第411話
時を少し遡る。数時間前——
傭兵部隊を襲撃した真紅騎士団を追って、カインは第九中隊を率いて疾駆していた。興奮に頬を紅潮させ、馬上で笑みを浮かべる。
(歩兵から騎兵に転属して正解だったな……!)
信康が冤罪で投獄された後、増額された予算を利用して騎兵へと兵科替えしたカイン。魔鎧と魔馬人形も信康に依頼して手に入れた。資金は、かつて封印していた賭博で一発勝負に勝ち取ったものだった。
(ここで《クリムゾン・ナイツ》の一隊でも討ち取れれば、騎士位は確実……十三騎将を倒せば、俺も……!)
野心が胸を焦がす。信康やリカルドのように、自分も聖騎士の座に手をかけたい。その一心で、カインは前方を走る敵影を睨みつけた。
「走れ! 敵はすぐそこだ!」
「おおっ!」
隊員たちの士気は高く、馬蹄の音が地を震わせる。
「中隊長! このままでは味方本隊から完全に離れてしまいますぞ!」
副隊長グレイグの声が飛ぶが、カインは振り返りもせず叫んだ。
「構うな! 敵を討ってから戻ればいい!」
その判断が、命取りとなる。
やがて、敵の背に迫ったその時——
「中隊長、右から砂煙が!」
「なにっ!?」
視線を向けると、右手の地平に砂煙が立ち上っていた。
「伏兵か……!」
「左からも敵ですっ!」
「くっ……!」
さらに、追っていた敵部隊が反転し、こちらに向かって突進してくる。
「しまった、誘い込まれたかっ!」
「どうしますか!?」
「反転だ! 味方と合流するぞ!」
だが、五百を超える騎兵の隊列は、そう簡単に向きを変えられない。もたつく第九中隊を、獲物を狙う獣のような眼差しで見つめる男がいた。
真紅騎士団十三騎将の一人、《疾風》の異名を持つセイラル・ハルケルト。
「上手く誘い込めましたね、セイラル様」
「ああ、予定通りだ」
セイラルは槍を高く掲げ、静かに命じた。
「突撃し、包囲殲滅せよっ!」
セイラルはそう言って槍を振り下ろすと、三方から襲いかかる敵。馬上から放たれる矢が、次々とカインの隊を貫いていく。
「耐えろ! 援軍は来る、持ちこたえろ!」
「交戦するな。弓で削れ。崩れるのを待て」
カインは必死に指示を飛ばすが、セイラルの部隊は冷静に、弱点を突いてくる。
そして——
一本の矢が、カインの肩を貫いた。
「ぐああっ!」
「隊長っ!」
副官が駆け寄り、倒れたカインを支える。その悲鳴が、隊員たちの士気を揺るがせた。
セイラルはその隙を逃さない。
「掛かれ」
弓を収めた騎士たちが剣と槍を抜き、突撃を開始。四方から押し寄せる敵に、第九中隊は防戦もままならず、次々と突破されていく。
カインは最後の力を振り絞り、槍を構えた。
「くそおおおおっ!」
カインは長年愛用している槍を持って、向かい来る敵兵に立ち向かう。
「おおおおおおっ⁈」
カインは一人で真紅騎士団数騎ほど打ち倒したが、カインの快進撃も其処で終わった。
三騎ほどのセイラル隊の隊員が同時に得物を振るった。
腹と右肩を槍で貫かれ、剣で袈裟切りにされた。
「ぐぶっ、・・・・・・ここで、おわり・・・・・・か・・・・・・」
カインは前のめりに倒れた。カインが死んだ事で指揮系統が乱れると思われたが、副官と副隊長が必死に防戦を指揮した。指揮の最中に、副官は敵兵の攻撃で倒れたが残った副隊長が指揮した。
第九中隊が包囲の渦中にある頃、ヘルムートは第一中隊を率い、リカルドとヒルダレイアの第三・第四中隊とともに、ようやく戦場の全貌を視認できる位置に辿り着いた。
「……これは、まずいな」
「総隊長っ、第九中隊が持ちません! 急ぎ救援を!」
「その通りですっ、命令をっ!」
リカルドとヒルダレイアは焦燥を隠さず叫んだが、命令がなくとも彼らの眼差しはすでに救援へと向いていた。
「……よし。二人は各隊を率いて、包囲の一角を突け。第九中隊を救え!」
「「はっ!」」
命令を受けるや否や、二人は中隊を率いて駆け出した。 その背を見送りながら、ヘルムートは低く呟く。
「騎馬のみの包囲……誘引による騎兵戦術……まさか、あの男か……?」
脳裏に浮かぶのは、ヘルムートは敵の戦い方を見て、脳裏に一人の男性の顔が浮かんだ。
それは、嘗ての友のセイラルであった。
一方その頃、包囲を指揮していたセイラルは、味方の一角に迫る援軍を見ても動じることなく命じた。
「敵が接触した箇所から、交戦しつつ後退せよ。包囲に穴を開け、通してやれ」
それは敵を逃がす行為に等しかったが、セイラル隊は一切の疑念なく従った。
第三・第四中隊が包囲網に突入し、セイラル隊と交戦を開始。 徐々に包囲は解かれ、ついに一角が崩れる。
「包囲が崩れたぞ!」
「今よ、突入して救援を!」
リカルドとヒルダレイアの号令とともに、二中隊は包囲の裂け目へと突入。 第九中隊もその隙を逃さず、残された力を振り絞って脱出を図る。
だが――
「……ふふ、かかったな。攻撃再開、再包囲せよ」
セイラルの命令一下、包囲網は再び閉じ、合流した三中隊に猛攻を浴びせた。 陣形も整わぬままの三中隊は、たちまち大打撃を受ける。
その瞬間、後方から轟く号令。
「今だ、攻撃開始!」
ヘルムートが率いる第一中隊が、セイラル隊の一角に突撃。 敵の攻勢が緩み、三中隊は辛うじて撤退に成功する。
「敵は騎兵だ。槍衾を組め。弓兵は矢が尽きるまで放て。魔法使いは魔力が尽きるまで撃ち続けろ!」
ヘルムートの指示に、兵たちは迷いなく応じた。 その防御陣は、数で勝る真紅騎士団をも容易には突破させなかった。
苛立ちを募らせたのか、あるいは敵将の正体を確かめたかったのか―― セイラルは自ら部隊を率いて前線を突破し、ヘルムートの前に現れる。
「……久しいな、ヘルムート」
「セイラル……やはりお前だったか」
「戦場で出会った以上、情けは無用だ」
「それはこちらの台詞だ」
互いに武器を構え、睨み合う。 一陣の風が、二人の間を吹き抜けた。
「――っ!」
風が過ぎた瞬間、二人は同時に駆け出す。
「秘剣・鷲爪斬!」
ヘルムートの剣が三つの斬撃を描き、セイラルを襲う。
「その技、見飽きたわ! 百本刺突!」
セイラルの槍が稲妻のように突き出され、斬撃を打ち払う。
「ぬうっ……!」
「終わりだ!」
再び繰り出される百本刺突。 ヘルムートは応戦するも、ついに左腕を貫かれる。
「ぐああああっ!」
槍が横薙ぎに払われ、左腕が宙を舞う。
「勝負あったな。片腕で軍人など務まるまい。今、楽にしてやる」
セイラルが槍を構えた、その時――
一矢、風を裂いて飛来する。
「っ!?」
セイラルは咄嗟に矢を叩き落とす。 その隙に、ヘルムートは後退を命じ、第一中隊は撤退を開始した。
「……逃げたか」
「追いますか?」
「いや、捨て置け。この戦いは所詮、意趣返しの為に過ぎん。それに、腕の良い弓兵が潜んでいると思われる周辺を警戒しろ。それで、何も無かったら、我等はマドリーンに撤退する」
「はっ。分かりました」
部下にそう命ずると、セイラルはヘルムートが去っていった方向の顔を向ける。
「お前は良い友人だった。だが、友の情けも今日が最後だ」
それだけ言ってセイラルは、近くに居た団員に自分が叩き落とした矢を持って来させた。
「この矢羽は間違いなく、プヨで作られている矢羽だな。この俺が気付かぬ距離から射るとは、優秀な部下を持っているではないか」
セイラルはその矢を持って呟くと、矢をポキッと二つに折って捨てた。




