第370話
誰が黒幕なのか分かったので、後はこの件をどうするかだ。
信康はどうしようかと、思案をしていた。
「うん? 何故我が愛馬の馬房の前に、人が集まっているのだ?」
その話し方からどうやら、このブルースサンダーの騎手と思われた。
事情を説明しようと、信康は振り返った。
「「あっ」」
そんな声が二つ聞こえた。
振り向いた先には、カルノーとアメリアが居た。
アメリアも信康が居るので、二人は思わず間抜けな声をあげた。
「むっ、お前は確か、東洋人の傭兵ではないか。此処で何をしているんだ?」
「そう言うお宅は、あれか。アメリアに馬上槍試合で自分が乗る馬でも見せに来たのか?」
「ふっ、その通りだ。アメリアが私の馬を間近でみたいと言うから、それで見せようと思ったのだ」
カルノーは前髪を掻き分けながら話し出した。
本人は格好つけながら言っているつもりだろうが、馬がどんな状態か知らないで言っているので滑稽に見えた。
「ああ~その、なんだ・・・・・・」
信康はカルノーを見て言葉を濁しながら、どう言うべきか迷った。
正直に言えば、アメリアの前で赤ッ恥になる。
それが分かっているので、どう言うべきか悩んでいた。
「久し振りね、坊ちゃん。それとも若君と言うべきかしら? 格好付けている所悪いけど貴方の馬、泡を吹いて倒れているわよ」
ステラが信康の代わりに言う。
「な、何ですとっ!?」
カルノーは酷く驚いた顔をして、ブルースサンダーが居る馬房を覗き込んだ。
其処には泡を吹きながら倒れているブルースサンダーに、獣医と思われる職員が寄り添ってああだこうだ言いながら馬の状態を確認している。
「・・・・・こ、これは一体、何が起こったと言うのだっ!?」
カルノーは声を荒げる。
昨日まで元気だったので、どう考えても病気ではない。それが分かっているので、カルノーは声を荒げながらもステラ達に尋ねた。
「カルノー坊ちゃん。犯人はあいつ等よ」
ステラが指差し先に目を向けるカルノー。
「か、カルノーの旦那?!」
「もしかして、その馬、旦那の?」
「やっべ!?」
男性達が露骨過ぎる程に狼狽し始めたので、カルノーは激昂した。
「き、貴様等っ!? 役立つからと思って普段から色々と施していると言うのに、その恩を仇で返すと言うのかっ?!」
「だ、旦那。これには、深い訳が」
「問答無用! この場で切り捨ててくれるわっ!?」
激昂するカルノーは、腰に差している剣の柄に手を掛けた。
「「「ひいいいいいい!?」」」
それを見て、男性達は怯え始めた。
「止めて! カルノー」
剣の柄に手を掛けたカルノーを見て、必死な表情でアメリアは前に出る。
「退くんだ。アメリア」
「駄目っ。確かに悪い事はしたけど、殺す事はないわ。ちゃんとした裁きを受けさせるべきよ」
「しかし・・・・・・」
カルノーは、自分の婚約者がそう言うので迷っている。
「はいはい。ちょっと良いかい?」
苦悩しているカルノーを見て、信康は話し掛ける。
「何だ。東洋人。貴様と話す事はないぞ」
「まぁ、そう言わずに。良い話があるから」
信康はカルノーの耳元に顔を近づけて囁く。
「こいつ等は金で雇われた上に、あんたの馬だって知らないで毒を盛ったんだ。だから罪は罪でも、許しても良い罪じゃないか?」
「だがこの愚か者共の所為で私は、馬上槍試合には出れないのだぞ!」
「そうだな。そもそもだ。何であんたが馬上槍試合に出れない様になったか分かっているのか?」
信康にそう言われて、カルノーは眉を顰める。
確かに、実行したのはこの三人だ。しかしこの三人は日頃から、カルノーと親しい間柄だ。
そんな者達が自分が乗る馬だと承知で、毒を盛ると言うのは辻褄が合わない話だ。
「・・・・・・お前は知っているのか?」
「ああ。先程捕まえた時に、こいつ等の口から黒幕の名前を聞いたんだ」
「そやつは誰だ?!」
「ディエゴ・フォン・シーザリオンだよ」
「ふむ。確か、第二部隊の中隊長にそのような名前の者がいたような」
信康の話を聞いてそのディエゴが、カルノーは第二部隊の中隊長の一人だと気付いた。
カルノーの様子を見た信康は、目をキラリと光らせた。
「そう。つまりはあんたを馬上槍試合で活躍させない為に、その第二部隊の部将が仕組んだんだよ」
「本当かっ!?」
「確証はない。だが状況証拠を並べたら、そう言っても良いだろう」
信康は自信満々な様子でそう言うが、カルノーは怪訝そうな表情を浮かべた。
「考えてもみろよ。あんたの実家はプヨ五大貴族の一角で、西部貴族の纏め役であり最も聖騎士を多く輩出した名門中の大名門なんだぞ」
「う、うむ。その通りだな!!」
ユキビータス伯爵家を褒められて、カルノーは満更でもない顔をする。
「その上、馬上槍試合の大会に出るんだ。腕に覚えはあるんだろう?」
「その通りだ。去年の馬上槍試合でも、私は四位に入ったのだからなっ!」
自分の功績を胸を張って自慢するカルノーを見て、信康は意外に高いなと思いつつ益々笑みを深めた。
「つまりあんたの活躍を妬んだその第二部隊の部将が、自分の部下に命じてあんたを大会に出さない様に計画したんだよ。もし犯人が捕まっても、命じた部下の所為に出来るからな」
「むううっ」
カルノーは信康の言葉に、信憑性が出てきて唸る。
「誤算だったのは実行犯に選んだのは、あんたの知り合いだったと言う事だな」
「うむ。確かにっ!」
信康は捕まった三人達を見る。
「お前等。カルノーの馬に毒を盛る様に指示したのは、ディエゴで良いんだよな?」
信康がそう尋ねるのを聞いて、三人は首を傾げた。
受けた依頼は信康とリカルドが乗る馬に薬を盛れ言われたのに、間違えてカルノーが乗る馬に薬を盛っただけだ。
それなのに何時の間にか話が、最初からカルノーの馬に薬を盛るという話になっていた。
三人は意味が分からず、首を傾げる。
「だよな?」
信康はそう尋ねると、目が据わっていた。
その目は返事をしないとどうなるか分かっているだろうな? と言っているも同然だった。
三人は慌てて、首を縦に動かした。
「と言う訳だ。この三人を証人にして、ディエゴとその上官に仕返しした方が良いと思うぞ。カルノーはどう思うんだ?」
「うむ。東洋人の言う通りだな。あ奴とは馬が合わず、何時か痛い目に合わせてやろうと思っていたからな。良い機会だ。この私が貴族としての格の違いを教えてくれるわっ!」
「流石は、次期ユキビータス伯爵家次期当主様だ。後光が差しているぜっ」
「はっはは、それは当然だろう! 私こそがは大名門ユキビータス伯爵家の次期当主なのだからなっ! ふっははははははっ!!」
信康のお世辞を聞いて、気を良くしたカルノーは高らかに笑い出した。
「おっと、こうしてはいられないな。この者共を連れて、ディエゴとその上官のあ奴を糾弾せねばならないな。其処のお前」
カルノーは周りを見て、体格の良い職員を指差した。
「は、はいっ。何でしょうか?」
「この者共を連れて、私の後に付いて来い。証人を連れて行かねば、話にもならないからな」
カルノーに言われた職員は、承諾して頷いた。
「他の者はブルースサンダーの世話を頼むぞ。何せ貸し馬屋で何度も優勝経験がある馬を交配させて、最高級の調教師と最高級の食事を与えて育てた、正に馬上槍試合に出る為に作られた馬なのだからなっ! どんな手段を講じてでも、決して死なせない様に」
カルノーが念押ししてそう言うと、職員達は一斉に頷いて承諾した。
「すまない、アメリア。君に馬を見せに来たというのに、こんな事になって」
カルノーはアメリアに謝り出した。
「気にしないで。それよりも、早く行かないと」
「おっと、そうだった。この埋め合わせは必ずするから、今日の所はお友達と一緒に祭りを楽しんでくれるかな?」
カルノーが一転して優しい声でそう言うと、アメリアは承諾した。
「済まない、アメリア。では、そこの者。その者共を連れて、付いて来い」
「はいっ」
指名された職員は三人を立ち上がらせる。それを見たカルノーは歩き出したので、職員もその後に付いて行った。
その背中を見送った信康。
カルノーが見えなくなると、笑みを浮かべた。
「ふふふ、こんな面倒な事をしでかしたんだ。何時か仕返ししてやろうと思ったが、まさかこんなに早く仕返し出来る好機が来るとはな」
信康は悪どい笑みを浮かべる。
「良いの? そのディエゴは元々貴方と、リカルドの馬を狙っていたのよ? 何処かで話がこんがらがるわよ」
「俺は確実にとは言ってないからな。話がこんがらがっても、俺に被害が来る事はない。それにどのみち馬に毒を盛る様に指示したのはディエゴだ。奴が処罰されるのは免れん。自業自得だ」
「確かに、そうだけど・・・・・・」
ステラは何とも言えない顔をしていた。
「あの・・・話が全然、分からないのですけど?」
アメリアは信康の話を聞いていて、気になったのか尋ねて来た。
信康はにっこりと笑った。
「まぁその内、分かるから大丈夫だ」
「は、はぁ。そうですか」
その笑顔を見てなんとなくだが聞いても教えてくれなさそうな感じがしたので、アメリアはそれ以上聞く事は止めた。
「さて、俺は豊穣天覧会の準備をするか」
「ちょっと早いかもしれないけど、まぁ好きにしなさい」
「ああ、アメリアはどうする?」
「私は・・・・・・暇になったので観戦しても良いですか?」
「好きにしろ。ただしカルノー婚約者に焼餅を焼かせるなよ」
「はい」
アメリアは一礼して、その場を離れて行った。
信康はアメリアを見送ると、ブルーサンダーを馬房から出した。
「さて、出番だ。行くぜ」
「ブルルルルル」
任せろと言わんばかりに、嘶くブルーサンダー。
その嘶きを聞いて、信康は頼もしいとばかりに首筋を撫でた。




