第364話
競技場内に入って来たナンナに信康は手を振る。
その姿が目に入ったのか、ナンナも元気よく手を振り返しながら信康の下にやって来た。
「わぁ、久し振りだね。ノブヤス」
「そうだな」
ナンナが手を伸ばしたので、信康も手を伸ばした。
すると、ナンナが信康の手を軽く叩いた。
これは前にナンナから友達同士がする挨拶だと教わった。それ以来ナンナと会った時は、こう言う挨拶をする様にしていた。
「偶にランニングして帰り道に兵舎の君の部屋に寄っても君とは会えなかったけど、元気そうだね」
「まぁ何かと忙しい日々だったからな」
それに別に部屋に入って来られても、盗られて問題になる物は置いていない。だから信康は部屋を施錠などしていなかった。
「でさ、この前部屋に行った時に思ったんだけどさ、あの人って誰?」
「あの人?」
誰の事だと思っていると、ナンナが特徴を言ってくれた。
「うん。丁度、僕が部屋に入ったら、掃除をしていた黒髪のお姉さん」
十中八九クラウディアの事を、信康は言っているんだろうなと思っていた。
(『あんたの部屋を掃除したんだから、労いなさい』って言うから、掃除が終わった後は毎回相手をしているんだよな)
信康が言う様にクラウディアは毎回、神殿に帰る頃には足をプルプルと震わせていた。
「その人さ。僕を見るなり『ノブヤスとどんな関係なの?』って聞いてきたけど、その人とはどんな関係なの?ノブヤス」
「ああ、そうだな・・・・・・」
まだ男女の仲というのを理解していない鈍感なナンナに、信康はどう言えば納得するか考える。
そう考えて込んでいると。何処かから笑い声が聞こえて来た。
「オッホホホホホホホ!こんな所に居たのね。山猿」
ナンナはその声から誰なのか察していたのか、目を吊り上げながらそちらに顔を向けた。
「誰が、山猿だってっ!? この変な高笑いしか出来ない高飛車女!」
ナンナは猫の様に威嚇しながら、叫ぶ。
信康はナンナがこんな風に攻撃的な態度を見るのを見て珍しいなと思いながら、その威嚇している人物を見た。
「あら? こんな所で出会うとは奇遇ですわね。ノブヤス」
「おう。マリィも久し振りだな」
マリーザはナンナと違って、礼儀正しく信康に挨拶をして来た。
「ええ、御久し振りです。経緯は伺ってますわ。貴方も帰って来て早々、変なのに絡まれて大変ですわね」
「まぁ否定はしない」
マリーザはディエゴ達との因縁の事を言っていると思い、信康は相変わらず大した情報収集力だと思いながらそう答えた。
二人が話しているのを見て、知り合いなのだと察したナンナは信康の袖を引っ張る。
「ねぇ、この高飛車女と知り合いなの?」
「ちょっとした縁で知り合って、其処から仲良くしているんだ。お前こそマリィと友達なのか?」
信康がそう言うと、二人は思い切り顔を引き攣らせた。
「誰が友達だってっ!?」
「誰が友達ですってっ?!」
二人は異口同音にそう言いながら、同時にお互いを指差しながら言う。
それを聞いて、二人は顔を突き付けながら睨み合う。
「大体、誰が高飛車女だと言うのよっ!」
「だったら僕は山猿なんかじゃない!」
歯を噛み締めながら睨み合う二人。
信康はそんな二人を見て笑った。
「ははは、何だ。仲が良いのか」
「「誰が!?」」
二人は同時に叫ぶので、信康はほら見ろと言わんばかりに笑みを浮かべる。
それを見て、二人は同時に顔を背けた。
「それでお前等、実際にどう言う関係なんだ?」
信康がそう尋ねると、二人は横目でお互いを見て指差しながら言う。
「同級生で、長距離走で僕が勝った時から突っかかって来る奴」
「同級生でわたくしが長距離走で勝った時に、文句を言って来た無礼者よ。あぁ、そうでしたわ。勉強はダメダメで、わたくしに一度も勝った事はありませんわね」
二人はそれを聞いて、また顔を突き合わせる。
後少しで口付けが出来ると言う位の距離まで顔を突き合わせている。
「勉強が出来ない訳じゃないやいっ! 運動で僕に勝てた試しがない癖にっ!」
「何ですってっ!? そんな事は別にないでしょうがっ! 事実を捏造しないで下さいましっ?!」
二人はまた威嚇しあった。
まるで睨み合う竜虎みたいであった。
これでは話が前に進まないなと思い、信康は別の話を振る事にした。
「それよりもお前等、早く並ばないといけないんじゃあないのか?」
信康がそう言うと、二人はハッとして睨み合うのを止めた。
そして、マリーザはビシッと指差す。
「去年は僅差で敗けましたが今年こそ貴女に勝って、運動でもわたくしが貴女よりも凄いという事を教えてあげますわっ」
「望む所だっ。今年も僕が勝って、九十九戦五十五勝五十四敗に更に勝ち星を重ねてやるっ!」
ナンナがそう言うと、マリーザは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「ふん。寝言は寝て言う事ね。幸運は続かぬと言う事を、わたくしが教えて差し上げましょう」
「そっちこそ、去年みたいに吠え面を掻かないと良いねっ」
「何ですってっ!?」
「何さっ!?」
二人は顔を突き合わせながら、選手が待機するスペースに向かう。
信康は二人を見送ると笑い出した。
「はは。あれが俗に言う、喧嘩する程仲が良いって奴か・・・・・・」
何だかんだ言いながら馬が合っているんだなと思いながら、信康は二人の勝負を観ようと観戦する事にした。
「折角だから、観戦するか」
そう言って早速、信康は観戦席へと向かった。




