第359話
プヨ歴V二十七年六月二十八日。夕方。
信康はステラと一緒にカマリッデダル伯爵邸に到着すると、そのまま汗を流す為に入浴を勧められた。厚意に甘えて入浴を堪能した後、そのまま夕食を招待された。
海の幸を惜しげも無く使った豪勢な夕食を楽しんだ後、小休止してから執事長に呼ばれて邸内を歩いていた。
「何処に向かっているんだ?」
「直ぐに分かりますよ。レヴァシュテイン卿」
新しく貰った家名で呼ばれてもまだ呼ばれ慣れていないのでどうにも違和感を感じながら、信康は執事長に返事をした。
すると信康は、ある建造物を目指して歩いている事が分かった。
「あの建物は何だ?」
「はい。ステラ御嬢様の鍛練や騎士団の方々の訓練に使える様に造られた、訓練場になります」
訓練場はカマリッデダル伯爵邸に比べたら小さいが、それでも平均的な屋敷一つ分の広さがある様に見えた。
「そんな建物が有ったんだな」
「はい・・・実は騎士団以外の方を御案内するのは、正直に言いますと初めてです」
「それはそれは、光栄だと思うべきかな?」
信康はそう言いながら、笑みを浮かべて訓練場を見ていた。
すると信康の前を歩く執事長は、小さく笑みを浮かべながら歩き続けた。
間も無くして信康と執事長は、訓練場の前まで到着した。
「こちらに、ステラ御嬢様が御待ちです」
「そうか。案内、御苦労だったな」
信康がそう言って執事長を労うと、執事長は一礼してから離れて行った。
信康は執事長の姿が見えなくなるまで見送ると、訓練場の扉を開けて入ったら其処には帳があった。
その帳の向こうにステラが居るのだろうと思い、信康は何も言わないで室内へと入った。
室内に入ると白く塗装された内装で、壁も床も全て白く染まっていた。
明かりを取り入れる為の窓には、特に装飾などは無いが透明度が高いのが分かる。
そしてその室内の中央には、ステラが座っていた。
側には一本の馬上槍が置かれていたのだが、昨日まで使っていた馬上槍よりも遥かに上等な業物であった。
「お待たせしたかな?」
「いいえ、寧ろ早かった位よ。何も問題など無いわ」
ステラは馬上槍ランスを持ち立ち上げた。
「ふぅん。前まで使ってた馬上槍じゃないんだな・・・それで? 御用件は何でしょうか?」
信康に話したい事があると言って呼んで来たのだから、ステラが自分に何かしらの用件があるのは分かる。
しかし話をするのに、何故か自身の愛槍を持っているステラ。
其処が気になり訊ねる信康。
「う~ん、そうね。色々とあるけど、一番言いたいのは・・・」
ステラは信康に槍を突き付ける。
「貴方は、本当に強いわね」
「・・・・・・まぁ強くないと、こうして生きてませんよ」
「その強さを見込んで、一勝負しましょう」
「勝負ね」
信康はステラの目を見た。
その目は冗談を、とても言っている様には見えなかった。
「その様子ですと、ただの勝負って訳でも無いんでしょう? 俺に利点がない勝負なんて、受ける義理もありませんけどね」
「そうね。じゃあ、こうしましょうか」
ステラは馬上槍ランスを突きつけるのを止めて、石突で床を叩いた。
「私が勝ったら、傭兵部隊からうちの第五騎士団に転属する。もし転属してくれたら、副団長の地位を約束しましょう。それで貴方が勝ったら、そうね・・・一つだけ、どんなお願いでも聞いてあげるわ」
「・・・何?」
「勿論。この身体を好きにして良いわよ♥」
ステラはしなを作り、投げキスをして来た。
そんな柄にも無い行動を取ったステラを見て、信康の視線は氷点下まで冷め切っていた。
「・・・人を呼んでおいて、酔っぱらっているのか? 夕食に、酒は出て無かった筈だがなぁ・・・」
信康は敬語を使うのも止めて、胡乱な物を見る目でステラを見る。そんな信康の態度を見て、ステラは憤慨した。
「ちょっ、酷いわね。人がこんな色っぽい事を言っているのに、その反応は無いんじゃないのっ?!」
「そんな柄にも無い行動をした時点で、怪しさ全開なんだよっ!」
「あら? おかしいわね。書物じゃあ、こうすれば男は飛びつくとか書かれていたのだけど・・・・・・」
ステラは信康の反応を見て、ブツブツと独り言を呟いた。
そして一頻り呟いた後、ステラは信康を見る。
「貴方、もしかして同性愛行者?」
「違うわっ!? 脈略も無しにおかしな事を言うなっ」
「う~ん。じゃあ、どうしてこんな反応を取るのかしら?」
ステラは信康の反応が、自分の予想と違い困惑していた。
信康も煩わしそうに頭を掻いた。
「ああ、もう、面倒臭い。貴族の女って、こんなんばっかりか?」
「むっ。その言い方、ちょっと偏見が混じっているんじゃないかしら?」
「ほーん? それを自分の行動を鑑みて、違うって言えるのか?」
信康は鼻で嗤いながら言う。
それを聞いて、ステラは再び憤慨した。
「わ、私がそんな恋愛経験皆無で面倒な女に見えるって言いたいのっ?!」
トマトみたいに顔を真っ赤にさせて怒るステラ。
「・・・・・・その反応、見るとそうだろうな」
ステラの反応を見て、信康は言うとビクッと身体を震わせる。
「ああ、成程。そうだよな。オストルから聞いてたけど、男が寄って来ないんじゃ処女なんて捨てようが無いよな」
信康は納得した様子で、勝手に自己解決していた。
「・・・・・・・」
信康が口にした独白を聞いて、ステラは身体を震わせるだけで反論しなかった。
「さて、あんたを弄るのを此処までにしとくか」
信康はそう言うと、腰に差している鬼鎧の魔剣を抜刀した。
「勝負を持ち掛けられて、煙に巻くのも性に合わない。ましてや、あんたみたいな美人からお誘いなんだ。喜んで受けさせて貰おうか」
「ちょっとっ?! 受ける心算だったなら、どうして素直に返事をしなかったのかしら!?」
「いや、何か裏があるのかと思って、ちょっと探りを入れただけだよ。もし気に障ったのなら謝る。済まなかった」
信康は頭を下げて、ステラに謝罪した。
信康の謝罪を受けたステラは咳払いして、訓練場の空気を正した。
「じゃあ、勝負と行きましょうか。相手が参ったと言うか、動けなくなったら負けで良いわね?」
「了解した。それでさっきの条件は?」
「文句が無いのなら、先程の条件のままで良いかしら?」
ステラの意見に対して、信康は首肯して同意した。
「そう。くく・・・私が勝ったら、一生言う事を聞いて貰うからね」
「では俺が勝ったら、俺の女として一生俺の傍に居て貰おうかな」
信康が告白めいた独白を口にした後に鬼鎧の魔剣を構えると、ステラは固まって生唾を飲み込んだ。
すると我に返って顔を左右に振った後、ステラは改めて愛槍を構えた。その両頬は僅かながらも緩んで紅潮していた。
二人の足は、ほぼ同時に動いた。
「「はああああああああああっ!!」」
二人の得物はぶつかり、甲高い音を立てて衝撃が室内を駆けた。




