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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第407話

 強風に煽られながらも、独立鷲獅子騎兵隊は空を裂いて飛び続けていた。ルディアは手綱を握る手に力を込め、風に翻弄される部下たちに怒号を飛ばす。


「隊形を崩すな! 風に負けるなっ!」


 その声は風にかき消されそうになりながらも、必死に空を繋ぎ止めていた。


 だが、突如として敵の攻勢が緩んだ。


「……何だ?」


 ルディアは眉をひそめる。敵が手を緩める理由など、戦場においては一つしかない。すぐにその答えが視界に現れた。


 敵部隊が交代したからだ。


 先ほどまでの部隊は五百。だが、今度現れたのはその倍以上。千を超える兵が、風を操りながら空を埋め尽くしていた。


「っち、ここに来て第二陣か……!」


「副隊長、風魔法の影響で制御が困難です! このままでは――」


「分かっているっ!」


 怒鳴り返しながらも、ルディアの胸中には焦りが渦巻いていた。風を制する術を持たぬ彼らにとって、この空はもはや敵の領域だった。


 そのとき、敵の新手が川辺へと向かい、別の部隊と合流するのが見えた。


「……何をするつもりだ?」


 独り言のように呟いたその瞬間、川面が不自然に光を帯び、凍り始めた。


「なっ……⁉」


 温暖なこの地で、川が凍るなどあり得ない。それなのに、氷は音もなく広がり、やがて透明な橋となった。


 プヨ軍がその橋を渡り始めた。目指すは、今まさに守っている砦。


「副隊長!」


「分かっている。全員、砦へ戻るぞ!」


 だが、風の魔法により思うように飛べない。そこへ、漆黒の影が空を裂いた。


「撃ち落とせ。地に落ちた者は囲んで動けなくしろ。生死は問わない」


 クラウディアの冷徹な命令が響くと、闇の魔法が空を貫いた。次々に撃ち落とされる仲間たち。地に落ちた者は容赦なく囲まれ、命を奪われていく。


「くっ……!」


 歯を食いしばるルディア。だが、もはや撤退以外に道はなかった。


「角笛を鳴らせ!」


 副官が角笛を吹き鳴らすと、プオオオーンという音が空に響き、残存部隊が戦線を離脱し始めた。


「退け! 一番近いカロキヤ領、マドリーンまで退くぞ!」


 ルディアは副官に近づき、低く命じた。


「お前は数人連れて砦に戻れ。ゲオルードたちをマドリーンまで連れて来い」


「承知しました」


 副官が数人を引き連れて砦へ向かうのを見送ると、ルディアは残った部隊を率いて撤退を開始した。


 * * *


 その頃、信康は凍った川を渡り、砦の目前に立っていた。


「……はは、ここまで計画通りに進むとはな」


 笑いが漏れる。氷の橋、火薬の設置、そして――


「イセリア、頼む」


 信康の視線に応え、イセリアが手を翳す。


「《火炎球》」


 火球が生まれ、火薬の山へと飛ぶ。次の瞬間、白光と爆音が砦を揺るがした。


 メルティーナの風の結界が衝撃を和らげ、煙が晴れると、城壁には大きな穴が開いていた。


 信康は刀を掲げ、叫ぶ。


「突撃! 一番手柄は俺たちのものだっ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおっ‼」」」


 隊員たちが穴へと突入していく。信康もその後に続き、敵兵を斬り伏せながら進む。


 そのとき、見覚えのある顔が槍を振るっていた。


「おらおらっ、掛かって来いやっ!」


 ゲオルード――かつての飛行兵部隊の隊長。今は地上で、狂気じみた笑みを浮かべていた。


「……あいつ、何でここに?」


 信康の視線に気づいたのか、ゲオルードが槍を止め、睨みつけてくる。


「てめえは、東洋人の傭兵っ!」


「グリフォンを二頭も失って、女を助けようとして夜襲に失敗し、部隊を追放されたんだろ? 立派な経歴だな」


 挑発に、ゲオルードの額に怒気が走る。


「減らず口を……その首、貰ったっ!」


「いいだろう。俺もお前の顔には飽きてたところだ」


 信康は刀を構え、血を振り払うと、駆け出した。


 戦場の喧騒が、二人の間だけ静まり返った。

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