第381話
「縫も言っていたが・・・俺の生存を知って、助力する為にわざわざプヨまで来てくれたのか?」
「そう言う事だね。信康が生きてるって知ってたのに、今まであたし達は手助け出来なくてずっと悶々としてたよ。あむ、う~ん。このビーフシチュー、トロトロで美味しいなぁ~」
信康の質問に対して鈴蘭はシキブが用意したビーフシチューを食べて舌鼓を打ちながら、正解という意味を込めて頷いた。
「ふ~む。そう言ってくれるのはありがたいが・・・大和から抜け出させて貰っただけでも、あの二人には返し切れない恩があるんだがな」
信康は用意されたビーフシチューに手を付けず、鈴蘭の話を聞いていた。
縫の父親である弓岩親義と鈴蘭達の父親の千賀地正成は、共に信康の傅役だった。
そして父親の吉康によって自害を自害に追い込まれた時も、信康を大和皇国から出国させてくれた大恩人である。
この二人が居なければ、信康はこの世に居なかったと言っても過言では決して無いのだ。
「義父上も親義様も、常にぼやいていたよ。『自分達がもっとしっかりしていれば、若は今日も大和に居られただろうに』ってね」
鈴蘭の話を聞いて、信康は更に申し訳無さそうな顔をした。
「信康は気にしなくて良いんだよ。あたし達もあんたに会いたくて、好きで海越えてやって来たんだからさ」
「・・・取り敢えず、感謝は忘れない様にするよ、来てくれてありがとうな」
信康はそう言うと、鈴蘭に頭を下げた。そんな信康の感謝の言葉を耳にして、鈴蘭は嬉しそうに微笑を浮かべた。
「それはそうと、お前等・・・俺の屋敷を特定するの、幾等何でも早過ぎないか? 昨日の今日どころか、今朝貰ったばっかりだぞ」
「ふふ~ん。あたし達に掛かればこんな事、お茶の子さいさいだよ」
「・・・・・・それもそうか」
信康はその手腕に流石だと感嘆しつつ、漸く夕食のビーフシチューに手を付け始めた。
少し温くなったがそれでも絶品のビーフシチューを食べて、喉に飲み込みながら信康は訊ねた。
「他の姉妹達はどうしたんだ?」
千賀地姉妹の中では鈴蘭が一番親しみ易いが、信康の中では四女の柘榴が一番お気に入りだった。
千賀地柘榴は信康の母親の腰元をしていた美女で、年齢も信康よりも二つ歳上であった。
千賀地姉妹の中で一番面倒を見てくれた人物であり、信康も姉として妾として寵愛していた。
信康が悪戯をして叱られた時も一緒に謝ったり、反省として食事抜きで蔵に監禁された時はこっそりと御握りを用意してくれたりした。
尤も柘榴が一番お気に入りとは言ったが、鈴蘭を含む他の千賀地姉妹もそう大差無く寵愛を注いでいた。
因みに同性代と言う事で五女の桔梗と六女の竜胆とは共に、野山を駆け回った仲である。
信康は大和皇国に居た時点で多くの妾が居たが、千賀地姉妹は上位に位置する仲睦まじい関係で会った。
それにより家中では実質的に妾として扱われ、信康もその心算で大事にしていたのである。
「ああ、そうだった。実はプヨの軍部の方を探っている、お竜姉さんからの報告を教えに来たんだ」
「報告?」
「うん。アグレブとか言う都市を奪還する為に、何時出兵するかって話。何でも収穫祭って奴が終わってから、出陣する予定らしいよ」
「んくぅっっっ!?」
鈴蘭の口から出た情報に信康は思わず、口に含んでいたビーフシチューを噴き出しそうになった。
辛うじて噴き出すのは防げたが、御蔭で気管に入ってしまい酷く咽てしまった。
「ちょっ!? いきなりどうしたの?!」
激しく咳き込む信康を心配して、鈴蘭は直ぐに駆け付けて背中を摩った。
鈴蘭が背中を摩ってくれたお陰で、咳き込んでいた信康は少しして落ち着く事が出来た。
「な、何でお前等はプヨの軍事機密を、手に入れて来ているんだ?」
「ええ~気になると思って手に入れたのに。お竜姉さん悲しむよ」
「いや、手に入れてくれたのはありがたいが・・・・・・正直よく手に入ったな?」
信康は前に重要施設の警備に就いた事があったが、その施設はかなり厳重な警備でしかもばれない様に偽装も施されていた。
そんな厳重な施設に忍び込むなど、そう簡単に出来ない筈だった。
「え? あたし達があの程度での警備、出し抜けないとか本気で思ってるの?」
「・・・・・・いや、そうは思わない。愚問だったな、すまん」
信康は千賀地姉妹の実力を思い出して、正直に謝罪した。
「分かればよろしい。あたし達の手に掛かれば、どんな施設にだって侵入し放題盗み放題だよ。あ、それと暗殺し放題でもあるね」
テヘと笑いながら物騒な事を発現する鈴蘭だったが、それを見て信康はそうだなと同意するしか出来なかった。
「まぁ良い・・・その手に入れた情報に、軍の編成とか他には何か無いのか?」
「ああ、うん。此処に書いてあるよ」
鈴蘭は谷間に手を入れて、紙を出した。その際に鈴蘭の胸が揺れたが、信康は気にせずその紙を取り中身を見る。
「ふむふむ。現時点で第三騎士団三万が主力で、其処の騎士団長が総大将か。他に参戦するのは鋼鉄槍兵団一万に、第四騎士団から五千。第五騎士団からは二千。神官戦士団からは、漆黒戦士団と神風戦死団から四千ずつ。最後に近衛師団から傭兵部隊五千。総勢六万か」
信康は対アグレブ奪還の為に編成される予定の、プヨ王国軍の軍容を見て眉間に皺を寄せる。
「傭兵部隊は三千の筈だが・・・其処まで増強するって事かもな。しかし編成で言えば、悪くは無い。主力が雑魚の第三騎士団である事に目を瞑ればな。兵力の数を考えれば、その本気の度合も分かるが・・・都市奪還が目的なら攻城戦は必至なのに、どうして砲兵師団の名前が無いんだ?」
信康が言う様に攻城戦になるのは、アグレブ奪還の為にも避けられぬ道である。
それなのに攻城戦に特化した軍団や部隊が無い、と言うのは明らかにおかしな話だ。
これでは雪山に越冬準備もしないで、登山をしようとしているに等しい愚行だ。
「何かね。都市を破壊するのは止めて欲しいって、要望があったみたいなんだ」
「何処の馬鹿だよ。そんな事を言った能無しは」
そんな事を言うとしたら余程、戦争を知らない無知な人物だろうなと思う信康。そう思う信康を他所に、鈴蘭が答えた。
「えっと、確か・・・クルシャシス辺境伯家とか言う、大貴族の寄子貴族達かな?」
「クルシャシス辺境伯家の寄子貴族? ああ、成程。寄親の事を考えたら、そう言い出しても不思議では無いか」
信康は不承不承ながらも、砲兵師団が参戦していない事に納得した。
確かに砲兵師団が参加した場合、アグレブ市内にも砲弾が飛び込んで来る事になる。
それでクルシャシス辺境伯家の関係者が幽閉している場所に、砲弾でも飛んだらとんでもない被害に遭うのは間違い無かった。
「戦争まで時間が無い。砲兵師団の参戦は、諦めた方が良いだろうな」
信康はそれだけ言うと、面倒臭そうに頭を掻いた。




