第357話
信康がステラ達を練習場に連れて行く道すがら、気になった事があるので尋ねる事にした。
「どうして騎士達は傭兵部隊の兵舎に来てまで、馬上槍試合の試合をしたかったのだろうか?」
信康の中では騎士とは、貴族には劣るが名誉ある称号だ。
どれだけシーリアが天才騎士と言われる逸材でも、馬上槍試合で勝ったからと言ってわざわざ勝負を持ち掛けて来るのは不思議な話だ。
信康はずっと気になっていた。
それを聞いたオストルが、丁寧に説明してくれた。
「そんなの簡単だよ。兵舎に来た人達は騎士は騎士でも、冗位騎士の類だよ」
「冗位騎士?」
意味が分からず首を傾げる信康に、ステラが説明した。
「プヨに限った話なのだけれど・・・騎士の称号を持っているからと言って、必ずしも騎士団に入れる訳ではないわ。各騎士団を設けてる入団試験を受けて、合格出来て初めて入団する事が出来るのよ。他に入団出来る方法は、軍団から転属するか勧誘を受けるだけね」
「成程。その冗位騎士と言うのは試験に落ちて騎士団に入れなかった、溢れ組の浪人と言う事か。そう言えば叙勲式が有った日に、チラッと総隊長達が話してたな・・・」
「そうだね。騎士団に入りたいから、どうにしかして自分の実力を認めさせようと色々な事をするよ。傭兵部隊の兵舎に行ったのも新聞の内容を知って尚且つ、最近任命された話題の聖騎士である君に勝つ事が出来たら自身の武威の証明になる。そうなれば騎士団に勧誘されるかもしれないって、下心から来たんだろうね」
「そう言う訳か」
信康は騎士達が兵舎に来た理由が分かり、安堵の息を吐いた。因みに冗位騎士の中には騎士籍に入っているが、その称号を活かしている商人も含まれている。
「てっきりカルノーあたりが、逆恨みでもしたのかと思ったが違ったか」
「カルノー? あのユキビータス伯爵家の三男がどうかしたの?」
「ああ、実はな」
信康は前に知り合いがアルバイトをしている、妖精の隠れ家で揉め事を起こした事を話した。
「えっ?! ちょ、ええ~幾等何でも、普通だったらそんな事しないよっ?!」
「呆れた。そんな事して女の子が、好きになる訳無いでしょうに」
オストルはドン引きし、ステラは頭が痛いと言いたげな顔をする。
「これが次期ユキビータス伯爵家の当主かと思うと、悲しくて涙が出るわね」
「次期? カルノーは三男だろう。長男と次男はどうしたんだ?」
「長男は生まれ付き病弱だから、それを理由に家督の相続権の権利を放棄。現在いまは王都アンシから離れた医院で静養中。次男は五年程前にトプシチェとの戦いで、父親共々戦死。だから次期当主は、カルノーで決まりなのよ」
「直系の子供はもう、カルノーしかいないのか?」
「いいえ。確か妹が一人居たけど・・・既に他家へ嫁入りに行ったから、もう家督相続の権利は放棄されているわ。今のユキビータス伯爵家は先代当主の奥方である、マリアナ様が当主代行をしているの。カルノーが結婚したら、当主の座は譲るって公言しているわ」
「じゃあ必然的に、カルノーがユキビータス伯爵家の当主になるのか」
「・・・・・・大きい声じゃ言えないけど、カルノーに何かあれば私の弟が後継者候補筆頭になるわ。それでカマリッデダル伯爵家当主の座が空席になっても、私が当主になれば解決するもの」
ステラは小声で、ある可能性を口にした。それを耳にした信康とオストルは、思わず周囲を見渡してしまう程であった。
そう話していると、昨日の練習場についた。
其処には馬に乗った冗位騎士達が、今か今かと待っているのが見えた。
そしてその冗位騎士達の視線の先には、リカルドが居た。
視線の圧力が強いので、身を縮こませているリカルド。
そんな針の筵のような状態となっているリカルドだったが、信康達が来たのを見て顔をパアッと輝かせた。
まるで迷子になっていた子供が、母親と再会したみたいだ。
「悪いな、少し待たせたか?」
「ああ。実害は無かったけど、針の筵だったよ。本当に」
お疲れという意味を込めて、信康はリカルドの肩を叩いた。
そして待っている冗位騎士達に声を掛ける。
「待たせたな。立会人を連れて来たぞ」
信康が手で示した先を見る冗位騎士達。
「おい、あの御二方はっ!」
「ああ、第五騎士団のオストル副団長とステラ顧問だ」
「本物だっ」
「と言う事は・・・もしあの東洋人に勝てば、俺の武名を上がる。引いては・・・」
其処まで言って冗位騎士達は笑みを浮かべた。
「じゃあ先ずはリカルドと、試合して貰うぞ。リカルドとの勝負だけでも、オストル副団長達からの評価になる。気合を入れてやる事だ」
信康がそう宣言すると、冗位騎士達は興奮して歓声を上げた。
冗位騎士達を焚き付けて士気を上げる信康を見て、リカルドは思わず責める様な視線を向ける。そんなリカルドなど綺麗に無視して、信康は冗位騎士達に声を掛けた。
「それで? 最初に出るのはどいつだ?」
「この私であるっ!」
槍を掲げて前に出る、冗位騎士の一人。
「過去の馬上槍試合トーナメントでも、好成績を出した事がある私が一番先だ。文句はあるか?」
他の冗位騎士達に訊ねみると、全員が頷いた。
「はは。さっさと勝って、其処の東洋人の相手をして貰おう。そして金は全部、俺の物だ」
「先ずはリカルドに勝ってくれ。そうしたら、相手をしてしよう」
「おうさっ」
言いたい事を言い終えると、冗位騎士は柵の中に入っていった。
冗位騎士が柵の中に入って行ったので、信康はリカルドを見る。
「じゃあ、相手して来るね」
「別に負けても良いんだからな。無理だけはするなよ」
「ああ、分かってる」
リカルドも馬に跨り、柵の中に入って行った。
数分後。一番手の冗位騎士は三本とも、胴体にリカルドの槍が当たり敗北した。
数時間後。
「ふむ。思ったよりも少ないな」
信康は顎を撫でながら、少し驚いていた。
リカルドと試合をして残った冗位騎士が、たったの三人だけだったからだ。
「俺の予想だと、後五人から十人はいると思ったんだがな」
予想よりも少ないので、普通に驚愕している信康。
それは立会人のステラ達も、同様であった。
「本当だね。僕も半分は残ると思っていたのに」
「私は十人も倒せたら、良い所だと思っていたわ」
ステラ達も目を丸くしていた。
「はぁ、はぁ・・・・・・あ、あのさ、もっとぼくにいうことはないの?」
リカルドは息を切らせながら訊ねる。
「そうだな。取り敢えず、お疲れ。お前にしては、良く頑張ったもんだ」
「お疲れ~」
「良い腕ね。これなら馬上槍試合に出ても、問題は無いわ。まぁこの私が直接指導したのだから、当然の結果よ」
「・・・・・・・」
リカルド的にはもっと温かい言葉を掛けて欲しかったが、今は息を整えるので精一杯であった。
「さて、真打登場だな」
信康は槍を構えた。
そして柵の中に入り、残った冗位騎士に自由自在を突き付けながら告げた。
「面倒だっ。三人同時に相手をしてやろうっ!」




