第410話
砦の攻略を終えたプヨ王国軍は、砦に残っていたカロキヤ公国軍の飛行兵部隊の隊員を捕虜にして、一日休んでからアグレブへと向かう。
今回の編成は先陣は傭兵部隊。第二陣は神官戦士団。第三陣は第四、五騎士団の混成部隊。第四陣に第三騎士団。最後尾は鋼鉄槍兵団という編成だ。
今迄、先陣だった第三騎士団が後方になったのは、アグレブに着くまでに戦らしい戦がないと予想して、後方に居る事にしたようだ。無論、表向きは戦で損害が出たので、後方で戦力を温存すると言っている。
そんな編成で進軍しながら、信康はヒルダレイアに詰め寄られていた。
「ノブヤス。貴方って以前、真紅騎士団クリムゾン・ナイツと一緒に仕事をしたって言ってたわよね?」
「ああ、そうだ。幹部の十三騎将とは、大なり小なり交流したぞ」
信康が肯定すると、ヒルダレイアの視線が鋭くなった。暗に何故カールセンの事を教えなかったのだと、責めている様子であった。
「確かに黙っていた事は認めよう。ヒルダの話を聞いてもしかしたらとは思ったが、本当にそうだとは思わなかったんだ。だから何も言わなかったんだよ。それに言った所で、何か結果が変わったとでも?」
「・・・言われてみれば、確かにそうね。責めて悪かったわ」
信康の言い分を聞いて、ヒルダレイアは溜息を吐いた。それから苦笑して、カールセンの事を話し始めた。
「あたしと大叔父上って、全然似てないでしょう? 大叔父上の知り合いにもよく言われるわ。血が繋がっているとは思えないって」
「まぁ、気持ちは分かる。俺もそう思ったからな」
信康もカールセンとは話した事があるので、どんな性格か分かっている。
なのでヒルダレイアがあのカールセンと、血が繋がっていると聞いても信じられなかった。
「はぁ。王都アンシに帰ったら、祖父上と父上には何て言えば良いのかしら……」
ヒルダレイアは、自分の指をぎゅっと握りしめた。爪が掌に食い込む感触が、かろうじて彼女を現実に繋ぎとめていた。
信康は、しばし言葉を探した。
「……その、頑張ってくれ」
だが、口に出たのは不器用な一言であった。
それを聞いたヒルダレイアは、かすかに笑った。まるで、冬の終わりに咲く一輪の花のように。
そしてヒルダレイアは麾下の第四中隊へと戻って行った。其処へ一人の伝令兵が、擦れ違い様にやって来た。
「伝令!? 敵の騎馬隊が出現しましたっ!?」
『!』
伝令兵の報告を受けて、ざわつく第二中隊。信康が続報を尋ねると、伝令兵は報告を再開した。
「敵は真紅騎士団。数は約百です」
「百騎程度だと? 威力偵察か?」
襲撃してきた数を聞いて、信康は首を傾げていた。
砦の攻略で少なくない被害を出したプヨ軍だが、主に被害を受けたのは第三騎士団だけなので、他の部隊は無傷だ。
そんな軍に攻撃を仕掛けるのは余程、向こう見ずな敵という事だ。
「こんな攻撃を仕掛けるのはオクサか? それともネイファの奴の仕業か?」
真紅騎士団で無謀な攻撃をする十三騎将と言えば、信康が挙げた二人が有名であった。
意外に『暴牛』の異名を持つオクサだが、暴れ牛のような戦い方はするが、攻め時と引き際を見極める冷静さは持っている。頭に血は登りやすいが、頭の回転は悪くないので無謀な真似だけはしない。
逆にネイファは感情のままに戦うのだが、嗅覚が効くと言うか勘が優れているので今日まで無謀な行動をしても今日まで如何にか生き残れている。
「指揮官は誰か分からんのか?」
信康は気になって、伝令兵に訊ねてみた。
すると伝令兵は、首を横に振った。
「指揮官は不明です。敵中隊は矢が届くかどうかと言う距離まで接近した後、直ぐに撤退して行きましたっ!」
「そうか」
信康は伝令の報告を聞いて、傍に居るルノワを見る。
「どう思う?」
「威力偵察に来たと言うのは、流石に変な話です。プヨ軍の情報は、向こうは既に知り尽くしている筈ですから」
「真紅騎士団が無駄な行動をする筈が無い・・・そうなると敵の狙いは」
信康の頭の中で、これは罠だなと思った。
すると其処へ、別の伝令兵が続報が届けに来た。
「伝令!! 撤退した敵部隊を追撃する為に、第九中隊が出陣っ! ヘルムート総隊長は静止する様に伝令を送るも、カイン中隊長は追撃を続行っ! 総隊長は第九中隊を連れ戻す為に、第三・第四中隊を連れて行くそうです。ノブヤス副隊長は、傭兵部隊に残り指揮を執れとの御命令です」
「ちっ。カインの奴め、あっさり誘われやがって・・・まぁ良い。了解した。ルノワ」
「はっ。第二中隊に、この命令を通達させておきます」
「頼んだぞ、ルノワ」
信康はそう言うと、ルノワは敬礼してからマジョルコムを連れてその場を離れた。
数時間後。
伝令が駆け戻ってきた。だがその顔には、勝利の色はなかった。
「報告っ。第九中隊が壊滅。カイン中隊長戦死いたしました。ヘルムート総隊長が重傷を負い、残存部隊と共に撤退中にございます」
その場に、重い沈黙が落ちた。
信康は、ただ空を見上げた。
「……やられたな」
風が吹いた。砦の上に掲げられたプヨ王国の旗が、音もなく揺れた。




