第386話
「ったく、何事かと呼ばれて来てみたら、これかよ」
信康は馬上でブツブツと文句を言っている。
何故かと言うと、事は少し前まで遡る。
ヘルムートに呼び出された信康達は、ヘルムートの所まで来た。
『総隊長。ノブヤス部隊長達をお連れしました』
『ご苦労。下がって良いぞ』
『はっ』
隊員が敬礼して下がるのを見送ると、ヘルムートは苦い顔をしながら信康達を見る。
『ああ、お前等に来て貰ったのは他でもない。ちょっと頼まれてくれないか』
『頼みですか?』
『まさか、俺達二人の隊だけで、威力偵察に行けとか言いませんよね?』
リカルドは訝しみ、信康は自分の中で最悪な事かどうかを訊ねた。
『そんな訳あるか。で、頼みというのはだな。第四騎士団と第五騎士団の増援を途中まで迎えに行ってくれないか』
『『はぁ⁉』』
信康達が着いたばかりの要塞に、増援として向かっている第四、第五騎士団の者達に迎え行けというのだ。普通に考えても有り得ない事だ。
『騎士団長からさっき命令されたんだ。お前等が嫌なら他の奴らにさせるが、出来ればお前等が行って欲しい』
『どうして、僕達ですか?』
『う~ん。・・・・・・これは、あれですか。俺達が聖騎士に叙勲されたから、迎えに行っても箔があるかというオチですか?』
『えっ⁉そうなのですか?』
『・・・・・・その通りだ。他の奴らに行かせたら、何か無礼にされたと思われるかもしれない。だから、頼む。この通りだ』
ヘルムートが頭を下げて頼み込むので、信康達は何も言えず引き受ける事にした。
そして、流石に部隊を全て連れて行くと目立つ上に仰々しいので、騎馬隊だけ連れて迎えに行く事にした。事前に信康は第四騎士団へ、リカルドは第五騎士団を迎えに行くという事に決めた。
そして、今に至る。
頼まれたとは言え、文句が無いとは言ってないので、信康は文句を漏らしていた。
「ったく、俺みたいな流れ者を行かせるぐらいなら、騎士団の誰かを向かわせろよ。そうしたら、こんな面倒な事をしないものを」
「信康様。頼みを受けたのですから、今更文句を言うのはどうかと思いますが」
何時の間にか騎馬隊の副隊長になった縫が、文句を言う信康を宥める。
「そうですよ。ノブヤス様。それに、どちらにしても援軍が来ない限り、戦は始まらないのです。その間は傭兵隊は暇なのですから、こうして外に出て暇潰しが出来て良いと思いますよ」
縫に続いて、ルノワも信康を宥める。
二人にこうも揃って言われては信康も大人げないと自覚したのか、それ以上文句を言う事はなかった。
そうして馬を駆けさせる事、数時間。
予定された援軍を迎える場所まで後少しという所まで来た。
「そう言えば、上はちゃんと此処で迎えを来ると伝えているのだろうな?」
「流石に大丈夫でしょう。迎えも無しでは、向こうの騎士団の方々も無礼と思うでしょうし」
「第四、第五騎士団の援軍は、我らが首都を出立する前から、各駐留地から出発させていると隊長から聞いているからな。入れ違いという事はないと祈りたいな」
信康達が呟いていると、先に進ませていたトモエ達が戻って来た。
「馬上より失礼。ノブヤス隊長。ご報告します」
「おう、何だ?」
「合流地点にはまだ第四騎士団は来ておりませんが、遠くから砂煙が上がっているのが見えましたので、確認させた所、第四騎士団と確認しました」
「そうか。で、俺達と第四騎士団のどっちが先に着く?」
「恐らく、我らかと」
「そうか。ご苦労」
信康が労うと、トモエは一礼して、部隊に混じった。
「少し足を速めろ。迎えが遅れては笑いのタネにしかならないからな」
信康がそう言うと、隊員達はドッと笑う。
一頻り笑うと、皆、馬の足の速度を上げた。
信康達が合流地点に到達して、プヨ軍の旗を立てて待っていると。
目線の先に集団が向かって来るのが見えた。
見た所、歩兵が主体の用だ。
「まぁ、攻城戦だからな。天馬騎士じゃあ良い的にしかならないな」
信康が呟きながら、どんな編成で来たのだろうと思い目を凝らす。
「歩兵は五百。弓兵三百。騎兵・・・・・・というか、あれは人ケン馬タウロスだな。六百か。で、空を飛んでいる天馬騎士が百と」
援軍の編成を見て取り終えると、第四騎士団から三騎ほど出て来た。
先頭の者は全身を隙間なく鎧を纏い、牛の角を模した兜を被っていた。
後ろの二人は、一人は人間でもう一人は人馬であった。
不思議な事にその人間の傍には、何かしらの動物が並走しているのが見えた。
それが何の動物かは遠目では分からない。
その三人は、信康から大体十歩ぐらいの距離まで来ると、馬の足を止めた。
そして、先頭に居る者が兜のスリット越しに信康を見る。
「何者だ?」
そう訊ねられ、信康は誰か分からないので、とりあえず馬上で胸を叩きながら一礼する。
「お初にお目に掛かります。自分は傭兵部隊第九部隊隊長、信康・フォン・レヴァシュティンと申します」
信康が名乗ると、相手方は少し驚いた反応を見せた。
「お前が姉上達が話していた東洋人か」
「姉上?」
誰だろうと思っていると、教えてくれた。
「第四騎士団副団長フェリア・フォン・パルシリアグィンだ。この名前に聞き覚えはあるか?」
「・・・・・・ああ、確か、団長の妹がそんな名前だったな。これは失礼を」
自分と話しているのが第四騎士団の副団長と分かり、信康は居住まいを正した。
フェリアは手を横に振る。
「此処は戦場だ。そう畏まらくて良い」
「はぁ、そう言うのであれば」
信康は普段通りにした。
「それで、後ろの方々は?」
「ああ、右に居るのが『天馬十二騎』で『鷹の目』のヴァパラ・ユーウェイン。左は『槍馬』のルカ・フォン・ラズラネウスだ」
「お初に目に掛かる」
「よろしくお願いいたします」
ヴァパラとルカは頭を下げる。
信康は二人をジッと見る。
ヴァパラの方は異名通り鷹の様な鋭い目付きをしていた。
鳶色の瞳。ミディアムヘア―にしたオリーブ色の髪。凛々しい顔立ち。
女性からしたら平均的な身長で、身体のスレンダーで無駄な肉などない身体であった。
その分、育って欲しい所が寂しいと言えた。
ルカの方は人馬族だからか、女性からしたらかなりの長身であった。
下半身が馬なので、身体も大きかった。
その上、女性の象徴といえる物も大きい。
その大きさは、信康が犯した相手で女海賊船長のジャンヌと良い勝負と言えた。
端正な顔立ちで、切れ長の目に瑠璃色の瞳。そして、金髪をカチューシャ編みにしていた。
二人共、傭兵である信康に頭を下げる必要はないのだが、それよりも信康は気になる事があり、ヴァパラの隣にいる動物に目を向ける。
金色の鬣をした猫であった。
「それは獅子か?」
「そうだ。見るのは初めてかしら?」
ヴァパラがそう答えるのを聞いて、信康は顎を撫でる。
「見た事はあるが、野生でしか見た事はない」
此処まで人に懐いた獅子は初めて見る。
「撫でたら噛まれるのか?」
「ふふ、さぁ、どうでしょう」
ヴァパラは微笑む。
その笑みを見ていると、噛まれそうな気がしたので、信康は獅子を撫でてみようと思ったのを止めた。
そして咳払いする。
「では、皆さまを要塞まで案内させて頂きます」
「よろしく頼む」
畏まった信康にフェリアは返事をして、馬首を翻して自分の部隊の下に戻って行った。




