第34話
プヨ歴V二十六年五月二十八日。
銀行強盗事件と猛獣脱走事件が起きて二日後。
信康はサウスヒョント駅で、セーラが来るのを待っていた。
今日の事は、ルノワにしか言っていない。言った内容も逢瀬でははなく、ちょっと賭博場で遊んで来るとしか言っていない。
今日の服は自分なりに選んで、コーディネートしてきた。
値段はそれなりにしたが、どんな良い服を着ても、自分の故郷の和服には敵わないと思ってしまう。
(大和を離れて、三年の年月が経っているのだがな。向こうの服は物心ついた頃から着ているが、こちらに服は着なれる様になって三年だからかな、まだ違和感があるんだろうな)
昔の偉人の詩の一句に『どうして、故郷が忘れられようか』というのがあったが、その通りだと思えた。どれだけ故郷である大和皇国から離れようと、信康は忘れる事は出来ないと改めて思う。
そうしてどれだけの間、思いにふけていたのだろうか。
「お、おまたせしました・・・・・・・」
そう声を掛けられて、信康はふと現実に戻ってきた。
「いや、そんなに待ってない」
「そうですか。私も出来るだけ急いできたのですけど、こんな時間になってしまい申し訳ございません」
頭を下げて謝るセーラ。
正直そうセーラに謝れても、約束していた時間を十五分程過ぎていただけだから特に問題はない。
「それよりも、今日は何処に行くんだ?」
この国に来てそれなりに経っているが、今だに地理を覚えられない信康。
何処に何があるか、正直分からないのだ。
必要な物は、信康が買おうとする前に、ルノワが用意してくれるので外に出掛ける用事がない。
なので、訓練以外は兵舎で過ごしている。
「今日は、私がよく行く青の満月と言う酒場に行きましょう」
「分かった。道案内を頼む」
信康はセーラと横並びに歩きながら、その青の満月と言う酒場に向かう。
その青の満月は駅から歩いて、数分の所にあった。
地上二階地下一階の建物だ。青の満月はその地下一階にある。階段を下りて行くと、年代物の銅の取っ手がついた扉を開ける。
青の満月の扉を開けると吟遊詩人と思われる、その人物が奏でる楽器の音楽と歌が聞こえて来る。この酒場の雰囲気に合わせてか、静かで何処か落ち着く音曲だ。
青を基調とした店内で、酒場の席はカウンター席が十席。青を基調とした店内で、酒場の席はカウンター席が十席。
更にテーブル席が十席ぐらいで、後はビリヤード台が二台にダーツの的が三つある。
規模は決して大きい訳では無いが、店内には殆どの席が客で埋まっていた。
この落ち着いた雰囲気が良いので客は其処が気に入っているんだろうなと信康は考え、気付いていたらこの酒場が気に入っていた。
「じゃあ、カウンターに座りましょう」
セーラに腕を引っ張られ、信康はカウンターに座る。
「店長、私はマティーニ」
「・・・・・・・俺はエール」
「あいよ」
カウンターに居るのは、明らかに堅気じゃない雰囲気をした男性が一人居た。
何せデカい身体に腕が、セーラの腰ぐらいありそうなくらい太い。その上、コメカミから頬をなぞる様に切り傷がある。
どう見ても一般人ではなく、闇組織の幹部にしか見えない。
「此処の店長は昔、プヨ軍の部隊長をしていた兵隊さんだったんですよ」
「ああ、それでか」
それでこんな雰囲気があるのかと、納得した。
「ご注文のエールとマティ―ニだ」
頼んで直ぐに出たので、信康は少し驚いた。
エールが注がれた酒杯は木で作られたものではなく、何かの金属をで出来た酒杯だった。
それに加え、自分が頼んだエールの酒杯がよく冷えているのにも驚いた。
普通の酒場ではエールを頼んだら温いエールが出るのだが、青の満月では冷たいエールが出た。
取っ手に触れると、冷たくて手引っ込めた。
「冷たっ」
「驚いたでしょう。青の満月は冷たいエールが飲める事で有名ですから」
「ほぅ、そうなのか」
「私も詳しくないのですが、店長が秘密の保存方法があるそうですよ」
「ふぅん、そうかい。まぁ、取り敢えず今は」
信康は改めて、ジョッキの取手を取る。
セーラもそれに合わせて、グラスを取る。
「乾杯しようか」
「はい」
二人は、持っている物を上げて「乾杯」と言って口をつけた。
(このエール、美味いな。なんというかこう、キューっとするな。喉が)
その美味しさに驚きながら、エールを喉に流し込む。
そのまま全部飲み終わるまで、ジョッキを下ろさなかった。
「プハー、美味いな。店長、お代わり」
「あいよ」
信康はジョッキを店長に渡して、お代わりを頼んだ。
お代わりでやって来たエール。今度は先程と違って、ゆっくり味わう様に飲む。
飲んでいる合間に店長が用意した肴をつまみながら、セーラと話をする。




