第375話
「随分と時間が掛かりましたね? 今更ですけど、どうして今なんですか?」
「まぁそう言うな。ちゃんと貰えるんだから」
「はぁ。まぁそれもそうですね」
納得いかない顔をする信康にヘルムートは一枚の紙を渡す。
「先ずはこの紙に書かれている所に行け。其処で働く役人が、お前が渡される予定の家を案内してくれる筈だ」
「今日の訓練は?」
「休みで良い。人手が欲しかったらお前の中隊の奴等を使っても良いぞ」
「特に運ぶ物はないので良いですよ。収穫祭で散々休ませましたから、訓練して調子を取り戻させないと」
「そうか。それと家で何か必要な物があったら、領収書を取って俺に渡せ。傭兵部隊の維持費とかの中に入れておくから」
「その時は、御言葉に甘えますよ。総隊長」
信康は敬礼してから、部屋から出て行った。
そのまま、受領した屋敷を見に行こうとしたが、丁度リカルドと出会った。
リカルドが貰った屋敷を見に行くというので、信康もどんな所なのか見に行く事にした。
「・・・リカルド、この建物か?」
「うん・・・この建物で間違いないと思うよ」
信康とリカルドが足を止めると、視線の先にはある建造物があった。其処はどうやら土地の管理などを扱う、役所みたいな施設の一つであった。
「此処で手続きをすれば、俺達は持ち家が貰える訳か?」
「うん。ヘルムート総隊長が、言った通りならだけどね」
信康の質問に対して、リカルドはそう曖昧に答えた。
信康がヒョント地区にある役所に着くと、急ぎ手続きに来たていた。
信康とリカルドは下馬すると、一緒に役所の中に入り目に付いた職員に声を掛けた。
「ちょっと良いか? 此処に来たら俺達に用意された、屋敷の受け取り手続きが出来ると聞いたのだが?」
「はい? 失礼ですが、御名前を伺っても?」
「俺は信康・フォン・レヴァシュティン。こいつはリカルド・フォン・シーザリオンだ」
信康がそう言って名前を名乗りリカルドも紹介すると、職員は直ぐに顔色を変えた。
「し、失礼致しましたっ。ただいま、係の者が参りますので少々御待ちをっ!」
そう言うと直ぐに別の職員が二人出て来て、頭をペコペコ下げながら信康とリカルドに案内を始めた
数十分後。
信康とリカルドはそれぞれ別の職員に案内されて、ファンナ地区で別れて移動していた。
其処から更に移動すると、信康に用意された屋敷に到着した。
「此処が、俺が貰う屋敷だと?」
「はい。そうです。書類では確かに、そうなっております」
信康の質問に対して、職員は持っている書類を見ながらそう答える。
信康が何故そんな事を言うと、それには明確な理由があった。何故なら目前の屋敷は、信康の予想を上回る屋敷であったからだ。
それは悪い意味では無く、良い意味で予想外であった。一階建てだが、中庭を含めてもかなり敷地が広かった。
どれぐらい広いのかと言うと、信康の部隊が訓練に使う第二訓練場に匹敵する広大さであった。
「これから屋敷について説明したいのですが、よろしいでしょうか?」
「・・・聞こうか。何か理由有りだったりするのか?」
信康が職員に尋ねると、職員は少し困った様子を見せながらも説明を始めた。
「はい、こちらの屋敷なのですが・・・実はレヴァシュテイン卿と因縁のあるザボニー・フォル・ヒルハイムが所有していた屋敷でして。今回の件でヒルハイム侯爵家が所有権を放棄してプヨへ寄贈し、それでレヴァシュテイン卿に下賜される事になったのです」
「成程、そう言う事か」
職員の説明を聞いて、信康は大いに納得した。
「国家反逆罪で処罰された奴の屋敷なんざ、縁起が悪くて買い手なんてそう付く訳も無い。それで厄介払いも兼ねて、俺に払い下げようって魂胆なんだな?」
「私如きでは、何とも言えません」
信康の指摘に対して、職員は答えずに頭を下げるだけだった。
そんな職員の態度を見て、信康は小さく溜息を吐いた。
「まぁ良い。前の所有者なんざ、正直に言ってどうでも良い事だ。貰えるもんは、ありがたく貰っておくさ」
「そう仰って下さると、私共としては助かります」
職員はそう言って、信康に再び頭を下げて感謝した。
「早速だが、屋敷の室内を見てみたい。入れて貰えるか?」
「はい。少々お待ちを」
職員はそう言うと、懐から鍵を取り出して門を解錠し開門した。
信康はその職員を連れて、屋敷の敷地内へと入って行った。




