第38話
プヨ歴V二十六年五月三十一日。
信康は新聞を見ながら、朝食を食べている。
勿論、隣にはルノワが居る。
「へぇ。昨日一件、ちゃんと記事になっているな」
信康は記事を見ながら呟いた。
『プヨ歴V二十六年五月三十日午前、プヨ王国軍近衛師団の関係者が緊急招集された。招集された理由は第四王女アリスフィール王女殿下の捜索であった事が、今日の正午に判明した。
アリスフィール王女殿下は無事保護され事無きを得たが、王室の広報官からは『アリスフィール殿下は無断で王宮を抜け出したので、捜索の為に軍関係者を招集して捜索して発見に至った』とコメントを貰った。しかし何故プヨ王宮を抜け出したかについては、残念ながら今回もコメントを貰えなかった。
アリスフィール王女殿下が度々プヨ王宮を抜け出すのは何か理由があるのではと思い、当社は調査を続けている。
その調査過程で、アリスフィール王女殿下によく似た人物が若い男性と共に高級服飾店で服を買う姿を目撃されたという情報が入っているが、恐らく他人の空似だと思われる』
記事を見て、噴き出しそうになったの堪える信康。
その高級服飾店に居たのが肝心のアリスフィール本人だと言うのに、新聞社は他人の空似だと断定するとは信じられなかった。更にアリスフィールがプヨ王宮を抜け出すのは単純に窮屈だからと言う理由だと言うのに、それを事情有りと無駄に深読みしてしまっている。
この記事を書いた記者は情報収集は上手いのに、それを活かせないとは何とも残念な記者だと思い思わず笑ってしまいそうだ。
「何か、面白い記事を書いてありましたか?」
「いや、そうじゃないんだが。ただな、この記者はイマイチだなと思った」
「あの・・・仰っている意味が分かりません」
「まぁ、そうだよな。すまん。忘れてくれ」
「は、はぁ」
信康は食事を続けた。
食事をしていたら、ヘルムートが立ち上がった。
「おはよう。お前等、食べながらで良いから聞いてくれ」
ヘルムートがそう言うと、全員が食べながら視線をヘルムートに向ける。
「今回の戦争の結果を鑑みて、上層部は傭兵部隊の増員を決定した」
「やっとかよ。それで総隊長、どれぐらい増員する予定なんです?」
「この前の戦いで三百人居たのが二百人弱にまで減ったから、この増員で傭兵部隊は漸くまともな一個大隊規模になる予定だ。早ければ二ヶ月後、遅くとも三ヶ月後には八百人前後が来る予定だ」
「八百人前後・・・そんな大量の人間を、この兵舎に収納出来ますかね?」
「うん、それなんだが・・・・・・明日から兵舎は増築工事に取り掛かる。すまんが可能なら今日中に、無理でも明日の朝には兵舎から退舎してくれ」
『はあああああっ!!?』
隊員達は驚き混じりに、ヘルムートに向かって非難轟々の声を上げる。
いきなり何の前触れも無く明日の朝までに兵舎の退去する様に言われたら、誰でも非難するだろう。
ヘルムートもそれが分かっているのか、頭を下げて謝罪する。
「すまん。本当にすまん。俺もこの話を昨日の夜に聞かされたばかりで、はっきり言って寝耳に水なんだよ。もう工事は発注されているから、反対どころか意見すら通せる状況じゃなかったんだっ」
「本当マジかよ・・・で、工事の間は俺達は何処で寝泊りしたら良いんだ? つうか、工事期間はどれくらい掛かるんです?」
「それに関しては、突貫工事でやる。工事期間は長くても、今から一ヶ月程度だ。手抜き工事されない様に、俺も監督する。お前等が寝泊まりする場所は流石に上層部も、近くの宿を取る様に手配してくれたぞ。ごったに亭という宿を手配してくれたから、其処で寝泊りしてくれ」
「じゃあ、この間の給料もちゃんと出ますかい?」
「・・・・・・・すまん。それは出ないそうだ」
「はああっ、ふざけるなよっ!? どうやって次の給料が来るまでの間、俺達は生活したら良いんだよっ!!?」
「すまん。工事が終わるまで、自力で臨時のアルバイトでも見付けて金を稼いでくれ。出来るだけ早く工事を終わらせる様に、俺の方でも上層部に伝えておくから」
「俺達が自力で生活費を稼ぐとか、この国どうなってんだよ・・・・・・・」
傭兵の一人がそう言うと、他の隊員達も同意する様に頷いた。
雇ったのだから、契約期間中は生活費の工面をするのが雇用主の義務だ。
プヨ王国が雇用主の義務を果たさない事に、多くの隊員は不信感を抱いているに違いない。
「と、取り敢えずもう工事は決まっているから、食事を終えた奴から荷物を纏めてくれ」
「総隊長、これまでの外泊とかはどうなるんだ? と言うかそのごったに亭って宿に宿泊するのって強制か? 知り合いの所や実家で過ごしても良いだろう?」
ジーンがヘルムートに訊ねた。
「ああ、それなら好きにして良いぞ。ただし、いざと言う時は連絡が取れる様に、何処に居るか知っておきたい。だから、その泊まる住所は報告しておく様に」
「りょ~かい」
「報告事項はこれで終わりだ。これから俺は早速、上層部の方に顔出しに行って意見を伝えて来るのでな」
ヘルムートはそう言って、そそくさに食堂を後にする。
隊員達は口々に文句を言いながらも、ヘルムートが悪い訳では無いから言っても仕方が無いと諦めて食べ終わった者から食堂を後にする。
信康は食べながら、部屋の中にある持っていくべき荷物を考えた。
(家具の殆どは元々兵舎にあった物を使っていたから、そのままにして良いな。持って行く荷物は虚空の指環の中に入れておけば良い。となると、問題は宿だけか)
プヨ王国軍上層部が傭兵である自分達に、どんな宿を用意したか分からない。下手をしたらここの兵舎よりも、粗末な宿屋の可能性も捨て切れなかった。
そもそも宿の名前からして、信康は嫌な予感しかしない。流石にそれは嫌だと思う信康。
「ノブヤス様、如何致しますか?」
「・・・・・・・何処かに、良い所が無いものか・・・・・・・・あっ」
少し考えていたら、一つ思い当たる所があった。
もし其処が駄目だったとしても、信康としては構わない。其処の伝手を辿って良い所を紹介して貰うのも、はっきり言って悪くは無いからだ。
「良い所があった。俺は其処にするが、ルノワはどうする?」
「私もノブヤス様とご一緒しても良いですか?」
「ああ、向こうさんの意向しだいだがな。まぁ大丈夫だろう」
「駄目でしたら、ジーンの所に行こうと思います」
「ああ、あいつの実家が牧場を経営しているからな。宿泊場所には困らないだろう」
だからジーンはヘルムートにあんな事を聞いたのかと、意味が分かった信康。
食べ終わった信康は立ち上がる。
「じゃあ、行くか」
「はい」
ルノワを連れて食堂を出る信康。
****************
ルノワを連れて、目的の場所に向かう信康。
ヒョント地区にある傭兵部隊の兵舎を出て、ケソン地区を目指して暫く歩いていると漸く目的地に到着した。
その場所はセーラとキャロルが住んでいる、カルレアのアパートメントだった。
「此処ですか?」
「ああ、そうだ」
「・・・・・・・お邪魔みたいでしたら私、ジーンの所に行きますね」
「待てぃ。お前、何か俺と考えている事が違わないか?」
「はい? 愛人の所に転がり込むのではないのですか?」
それを聞いて頭を抑える信康。
自分と考えている事が違うと思うが、そう思わせるのは自分の普段の態度の所為かと悩む。
「・・・・・・此処に来た目的だが、此処の大家さんであるカルレアって人に空いている部屋が無いか聞きに来たんだよ」
「そうでしたか、失礼致しました」
セーラに話をしてそれからカルレアに空き部屋があるか聞いてなかったら、知っている宿泊可能な施設を紹介して貰おうと思う信康、そうしていたら、アパートメントの玄関の扉が開いた。
誰か出て来ると思っていたら、見覚えがある顔が出て来た。
「あれ? あんた等、何で此処に居るんだい?」
「お前は、確か・・・・・・・・・レズリーとか言っていたな。妖精の隠れ家の一件以来か?」
「そうだよ。ところで、あんたら何で此処に居るんだ?」
此処にセーラ以外にも知り合いが居るなら、口利きをして貰おうと思った信康。
という訳で今の自分達の状況を、包み隠さずレズリーに話した。
「成程ね。それで暫く住む場所を探している訳ね」
「ああ、そうだ。部屋が空いているなら、お前にも口利きして貰えるか」
「にも? このアパートの住人に、知り合いが居るのか?」
「ああ、セーラっていう女だ」
「その人は確か・・・あたしの一つ上の階に暮らしている人だね」
セーラは確か三階だったから、レズリーは二階で暮らしていると分かった。
だが今はカルレアと話を付けるのが、最優先事項だと思う信康。
「大家さんは居るのか?」
「カルレアさんなら、この時間はパン屋で働いているよ」
「パン屋?」
「ああ。此処最近、旦那さんの親御さんがしているパン屋で働いているそうだよ。働き手が足りないからってね」
「そうか。そのパン屋に居るんだな。店名は?」
「ブーランジェリー・グランヒェルって言うパン屋だよ」
「良しっ! お前も何処かに行くのだろう? ついでに、そのパン屋に案内してくれ」
「良いよ。あたしも其処で今日の昼食ランチ用のパンを買おうと思っていたし」
「そう言えば、何処に出掛けるんだ」
「あたしは学園生だよ。ほら」
レズリーは着ている制服を見せる。その制服は、その制服はまさにプヨ王立総合学園の制服であった。現在入院中のナンナや校門でぶつかったマリーザと控えていたダリアが着用している制服と、同様の代物だった。
信康はレスリーの話を聞いて、今日は平日かと思った。
(この仕事をしていたら、日中の感覚が分からなくなるからな。職業柄、仕方がないか)
「ほら、ぼけっとしてないで早く行くよ。あたしは遅刻したくないんだ」
「ああ、すまん」
レズリーに案内して貰いながら、ブーランジェリー・グランヒェルに向かう信康達。
ブーランジェリー・グランヒェルには、かなりの行列が出来ていた。
「これは凄いな」
「此処のお店は、ケソン地区では有名なブーランジェリーだそうですよ」
「そうだよ。ああ、早く行かないと、限定のクロッワサンが! クロケットサンドがっ!!」
レズリーはそう言って店に入って行く。
「・・・・・・お前は此処で待ってろ。俺が話をしに行くから」
「分かりました」
信康はルノワを置いて、レズリーを追ってブーランジェリー・グランヒェル内に入った。




