第360話
お互いの得物をぶつけた二人は、鍔迫り合いしてから後ろに跳んだ。
信康は床に着地したと同時に、鬼鎧の魔剣を振り上げて駈け出した。
「はああっ」
信康が鬼鎧の魔剣の振り下ろした。狙いはステラの頭だ。
しかしその攻撃を、ステラが身体を反らして躱した。
「狙いが甘いわよっ」
攻撃を躱したステラは、即座に反撃に出た。
目にも止まらない速さの突きを、信康に見舞う。
馬上槍ランスは風を切る音を立てながら、信康の身体に迫る。
「っ、こなくそっ!?」
信康は攻撃を避けようと、身体を反らした。
しかし馬上槍ランスを躱す事が出来ず、槍は右肩に当たった。
「ぐうううぅ」
信康は馬上槍が当たった衝撃と痛みで意識を失いそうになったが、歯を噛み締めて耐えた。
そして後ろに下がる。
信康は馬上槍が当たった、右肩を撫でる。
不思議な事に馬上槍が肩を貫いた筈なのに、何故か肩に貫かれた所も傷一つも無かった。
(どう言う事だ?)
信康は不思議に思っていた。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ステラが油断なく槍を構えながら話し出した。
「別に不思議な事でも無いわ。此処の練習場には、外で馬上槍試合の訓練を行った訓練場と同じ魔法の魔法陣が発動しているのよ」
「魔法だと? それってまさか・・・」
「そうよ。不可視の魔法城壁と言う魔法よ。この魔法が発動すると、魔法範囲内では傷つく事が無いの」
信康はステラの説明を受けて、大いに納得した。
「その代わり痛みはあるし、限度を超えたら失神するわよ」
「外の訓練場と、一緒だな」
「そうよ。範囲はたかが知れてるし戦場に設置なんて悠長で生温い真似は出来ないから、本当に訓練用にしか活用出来ないのが難点よね」
「そうだな。俺もそう思う」
信康は鬼鎧の魔剣を構えて、息を吐いた。
「では遠慮無く、殺す心算で攻めるだけだっ」
信康は駈け出した。
数十分後。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
「ふぅ、ふぅ・・・・・・」
信康とステラの二人は、肩で息を吐いていた。
額から流れる汗を拭わず、二人は睨み合っている。
この数十分もの間に、二人は百合以上も刃を交えた。
しかし未だに、勝敗が着く気配が無い。
(ステラと実際に戦って、分かった事がある。ディアサハ師匠と同じ位速いと思ってたけど、流石に師匠の方が上だったな。でも今の俺では、このまま戦っても厳しいな)
信康の攻撃は届く前に馬上槍で妨害されるか躱されるかのどちらかなので、未だにステラに一撃を当てていない。
一方のステラは得物の間合いを活かして、信康に攻撃を当てて来る。
その攻撃を鬼鎧の魔剣で防いだりいなしたりしたが、それでも完全に防ぐ事が出来ずに信康の身体に数カ所ほど当たった。
(くそっ。魔法が無かったら、俺の身体は今頃穴だらけだ。間合いが違うからこっちの攻撃は届かないし、攻撃の隙を見て反撃しても防がれたり躱されている。こりゃあ、不味いな)
信康はこのままでは負けると思った。
そして、チラッと懐を見る。
(出来れば純粋な武力だけで勝ちたかったが・・・使うしかないかっ)
信康の愛刀である鬼鎧の魔剣の性能を発揮する宝玉。
それを使うべきだと判断し、そして何を使うか考えた。
(鬼の宝玉は、得物の間合いは変わらないから意味がない。迦の宝玉はあれは空中戦と遠距離戦用だから、此処では無理。と言うか、火事を起こす訳には行かない。となると残るは・・・・・・これ・・しかないか)
信康は距離を取って、懐からある宝玉を取り出した。
その宝玉は黄色で白字に乾と書かれていた。
信康はその宝玉を、縁金の穴の所に入れた。
そしてその宝玉が収められた、鬼鎧の魔剣を鞘に仕舞い納刀する。
「行くぜっ」
信康は、納剣した鬼鎧の魔剣を天に翳して円を描いた。
その円は黄色に輝いていた。
「強大なる神々の帝王に仕え、神々が飲みし物を守り香を食する半神半獣の楽師よ」
信康が詠唱を始めたので、何か来ると思い身構えるステラ。
「酒も肉も喰らわず食香の行を行い、その身はあらゆる者を魅了する香気を発する」
そこまで詠唱すると、円の中から黄色の甲冑が出て来た。
「香気と美しき音色を持ちし、楽師を喰らいし鬼よ。我が敵を音色と香気を持って討ち倒さん」
其処で詠唱が終る。
すると円の中にあった甲冑が、信康の身体に装着された。
馬の顔を模した兜だがこちらの兜は馬の顔が信康の頭に乗っているのではなく、馬頭の上半分の部位が頭に被っている状態だ。
黄色に塗装された甲冑。
今までの黒炎鬼之鎧こくえんきのよろいと『金翅鳥鬼之鎧』と違い、手甲と脚甲に胴丸だけでその上に袖付きで緑色の陣羽織を羽織っていた。
その肩当ての所には、鳥の羽が飾りとして付けられていた。
右手には爪が付けられており、左手は緑色の琵琶を持っていた。
「纏身っ! 黄乾闥鬼之鎧」
「・・・これが貴方の魔宝武具の能力みたいね? でも聞いていたのと大分、形状が違うみたいだけど?」
「色々あるのさ。この鎧も、能力の一つに過ぎない」
「そう。じゃあその力、見せて貰おうかしら」
ステラが馬上槍ランスを構えて、腰を落とした。
駆け出す体勢を取っているのが分かった。
「悪いが。これを出した時点で、あんたの負けだよ」
「そんなの、試してみないと分からないわよっ」
ステラは床を蹴った。
かなり力を入れて蹴った所為か、踏まれた床に罅が入っていた。
そのまま駆けて行き、後数十歩と言った所まで来た。
(殺ったっ)
ステラはそう思い、馬上槍ランスを突き出そうとした。
ジャアアアン!
信康が琵琶の弦を弾いた。
すると見えない何かが、ステラの身体を襲った。
「くっ!?」
その見えない何かに押されて、仰向けに倒れるステラ。
何が起こったか分からない顔をした。
信康は気にせず、弦を弾いた。
ジャン!! ジャジャアン!!!
その音が聞こえると、ステラの腹に何かが襲った。
「ぐふっ!?」
その痛みで声を漏らすステラ。
ステラは痛みに耐えながら身体を転がして、槍を杖にしながら立ち上がる。
「な、何をしたの?」
「ふっ。負けを認めるのなら、教えてやるぞ」
「誰がっ!?」
ステラは馬上槍ランスを構える。
そして、深く息を吸った。
信康はステラの動きに注視しながら、弦を弾いた。
ジャン!
その音がすると、ステラは横に跳んだ。
ステラが跳んでから、少しすると突然壁が音を立てて凹んだ。
凹んだ壁を見て、信康が何をしたのか分かった。
「成程。その楽器を鳴らすと、衝撃波が生まれてそれが私を襲ったのね」
「正解だ。俺が楽器を演奏する事で、音波攻撃が生まれるのさ」
信康は隠す事も無く言う。
「面白い能力ね。でも種が分かれば、後の対処は簡単よ」
「試してみるか?」
信康は笑みを浮かべながら言う。
その笑みを見てステラは違和感を感じた。
(あの余裕。まだ、何かあるのかしら? それとも見破られても、問題ないと思っているのかも?)
どちらなのかは、ステラには分からない。
しかしどちらにしても、信康の攻撃手段が分かった事は収穫であった。
(あの楽器を鳴らした後に、見えない衝撃波が来るのだから防ぐ事は不可能。なら・・・・・・)
攻撃する方法を決めると、ステラは腰を落として槍を構える。
そして、駈け出した。
信康はそれを見て、弦を弾いた。
ジャン! と言う音がした瞬間にステラは横に跳んだ。
それを見た信康はステラが飛んだ方向に、身体を向ける。
(この攻撃は、身体が向いた方向にしか飛ばないんだよな。だから音を使った攻撃の癖に、全方位攻撃出来ないのがある意味難点ではある)
信康は不便だなと思いつつ、ステラが居る所を見ると、馬上槍が飛んで来た。
「何っ?!」
想定外の攻撃に信康は慌てて、身体を翻して馬上槍ランスを避けた。
「ふぅ、危なかったぞ。だが投槍をしたのは間違い・・・」
信康がそう言っている最中、ステラは既に信康の近くに来ていた。その手には何か持っていた。
「甘いわよっ」
ステラはそれを振り被った。
信康はその振り下ろしの一撃を躱し、その攻撃した物を見る。
「剣?!」
「私の槍の柄の一部には、剣が収納されているのよ」
「副兵装って事か。接近した敵に対処する用にとは、準備が良いなっ!」
話しながらステラは攻撃して来るので、信康は躱し続けた。
「これで私の方を見ながら、その楽器を鳴らす事は出来ないわよ」
ステラは勝ち誇った顔をした。
そんな顔を見た信康は、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「そうだな。確かにあんたの方を見て、弦を弾く事は出来ないな」
信康はステラの攻撃を躱しながら、距離を取った。
そしてステラを直視せずに、信康は弦を弾いた。
「えっ?」
シャーンという音がしたと同時に、ステラの鼻腔に甘い香りが漂ってきた。
「何、これっ・・・」
ステラは手で鼻を抑えながら、剣を構える。
信康はまた、弦を弾いた。
シャラン!
そんな音がすると、ステラの身体に異変が起こる。
「な、なんなの・・・・・・」
ステラは意識が遠のいていった。




