第366話
オストルと共に競技場を出た信康は、道々にある露店を巡りながら歩いていた。
「収穫を祝いその恵みに感謝する収穫祭なだけあって、細工物よりかは食い物を売っている店が多いな」
信康は道中で買った豚肉の串焼きを頬張りながら歩いていた。
「ほうらね。このまひりは、しゅうひくをいわうまひりひゃから、たびものをらすみへがおおいね」
オストルは露店で買った串焼きやポテトを揚げた物を口に入れながら話す。
食べながら話しているからか、唾と食べ滓などが飛んでいた。
「喋るか食うか、どっちかにしろ」
信康は行儀が悪いオストルを見て、軽く頭を叩いた。
「ふぁ~い。んぐんぐ・・・・・・ところでさ、どうして観客席に居たの? 君の事だから開会式が終ったら、自分が参加する競技まで寝ていると思ったのに」
「知り合いが出ていてな。それで観戦していたんだ」
信康が答えると、オストルは興味深そうにその知人とは誰か尋ねて来た。
しかし信康は話すのが面倒だったのか、はぐらかす事にした。
「説明したって仕方ないだろう? 会ったら紹介してやるよ」
「ぶ~良いじゃん。減る物じゃあないんだからぁ」
オストルが頬を膨らませて怒った。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
しかし次の瞬間、何処からか悲鳴が聞こえて来た。
「悲鳴っ!?」
「何処からだ?!」
信康達は辺りを見回し、悲鳴が聞こえて来た方を探す。
「変態だっ!?」
「誰か、警備兵を呼んで来いっ?!」
「おかあさん。あの人、何で裸なの?」
「見ちゃいけませんっ」
突然、人が波の様に押し寄せて来た。
どうやらその方向に、問題が起こっているみたいだ。
「何だかよく分からんが、取り敢えず行ってみるか?」
「そうだね。何が起こっているのか気になるし」
信康達は逃げる人達とは逆の方向に進み、何が起こっているのか知る為に駈け出した。
人と人との間を縫うように進みながら、信康達は騒ぎが起こったと思われる場所に向かう。
そして目的の場所に到着した。
「な、これはっ!?」
「あっちゃ~~」
信康は驚愕してたがオストルは困ったものを見るかの様な目で、頭を抱えてその場を見ていた。
二人の反応に温度差はあるものの、二人の目に映った現場は予想の斜め上を行く現場であった。
「ふん!」
「・・・・・・」
何故か男性が腰に剣を下げ、下着一丁で奇妙なポーズを取って尻餅をついている女性に見せていた。
「ふん! ふん!」
男性は声を上げながら、力こぶを作ったり背中の筋肉を見せつけたりしていた。
信康は長く傭兵稼業しているので、奇人変人をそれなりに見慣れている。
例えば女性用の下着を着用し、化粧をしている筋骨隆々の巨漢。
公の場であっても仮面を着用して、一言も話さない者。
ダンディーな見た目で、本当は幼女性愛者の変態。
そう言った多種多様な人物達と出会って来た。
(こんな真昼間から下着一丁で、変なポーズを取る奴は初めてだっ!?)
変態にも色々といるのだなと思う信康。
「ふん! どうかな。お嬢さん?」
男は身体を横向きにして、胸を強調するポーズを取りながら傍に話し掛ける話し掛ける。
いきなりそう尋ねられても女性は、意味が分からないのか困惑していた。
「ふっ。どうやら、私のこの洗練された筋肉を見て、言葉を失ってしまったみたいだなっ」
男性はそう言いながら、微笑む。
その微笑みはどんな女性もたちまち虜になりそうな位に、綺麗な笑みであった。
尤も、それは首から上だけ見たらと言う限定的な場面に限る。
「で、如何かな? この後お茶でも。美味しいお茶を出す店を知っているのだが」
男性はそう両腕を曲げて力持ちを示すポーズをしながら、女性に近付く。
徐々に近付く男性を見て、女性の反応に注目した。
「・・・・・・きゅー」
女性は気を失った。
仰向けに倒れそうになった女性を見て、男性は近づいてそっと支えた。
「はっはは、どうやら、私のこの美しい肉体を見て、あまりの素晴らしさに気を失ってしまったみたいだ。ふっ、美し過ぎるのも罪だな」
男性は女性を横抱きにして、近くに会ったベンチに寝かせた。
その様子を見ていた信康は漸く口を開いた。
「あの馬鹿は何処のどいつだ・・・・・?」
「うん? ああ、うちの騎士団の副団長のロランだよ」
「副団長っ!?」
オストルの口から出た言葉を聞いて、信康は驚きの声をあげた。
その声を聞いて、男性は信康達の方を見た。
「おっ、其処にいるのはオストルじゃないか」
「やっほ~ロラン」
オストルとロランは近付いて、互いの手を叩いた。
「こんな所で会うとは奇遇だな。お前は馬上槍試合の試合まで、寝ているとか言わなかったか?」
「いやぁ、あまりに暇すぎて、気晴らしに外に出て来たんだ。ロランこそ、何をしていたの?」
オストルが事情を尋ねるとロラン曰く、ナンパに失敗したので自分の魅力を証明する為に自慢の筋肉を見せたのだと説明した。
ロランは話ながら、両腕を頭の後ろで組んで腹筋を見せるポーズを取る。
「はっはは、相変わらずだね」
そんな奇妙なポーズを取るロランを見て屈託な笑みを浮かべるオストル。
信康をそっちのけにして話し出す二人。
「ところで、オストル」
「何だい?」
ロランはオストルの後ろにいる信康を見る。
「そちらの御仁は?」
「ああ、最近友達になったノブヤスだよ。ほら、前に皆に話した事があるだろう?」
「ああ、話に出た者か」
ロランは変なポーズを取るのを止めて、信康に近付く。
信康は後退りしたい気持ちを堪えて、その場に立つ。
ロランは後、五歩ぐらいの所まで来ると右手を差し出した。
「お初にお目に掛かる。私は第五騎士団の副団長をしているローランド・フォン・ブルスヴォ―ニュという者だ。貴殿の話は、オストルから聞いている。今後ともよろしく頼む」
笑顔でそう言って右手を差し出したきたので、信康も右手を出した。
「あーうん。こちらこそ、よろしく」
信康は握手をした。
(奇抜な行動を取るが、悪い奴ではないのか?)
握手をしながら信康はそう思った。
そして、二人が手を離すと、オストルは話しかけた。
「こいつ、これでも五勇士の一人で『不朽』の異名を持っているんだよ」
「ほう、それはまた凄いな」
「はっはは、それほどではないな。私はこの筋肉を振るうしか能がない者だよ」
本当にそう思っているのか、邪気が全くない笑みを浮かべるローランド。
その笑みを見て、信康は少なくも悪人ではないみたいだなと思った。
そう話していると、ガチャガチャと鉄靴が地面を蹴る音が聞こえて来た。
「こっちに変態が居ると通報があって来たがっ、本当に変態が居るぞっ!?」
警備兵がローランドを見て叫んだ。
その叫び声を聞いて、ローランドは驚いた。
「むっ、変態だとっ!? この白昼堂々とそのような破廉恥な行為をするとは、何処に居るっ。私が切り捨ててくれるっ」
ローランドは腰に差している剣を抜きながら辺りを見る。
「「いや、お前だから」」
信康とオストルは手を横に振りながら言う。
「何と!? このローランドがっ?!」
心底驚いた様な顔をするローランド。
その後、ローランドは素直に警備兵達のに捕まっていった。
信康達も事情聴取の為に、警備兵達の後に付いて行った。




