第394話
「どういう意味だ。リカルド。今の伝令の言葉は聞いていただろう。それで出撃するとは、何か考えでもあるのか?」
「そういう訳ではないのですが・・・・・・その、第二部隊には知り合いがいるんです」
言い辛そうな顔をしながら言うリカルド。
その顔を見て、信康は直ぐに分かった。
「兄貴の助けに行きたいのか?」
信康がそう尋ねると、リカルドはゆっくりと頷いた。
「兄貴?それって、兵舎まで来て、因縁つけて来たあの馬鹿の事か?」
「ああ、あの二人の聖騎士叙勲の件で因縁つけに来て闇の聖女様を怒らせて、『豊穣天覧会』への参加を条件に許してやる。そればかりかもしも勝つ事が出来たら聖騎士叙勲も検討すると言う破格の話になったのに、リカルド達の実力にビビって不正行為をして試合に参加させてもらえなかったあの馬鹿兄貴か」
「馬鹿だよな。それで、あいつもあいつの上官も上層部から譴責されたらしい。今じゃ第三騎士団内でも白い目で見られて針の筵状態だっていう話も聞いたぜ」
リカルドの兄貴の話になると、ボロクソに言われていた。
自分の兄の事ながら、何も反論できず苦笑するリカルド。
「あの人ね。絶対良からぬ事をして騎士を辞めさせられるだろうなと思っていたわ」
ヒルダはディエゴがどんな人なのか知っているのか、遠い目をしながら語りだした。
「・・・・・・しかし、兄を見殺しにするのはちょっと・・・・・・」
皆に散々言われていても、兄である事は変わりないので、リカルドは出撃したいようだ。
「気持ちは分かるが、上から命令を下った後じゃあな」
ヘルムートもどういえばリカルドが納得するか考えていた。
「じゃあ、いっその事、その命令が来る前に、リカルドともう一つの部隊が砦へ攻撃に出た第二部隊の救援に出たと報告すれば良いんじゃないのか?」
考え込んでいるヘルムートに信康が提案してきた。
「しかし、上からの命令があるからな」
「隊長。これは士気に係わる大事だぜ」
「士気に?どういう事だ?」
「勝手に持ち場を離れた事実があったとしても、部隊の救援に行かず見殺しにして全滅でもしてみろ。味方全体の士気に係わる。自分達ももし窮地に立たされたら見殺しにされるかもしれないってな。逆に砦側は防衛成功の成果に敵部隊を殲滅させたと言うおまけ付きで士気が跳ね上がる。そんな事になったら益々、砦の攻略は難しくなるだろうな」
「ふむ」
信康の話を聞いて、一理あるなと思うヘルムート。
「という訳で、総隊長。リカルド隊と信康隊は砦に威力偵察に行ってきます」
「うん?待て待て。リカルド隊はまぁ百歩譲って、行っても良いだろう。だが、何でお前の部隊も行くんだ?」
「いや、リカルドだけだと引き際を見誤りそうだから」
「そ、そんな向こう見ずじゃないと思うんだけどっ」
「じゃあ聞くが、今撤退しないと全滅するって時に、目の前に兄貴が敵兵に襲われて今にも死にそうな目に遭っている。お前は兄貴を見殺しにして撤退出来るか? 兄貴と部隊を天秤に掛けて素早くかつ冷静に判断出来るのか?」
「むっ」
そう言われて言葉を詰まらせるリカルド。
「出来ないだろう?という訳で、隊長。良いですよね?」
「・・・・・・」
ヘルムートは少し考え出した。
リカルドと皆は何て返事するか気になり、ヘルムートをジッと見る。
「・・・・・・良かろう。騎士団長閣下が何か言ってきたら、俺が誤魔化してやる」
ヘルムートから出撃の許可を貰い、リカルドは顔を輝かせた。
「ありがとうございます。総隊長っ」
「ノブヤス。お前はリカルドのフォローに回れ。引き際は見誤るなよ」
「了解」
信康は敬礼した。それを見て、直ぐに周りの部隊長達を見る。
「お前等は駄目だぞ。救援に傭兵隊の全部隊が出たら、部下が勝手に出て行ったと言っても信じて貰えなくなるからな」
ヘルムートがそう言うと、自分も出撃すると手を挙げようとした部隊長達が、手を元の位置まで下げて行った。
それを見て、ライナは含み笑いをしていた。
「よし。じゃあ、さっさと行くぞ。リカルド」
「ああ、分かった」
信康達は作戦会議用のテントを出て行き、出撃の準備をしに部隊の下に向かう。
その頃。敵軍が籠っている砦では。
「進め。進めっ。砦を攻略し、この戦、戦功第一功は我ら第三騎士団第二部隊の物にするぞっ」
第三騎士団第二部隊隊長ムスナン・フォン・クレイディルスは腰に差している剣を抜き声を張り上げながら、部下を指揮する。
部下達は馬から降りて徒歩で近付き、盾を構えながら進んでいく。
敵軍は弓矢を放っているが、盾で防がれているので足止めになっていない。
「よし。これで防壁に取りつけば、攻城がしやすくなる、簡易破城槌は準備しているか?」
「はっ。準備万端ですっ」
傍に居る副官が敬礼する。その後ろには紐を通した先が尖った木材があった。
その紐を二騎の騎兵に結ばせて、騎兵達の間に木材を置く。
騎兵は門まで駆けていき、木材を門に叩き付ける。
簡易だが破城槌の代わりになる。
威力もそう変わらない上に破城槌に比べて作りやすく、進む早さも違う。
欠点は、運ぶ際騎兵が敵の攻撃に受け易い事だ。
「っち、団長もちゃんとした攻城兵器を渡せば良い物を」
「仕方がありませんよ。それに、これでも融通を聞かせた方だと思いますよ」
「ああ、そうだな」
副官に宥められるムスナン。
どうして、ムスナンの隊だけで砦を攻撃しているのかと言うと、昨日の夜の事だ。
ムスナンが団長に呼び出された。
何の用だと思いながら、ムスナンがグイルが居るテントに向かう。
テントの中に入ると、グイルとモルートの二人が居た。
『団長。副団長。自分に何の用でしょうか?』
ムスナンは敬礼しながら、自分を呼び出した理由を尋ねる。
グイルが腕を組みながらジロリとムスナンを睨み、モルートも心なしか視線が冷たい。
『・・・・・・ムスナンよ。貴様、何故呼ばれたか分からぬか?』
『はっ、はい』
本当に分からないのか、ムスナンは頷く。
『では、教えてやろう。我が軍が攻撃する前に貴様等、第二部隊を砦の偵察に向かわせたがその時、何と報告した?』
グイルがそう言うのを聞いて、ムスナンは顔を青くさせた。
それは、砦には敵兵は居るが飛行兵部隊は居ないと報告したからだ。
『わたしはその報告を聞いて、要塞を襲撃した飛行兵部隊はアグレブに居ると思い、先の作戦を展開したのだ。その結果は、お前も知っての通りだっ』
グイルは地面を踏んだ。
『ですが。あれは』
『言い訳は無用だっ。貴様の偵察が不十分だったから、我が騎士団は被害を出したのだ。その損害はどう責任を取るつもりだ?』
これに関しては、グイルの言っている事が正しいので反論出来ないムスナン。
『ふん。貴様の様な見る目が無い者の隊なのだから、部隊員は揃いも揃って節穴揃いなのだろうな。無能な部隊長にそっくりだっ』
グイルが嫌味を言い出したが、ムスナンは拳を握って終るのを待った。
ネチネチと嫌味を言っていて気が済んだのか、グイルは一息付くとようやく本題を話し出した。
『明日、早朝にお前の部隊は砦に攻撃を仕掛けろ。威力偵察だ』
『は、はっ?』
『偵察に失敗した貴様にチャンスをやると言っているのだ。砦を攻撃して、敵軍がどれ位居るか調べろ。そうすれば、今回の失態は不問にしてやろう』
『は、はっ。ありがとうございます』
散々嫌味を言われてから任務を言われてムスナンは腸が煮えくり返しそうであったが、自分の失態だと分かっているので、頭を下げる事しか出来なかった。
『流石に攻城兵器も無しに攻めたら、攻城戦も儘ならぬし敵も不審に思うだろう。攻城兵器を作る時に余った木材を幾つかやる。それを持って行け』
『重ね重ねご厚意に感謝します』
だが、内心ではそんな適当な木材で門を攻撃して、あの砦が落ちる訳ないだろうと思いつつ、ムスナンは頭を下げた。
話が終り、ムスナンがテントから出て行った。
そして今、砦を攻撃しているムスナン。
しかし、砦を攻撃しながら不審に思っていた。
「何故、敵は銃撃してこないのだ?」
「さぁ、それに敵の飛行兵部隊が襲撃して来ませんね」
昨日の銃撃と飛行兵部隊の攻撃で負けたと思っているムスナン。
なので、万全な備えをしていた。
盾を持っている者達の盾は魔鉄をメッキにして張り付けている。
魔鉄とは、魔石を砕き鉄と合成した鉱物だ。
魔石を材料にしている事で、威力としては弱いが『防壁』の魔法を常時発動している。
なので、銃弾でも防ぐ事が出来る。
更に、敵軍に飛行兵部隊がいると報告を受けたので、ムスナンは対飛行兵部隊対策として、弓矢を大量に準備した。
飛行兵部隊が攻め込んでこなくとも弓矢は援護などに使えるので、有って困るものでもないが。
このまま砦を攻撃して、敵を燻り出すかと考えていると。
「隊長。あれは、何でしょうか?」
副官が砦の城壁の上から見える物を見て指差した。
「あれは・・・・・・」
何だろうかと思いつつ見るムスナン。
どうやら、筒のようだ。形状から見ても恐らく銃だろう。
「ふん。くだらん。砦を攻めている者達の鎧と盾には魔鉄の鍍金を施している。銃弾程度ならば、至近距離で撃たれない限り、貫通する事など無いわっ」
ムスナンが気にせず、攻撃しろと伝える。
「っ放てえええええっ」
城壁から声が聞こえたと同時に、銃が発光しながら発砲音を出して、銃弾を発射させた。
その銃弾は盾を持っている者達の盾と鎧を容易に貫通した。




