第407話
強風に煽られながらも、独立鷲獅子騎兵隊は空を裂いて飛び続けていた。ルディアは手綱を握る手に力を込め、風に翻弄される部下たちに怒号を飛ばす。
「隊形を崩すな! 風に負けるなっ!」
その声は風にかき消されそうになりながらも、必死に空を繋ぎ止めていた。
だが、突如として敵の攻勢が緩んだ。
「……何だ?」
ルディアは眉をひそめる。敵が手を緩める理由など、戦場においては一つしかない。すぐにその答えが視界に現れた。
敵部隊が交代したからだ。
先ほどまでの部隊は五百。だが、今度現れたのはその倍以上。千を超える兵が、風を操りながら空を埋め尽くしていた。
「っち、ここに来て第二陣か……!」
「副隊長、風魔法の影響で制御が困難です! このままでは――」
「分かっているっ!」
怒鳴り返しながらも、ルディアの胸中には焦りが渦巻いていた。風を制する術を持たぬ彼らにとって、この空はもはや敵の領域だった。
そのとき、敵の新手が川辺へと向かい、別の部隊と合流するのが見えた。
「……何をするつもりだ?」
独り言のように呟いたその瞬間、川面が不自然に光を帯び、凍り始めた。
「なっ……⁉」
温暖なこの地で、川が凍るなどあり得ない。それなのに、氷は音もなく広がり、やがて透明な橋となった。
プヨ軍がその橋を渡り始めた。目指すは、今まさに守っている砦。
「副隊長!」
「分かっている。全員、砦へ戻るぞ!」
だが、風の魔法により思うように飛べない。そこへ、漆黒の影が空を裂いた。
「撃ち落とせ。地に落ちた者は囲んで動けなくしろ。生死は問わない」
クラウディアの冷徹な命令が響くと、闇の魔法が空を貫いた。次々に撃ち落とされる仲間たち。地に落ちた者は容赦なく囲まれ、命を奪われていく。
「くっ……!」
歯を食いしばるルディア。だが、もはや撤退以外に道はなかった。
「角笛を鳴らせ!」
副官が角笛を吹き鳴らすと、プオオオーンという音が空に響き、残存部隊が戦線を離脱し始めた。
「退け! 一番近いカロキヤ領、マドリーンまで退くぞ!」
ルディアは副官に近づき、低く命じた。
「お前は数人連れて砦に戻れ。ゲオルードたちをマドリーンまで連れて来い」
「承知しました」
副官が数人を引き連れて砦へ向かうのを見送ると、ルディアは残った部隊を率いて撤退を開始した。
* * *
その頃、信康は凍った川を渡り、砦の目前に立っていた。
「……はは、ここまで計画通りに進むとはな」
笑いが漏れる。氷の橋、火薬の設置、そして――
「イセリア、頼む」
信康の視線に応え、イセリアが手を翳す。
「《火炎球》」
火球が生まれ、火薬の山へと飛ぶ。次の瞬間、白光と爆音が砦を揺るがした。
メルティーナの風の結界が衝撃を和らげ、煙が晴れると、城壁には大きな穴が開いていた。
信康は刀を掲げ、叫ぶ。
「突撃! 一番手柄は俺たちのものだっ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおっ‼」」」
隊員たちが穴へと突入していく。信康もその後に続き、敵兵を斬り伏せながら進む。
そのとき、見覚えのある顔が槍を振るっていた。
「おらおらっ、掛かって来いやっ!」
ゲオルード――かつての飛行兵部隊の隊長。今は地上で、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「……あいつ、何でここに?」
信康の視線に気づいたのか、ゲオルードが槍を止め、睨みつけてくる。
「てめえは、東洋人の傭兵っ!」
「グリフォンを二頭も失って、女を助けようとして夜襲に失敗し、部隊を追放されたんだろ? 立派な経歴だな」
挑発に、ゲオルードの額に怒気が走る。
「減らず口を……その首、貰ったっ!」
「いいだろう。俺もお前の顔には飽きてたところだ」
信康は刀を構え、血を振り払うと、駆け出した。
戦場の喧騒が、二人の間だけ静まり返った。




