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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第411話

 時を少し遡る。数時間前——


 傭兵部隊を襲撃した真紅騎士団クリムゾン・ナイツを追って、カインは第九中隊を率いて疾駆していた。興奮に頬を紅潮させ、馬上で笑みを浮かべる。


(歩兵から騎兵に転属して正解だったな……!)


 信康が冤罪で投獄された後、増額された予算を利用して騎兵へと兵科替えしたカイン。魔鎧と魔馬人形ゴーレムホースも信康に依頼して手に入れた。資金は、かつて封印していた賭博で一発勝負に勝ち取ったものだった。


(ここで《クリムゾン・ナイツ》の一隊でも討ち取れれば、騎士位は確実……十三騎将を倒せば、俺も……!)


 野心が胸を焦がす。信康やリカルドのように、自分も聖騎士の座に手をかけたい。その一心で、カインは前方を走る敵影を睨みつけた。


「走れ! 敵はすぐそこだ!」


「おおっ!」


 隊員たちの士気は高く、馬蹄の音が地を震わせる。


「中隊長! このままでは味方本隊から完全に離れてしまいますぞ!」


 副隊長グレイグの声が飛ぶが、カインは振り返りもせず叫んだ。


「構うな! 敵を討ってから戻ればいい!」


 その判断が、命取りとなる。


 やがて、敵の背に迫ったその時——


「中隊長、右から砂煙が!」


「なにっ!?」


 視線を向けると、右手の地平に砂煙が立ち上っていた。


「伏兵か……!」


「左からも敵ですっ!」


「くっ……!」


 さらに、追っていた敵部隊が反転し、こちらに向かって突進してくる。


「しまった、誘い込まれたかっ!」


「どうしますか!?」


「反転だ! 味方と合流するぞ!」


 だが、五百を超える騎兵の隊列は、そう簡単に向きを変えられない。もたつく第九中隊を、獲物を狙う獣のような眼差しで見つめる男がいた。


 真紅騎士団クリムゾン・ナイツ十三騎将の一人、《疾風》の異名を持つセイラル・ハルケルト。


「上手く誘い込めましたね、セイラル様」


「ああ、予定通りだ」


 セイラルは槍を高く掲げ、静かに命じた。


「突撃し、包囲殲滅せよっ!」


 セイラルはそう言って槍を振り下ろすと、三方から襲いかかる敵。馬上から放たれる矢が、次々とカインの隊を貫いていく。


「耐えろ! 援軍は来る、持ちこたえろ!」


「交戦するな。弓で削れ。崩れるのを待て」


 カインは必死に指示を飛ばすが、セイラルの部隊は冷静に、弱点を突いてくる。


 そして——


 一本の矢が、カインの肩を貫いた。


「ぐああっ!」


「隊長っ!」


 副官が駆け寄り、倒れたカインを支える。その悲鳴が、隊員たちの士気を揺るがせた。


 セイラルはその隙を逃さない。


「掛かれ」


 弓を収めた騎士たちが剣と槍を抜き、突撃を開始。四方から押し寄せる敵に、第九中隊は防戦もままならず、次々と突破されていく。


 カインは最後の力を振り絞り、槍を構えた。


「くそおおおおっ!」


 カインは長年愛用している槍を持って、向かい来る敵兵に立ち向かう。


「おおおおおおっ⁈」


 カインは一人で真紅騎士団数騎ほど打ち倒したが、カインの快進撃も其処で終わった。


 三騎ほどのセイラル隊の隊員が同時に得物を振るった。


 腹と右肩を槍で貫かれ、剣で袈裟切りにされた。


「ぐぶっ、・・・・・・ここで、おわり・・・・・・か・・・・・・」


 カインは前のめりに倒れた。カインが死んだ事で指揮系統が乱れると思われたが、副官と副隊長が必死に防戦を指揮した。指揮の最中に、副官は敵兵の攻撃で倒れたが残った副隊長が指揮した。


 

 第九中隊が包囲の渦中にある頃、ヘルムートは第一中隊を率い、リカルドとヒルダレイアの第三・第四中隊とともに、ようやく戦場の全貌を視認できる位置に辿り着いた。


「……これは、まずいな」


「総隊長っ、第九中隊が持ちません! 急ぎ救援を!」


「その通りですっ、命令をっ!」


 リカルドとヒルダレイアは焦燥を隠さず叫んだが、命令がなくとも彼らの眼差しはすでに救援へと向いていた。


「……よし。二人は各隊を率いて、包囲の一角を突け。第九中隊を救え!」


「「はっ!」」


 命令を受けるや否や、二人は中隊を率いて駆け出した。 その背を見送りながら、ヘルムートは低く呟く。


「騎馬のみの包囲……誘引による騎兵戦術……まさか、あの男か……?」


 脳裏に浮かぶのは、ヘルムートは敵の戦い方を見て、脳裏に一人の男性の顔が浮かんだ。


 それは、嘗ての友のセイラルであった。


 一方その頃、包囲を指揮していたセイラルは、味方の一角に迫る援軍を見ても動じることなく命じた。


「敵が接触した箇所から、交戦しつつ後退せよ。包囲に穴を開け、通してやれ」


 それは敵を逃がす行為に等しかったが、セイラル隊は一切の疑念なく従った。


 第三・第四中隊が包囲網に突入し、セイラル隊と交戦を開始。 徐々に包囲は解かれ、ついに一角が崩れる。


「包囲が崩れたぞ!」


「今よ、突入して救援を!」


 リカルドとヒルダレイアの号令とともに、二中隊は包囲の裂け目へと突入。 第九中隊もその隙を逃さず、残された力を振り絞って脱出を図る。


 だが――


「……ふふ、かかったな。攻撃再開、再包囲せよ」


 セイラルの命令一下、包囲網は再び閉じ、合流した三中隊に猛攻を浴びせた。 陣形も整わぬままの三中隊は、たちまち大打撃を受ける。


 その瞬間、後方から轟く号令。


「今だ、攻撃開始!」


 ヘルムートが率いる第一中隊が、セイラル隊の一角に突撃。 敵の攻勢が緩み、三中隊は辛うじて撤退に成功する。


「敵は騎兵だ。槍衾を組め。弓兵は矢が尽きるまで放て。魔法使いは魔力が尽きるまで撃ち続けろ!」


 ヘルムートの指示に、兵たちは迷いなく応じた。 その防御陣は、数で勝る真紅騎士団をも容易には突破させなかった。


 苛立ちを募らせたのか、あるいは敵将の正体を確かめたかったのか―― セイラルは自ら部隊を率いて前線を突破し、ヘルムートの前に現れる。


「……久しいな、ヘルムート」


「セイラル……やはりお前だったか」


「戦場で出会った以上、情けは無用だ」


「それはこちらの台詞だ」


 互いに武器を構え、睨み合う。 一陣の風が、二人の間を吹き抜けた。


「――っ!」


 風が過ぎた瞬間、二人は同時に駆け出す。


「秘剣・鷲爪斬!」


 ヘルムートの剣が三つの斬撃を描き、セイラルを襲う。


「その技、見飽きたわ! 百本刺突ハンドレッド・ストラッシュ!」


 セイラルの槍が稲妻のように突き出され、斬撃を打ち払う。


「ぬうっ……!」


「終わりだ!」


 再び繰り出される百本刺突。 ヘルムートは応戦するも、ついに左腕を貫かれる。


「ぐああああっ!」


 槍が横薙ぎに払われ、左腕が宙を舞う。


「勝負あったな。片腕で軍人など務まるまい。今、楽にしてやる」


 セイラルが槍を構えた、その時――


 一矢、風を裂いて飛来する。


「っ!?」


 セイラルは咄嗟に矢を叩き落とす。 その隙に、ヘルムートは後退を命じ、第一中隊は撤退を開始した。


「……逃げたか」


「追いますか?」


「いや、捨て置け。この戦いは所詮、意趣返しの為に過ぎん。それに、腕の良い弓兵が潜んでいると思われる周辺を警戒しろ。それで、何も無かったら、我等はマドリーンに撤退する」


「はっ。分かりました」


 部下にそう命ずると、セイラルはヘルムートが去っていった方向の顔を向ける。


「お前は良い友人だった。だが、友の情けも今日が最後だ」


 それだけ言ってセイラルは、近くに居た団員に自分が叩き落とした矢を持って来させた。


「この矢羽は間違いなく、プヨで作られている矢羽だな。この俺が気付かぬ距離から射るとは、優秀な部下を持っているではないか」


 セイラルはその矢を持って呟くと、矢をポキッと二つに折って捨てた。 

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