルにもなるなりかけ・・・・だそうだ」
「「「なりかけだってっ!!?」」」
ティファの話を聞いて、傭兵達はざわつきだす。
唯一信康だけは、なりかけが相手と知って拍子抜けしていた。
なりかけ。魔力を持たない通常生物である動物や植物がこの世界に漂う魔力を吸収する事で、魔物に進化する寸前の段階を示す。魔物に進化する寸前は凶暴性が増すので、魔物より危険視される。
魔物。人間や亜人類と言った人類種を除いた、魔力を持つ動植物などの全ての生物を指し示す総称。魔物は生まれ付き魔物である先天性な場合と、動物から進化した後天性な場合の二種類の方法が存在する。魔物は共通して魔法が使用可能で、魔力を摂取し続ける事で進化を続ける。
魔物の種類にもよるが、基本的に魔力を持たない生物よりも賢く強力。国々や地域によっては、動物型の魔物を魔獣と呼称する場合もある。
東洋世界に存在する一部の国々では、魔物を妖または妖怪と呼称されている。
種類にもよるが、なりかけでも基本的に動物に比べたら強いと言われている。
とある国の話だが、なりかけ一頭を狩る為に騎士が二百人程犠牲にしてどうにか討ち取る事に成功した事例がある。
しかし、この話には裏が存在する。魔物になればB級と言う中位等級相当のなりかけを狩って名声を得るべく、その土地の領主が領民や余所者の傭兵を金で雇い数任せの人海戦術で討ち取ったと言うのが真実である。その際に騎士と偽って、宣伝したに過ぎなかった。
(魔物の方が討伐した時の実入りも良いし、倒し甲斐があるのだが・・・半端者のなりかけとは、面白味が欠けて少々つまらんな)
「報告によると、確認されているなりかけは一頭だけだそうよ。ヘルムート総隊長からの命令により、あたし達は警備部隊と合同でそのなりかけを討ち取る。何か質問はある?」
ティファの質問に、全員が首を横に振った。
「じゃあ早速だけど、森に入るわよ。ただし、二人一組で入りなさい。もし、なりかけを見つけたら、これを吹きなさい」
ティファの手には、小さい笛があった。
なりかけを見つけたら自分達だけで討とうとせず、その笛を吹いて知らせろと言う事だろう。
傭兵達は側にいた者と組んで、ティファの手の中にある笛を持って森に入る。
森にティファと信康を除いて全員入った。
残った二人は、互いの顔を見る。
「残った俺達で、森の中に入ると言う事で良いのか?」
「そうなるね。そういえば、まだ自己紹介がまだだったね。あたしはティファだ。よろしくね」
「信康だ。こっちこそよろしく頼む」
二人は握手をしてから、森の中に入って行った。
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森に入った信康達は、周りに注意しながら探索する。
熊はあの見た目の巨体に反して、足が速く木登りも出来る動物だ。
出会い頭に襲われて殺られたとか、話にもならない。
なので二人は森に入ると、注意しながら進んでいる。
とはいえ人間である以上、常に気を張り続ける事は不可能だ。
時折足を止めて休憩がてら、他愛も無い世間話をする二人。
「へぇ、あんた。この前までエルサレエムに居たのかい」
「ああ、あそこはあそこで凄い戦争だった」
信康とティファは互いの背を木に預けながら話し合う。
こうして対面で話せば、背後から襲われる心配が無い。なので二人は、気を楽に出来ていた。
お互いの経歴を簡単に話した。
「話には聞いていたが、本当に女傑族は女性上位の部族なんだな」
信康はティファの話を聞きながら思った。
女傑族とは、欧州と東洋との間にある白海という内海にある、トラケアという地域に住んでいる部族だ。
亜人類に近い人種と言われている。何故なら女傑族は不老長寿で女性しか生まれないという、女傑族特有の特性があるからだ。これはとある神と精霊が交わり出来た混血児を、女傑族は先祖に持つからと言われている。
女傑族は身体能力が高く勇猛果敢なので女性兵士として需要が高く、森人族に匹敵する程に容姿端麗なので娼婦としても人気が高い。更に魔法の適性もあるので、魔法戦士としても活躍している。
森人族との大きな違いは、自分の婿探しに積極的に外界に出ると言う種族上の特徴がある。その為、遭遇率と言う意味では其処まで低くは無い。
「まぁね。女傑族からしたら普通でも、他の人達からしたら変な事とか沢山あったね」
「カルチャーショックと言う奴だな。大変だったろう」
その気持ちが良く分かる信康。
故郷を出て、自分が正しいまたは間違っていると思っていた事が、実は間違っていたり正しかったりすると知った時はショックだった様だ。またある国では常識であっても、他国では非常識な事もある事実もまた、信康にとってはカルチャーショックであった。
なので、ティファの気持ちがよく分かった。
「まぁ、慣れるのに時間は掛かったね」
「だよな」
「それよりも、良い機会だから聞いておきたいんだけど。あんた、何者なんだい?」
「?・・・すまん。意味が分からない」
「あたしより年下なのに、真紅騎士団十三騎将の一人で『双剣』の二つ名を持つダーマッドを討ち取るなんて、普通じゃあ有り得ないだろう。何か上手い事したのか?」
「・・・・・・最初はグスタフが相手をしていたんだ。あいつが討たれて、直ぐに俺が消耗したダーマッドと戦ったから勝てただけだ」
「そうかい」
ティファは苦笑するが、それ以上は訊こうとしない。
そして、信康の顔を見る。
「何年か前に、マギアランドなんて言う国とブリテンと戦争があったじゃない。七週間戦争」
「ああ、あったな」
信康はブリテン側に雇われていたので覚えていた。
それが縁で、真紅騎士団に知り合いが出来た。
「あたしさ、実はその時にマギアランド側に雇われたんだ」
「ほぅ、それは凄いな」
マギアランド王国は魔法人形ゴーレムに合成獣、魔法が使える戦争奴隷や民兵を大量に動員していたので、傭兵など要らなかった。
しかし、何事にも例外はある。
マギアランド王国は七週間戦争の半ば頃になると、魔法を使える者だけならという条件で傭兵を緊急応募をした。それだけ追い詰められていたのだろうと、推測するのは簡単だった。
肉壁的な捨て駒として雇ったという思惑もあったと思うが、その応募条件に答えて採用されたのだからティファはかなり魔法が得意と言えた。事実、隊員達もティファは魔法が得意だと言っていた。
「でさ・・・ある戦いで、あたしも参加したんだ。マギアランド側は三万以上居て、更に精鋭魔法使いの大隊も参加していたのさ。開戦当初はあたし達が押していたんだけど、途中から戦況ががらりと変わったんだ。何でか分かる?」
「・・・・・・・・・」
信康は何も言わない。
そんな事を気にせず話し続けるティファ。
「一人の傭兵が進軍するあたし達の前に立ちはだかったんだ。最初見た時は、気狂いだと思ったよ。でも、違った。その傭兵が魔剣から鎧を召喚する魔甲剣を装備していて、それで鎧を着てあたし達に突撃して来たんだ。結果はマギアランド側の大敗北。精鋭大隊も壊滅して散り散りになったけど、あたしは運良く生き残ったよ」
「・・・・・・・・そうか」
「その傭兵は、あんたみたいに黒い髪をしていて黄色い肌をしていたんだ」
「俺と同様の肌をした東洋人の傭兵なんか、探せば何処にでも居ると思うぞ」
「そうだね。遠目で見たけどその傭兵が召喚した鎧は、鳥を模した鎧だったんだ。ダーマッド戦で鬼を模した鎧を着ていたノブヤスは、そいつの事を何か知らないかい?」
「さてな。その召喚された鎧が、迦楼羅を模した鎧とか知らないな」
そう言って、信康は歩き出した。
「・・・・・・・・・・ふっ、やっぱり。あんただったか」
ティファは自分の唇を舐めた。
まるで、獲物を喰らいつこうとする獣の如く。
「随分と探したよ。そのうち、味見させて貰うか」
ティファは信康の後に付いて行く。
二人は少し歩くと、奇妙な物を見つけた。
「・・・・・・変だな」
「あんたもそう思いかい。あたしも同感だ」
二人はそれを見てそう思った。
何故なら森の中で一軒の家屋があったら、奇妙だと思うからだ。




