第409話
信康がゲオルードと戦っている頃。
信康がゲオルードと刃を交えていたその頃──
南の崖を登りきったリカルドたちは、息を切らしながらも、砦の城壁を目前にしていた。
「……どうにか、登りきったな」
「まさか、ここまで仕掛けがあるとは……」
「自分で自分を褒めたいわ……ほんとに……」
崖には足場こそあったが、あらかじめ崩れるよう細工されていた。掴んだ岩が崩れ、足をかけた石が砕け、仲間たちは次々と落ちていった。
さらに、敵の飛行兵が空から襲いかかる。数こそ少なかったが、崖を登る者にとっては致命的な妨害だった。
崖を登りきったとき、リカルドの部隊は三分の一を失っていた。
リカルドは一瞬、目を閉じた。仲間の犠牲を胸に刻み、剣を抜く。
「敵は崖を登る者への備えはしていても、登りきった者への備えは甘い。このまま砦を落とすぞ!」
「「「おおおおおおおおおおっっ‼」」」
その声を合図に、リカルドたちは城壁へと突撃した。勢いそのままに敵兵をなぎ倒し、城壁の内側へと雪崩れ込む。
「敵襲!南の崖からも攻めてきましたっ!」
その叫びを耳にし、リカルドは他の部隊の奇襲も成功したと悟る。だが、喜びに浸る間もなく、彼の視線は一人の男に釘付けになった。
赤い鎧の中でもひときわ異彩を放つ、豪奢な板金鎧。右肩には花の装飾、左肩はあえて防具を外し、斧を振るう自由を確保している。兜は鉄製のコリントス式。彫り込まれた意匠は、まるで古の神々の加護を受けたかのようだった。
「……敵将か。僕が相手だ」
「小僧が。この俺を“鉄壁”のバルドと知ってなお、挑むというのか?」
その名を聞いた瞬間、リカルドの瞳が燃え上がる。
「お前が……兄の仇……!」
「ほう、血の因縁か。ならば、なおさら容赦はせん」
バルドが大斧を振りかぶる。リカルドは剣で受け止め、火花が散る。
「くっ……!」
剣と斧がぶつかり合うたび、空気が震えた。リカルドは怒りに任せて斬りかかるが、バルドは一歩も引かず、冷静に受け流す。
(このままじゃ……押し切れない)
リカルドは焦りながらも、信康との訓練を思い出す。あのとき、信康は相手の攻撃を“いなして”反撃した。
その教えて貰った技を独自で改良した。
(あれを……やるしかない!)
リカルドは攻撃の手を緩め、疲れたふりをする。バルドが動いた。
「どりゃああああっ!」
大斧が振り下ろされ、床に叩きつけられると同時に、衝撃波が走る。
「うわあああっ⁉」
吹き飛ばされるリカルド。頬に裂傷を負いながらも、彼は剣を構え直す。
「ふう、ふう……まだ……終わってない……」
バルドは構えを取り、距離を詰める。両軍の兵たちが息を呑む中、バルドが駆け出した。
「終わりだ、小僧っ!」
大斧が振り下ろされる──その瞬間、リカルドの剣が斧の側面を打ち、軌道を逸らす。
「秘技──『流牙突』っ!」
鋭い突きが、バルドの首元を貫かんとする。
──ガギンッ‼
だが、剣は弾かれた。肉を裂く感触はない。
「なっ……⁉」
「惜しいな。だがその程度の剣では、俺の魔宝には傷一つつけられん」
バルドが笑う。鎧の胸元に刻まれた紋章が、淡く光を放つ。
「これが俺の魔宝宝具『勇者の不凋花』はそこいらにある武器で傷つく事は無い鎧だ。伊達に“鉄壁”の異名は持っておらん」
「そんな……!」
バルドが横薙ぎに斧を振るう。リカルドは防ぎきれず、再び吹き飛ばされた。
「ぐっ……脚が……!」
立ち上がろうとするも、脚に力が入らない。
「終わりだ、小僧」
バルドが迫る──そのとき。
「リカルドっ!」
「今、助けるわ!」
バーンとヒルダレイアが割って入り、剣を構える。空気が張り詰め、戦場が凍りつく。
──だが、その緊張を破ったのは、意外な人物だった。
「バルド、ここにいたかっ!」
現れたのは、真紅の鎧を纏った老将カールセンであった。
「お、大叔父上⁉」
「おお、ヒルダレイアか。大きくなったのう」
「まさか……真紅騎士団に……?」
「うむ。十三騎将に復帰したばかりじゃ」
「えええっ⁉」
カールセンは笑いながら告げる。
「団長たちは目的を果たした。儂らも退くぞ」
「了解した」
バルドが頷き、声を張り上げる。
「目的は達した。我らは砦を放棄し、『マドリーン』へ撤退する!」
真紅騎士団は一斉に戦線を離脱。砦の門を開き、戦場を後にした。
「大叔父上、待ってください!」
「ガッハハハ、また話そうぞ!」
ヒルダレイアが呼び止めるが、カールセンは手を振ってその場を去った。
その後、砦に居た真紅騎士団はバルドとカールセンの指揮で第三騎士団の陣地を突破。
強引な突破をした事で、千人ほど居た部隊が七百を切った。
だが、それにより戦場からの離脱に成功した。
──砦は落ちた。だが、戦いはまだ終わっていない。




