第350話
プヨ歴V二十七年六月二十七日。早朝。
信康は欠伸を噛み殺しながら、カマリッデダル伯爵邸の一室で朝を迎えた。
ディアサハの説教は朝になってまで続いて、一睡する事もができなかった。
少しでも眠ろうとしたら、叩き起こされて説教するのであった。
拷問の様な説教は朝日が出る頃には終わり、ディアサハは鼻を鳴らした後、帰って行った。
信康は一睡もできなかったと思いつつ、部屋を退室して行った。
プヨ歴V二十七年六月二十七日。朝。
信康は朝食をステラ達と共に食べた後に、カマリッデダル伯爵邸の前でリカルドと一旦別れて、カンナ地区にあるジーンの家族が経営している牧場で現地集合をする事にした。
目的は勿論馬上槍試合に出場させる馬の選定を頼みに行く為だが、その前に信康にはやる事があった。それは勿論レギンスに会って、ステラが収集した槍を買い取って貰う事を頼む為だ。
信康は無事にレギンスと出会って事情を話すと、レギンスは喜んで露店を畳んでカマリッデダル伯爵邸へと向かった。それから信康は、リカルドと事情を把握しているジーンと牧場で合流した。
「おはよう、ノブヤスだったな。うちの牧場を頼ってくれて、ありがとう。俺の馬が馬上槍試合で活躍したら、うちの牧場も有名になるだろうからな」
信康にそう言って話し掛けて来たのは、この牧場の主人であるジーンの伯父だった。
ジーンの伯父に挨拶をしてから、信康は話し掛ける。
「馬貸し屋から馬を借りるのは難しいと思って、此処を頼らせて貰ったんだ」
「その考えは正しいな。収穫祭の為に、事前に年単位で予約が入っているのが常だからな。それこそ良い馬になると、早い者勝ちだ」
「と言う訳で、馬を貸して頂けるだろうか?」
「ふむ。話は聞いているので、こちらとしても問題ない。好きな馬を選んでくれ」
牧場主がそう言うので、信康達は柵の中に居る馬達を見た。
「ふぅむ。どれにしようかな」
「そうだな」
騎手の技量は当然だが、馬の能力もまた馬上槍試合の勝敗に大きく影響する。
とても重要な事なので、慎重に選ぶ二人。
そうして見ている事、数分。
「よし、決めたぞ」
信康が先に決めた。
「おお、そうかい。どれにするんだ?」
「あの馬にする」
信康が指差した先には、青毛の馬であった。
「あれかい。お前さん。良い目をしているな。あの馬はうちの牧場の名馬の中でも、とびっきり優秀な名馬だよ」
「おお、そうか」
信康は自分の目利きを褒められて喜んだ。
「ただ、かなりじゃじゃ馬だぞ。其処は上手く扱ってくれ」
「承知した。名馬と言う奴は大抵、癖があるもんだ。では早速だが、あの馬を借り受けるぞ」
信康の言葉を聞いて、牧場主は首肯して承諾した。更に牧場主から目的の馬の名前は、ブルーサンダーと名付けられている事を知った。
「ブルーサンダー。名前の由来を聞いても?」
「青毛で雷が鳴り響いた日に、生まれたからだよ」
「成程」
ブルーサンダーの名前の由来を聞いて、納得した信康はリカルドを見た。
「リカルドは決まったか?」
「ああ、俺は・・・・・・あれにする」
リカルドが指差した。
その馬は白馬であった。白馬は悠然と立ちながら、草を食べていた。
リカルドが指差した馬を見て、牧場主は顔を顰めた。
「あの馬かい。あの馬の名前はグラウェンと言ってな。ノブヤスが選んだブルーサンダーと同じ位優秀だが、そんだけ気位が高くてな。うちの牧場じゃあ誰も乗りこなした者が居ない、暴れ馬中の暴れ馬だぞ」
リカルドは牧場主の話を聞いて、若干及び腰になった。其処へ信康が、リカルドに激励する。
「リカルド。どうせなら試すだけ試して、それで選んだらどうだ?」
「そうだね。それが良い」
信康の意見を聞いて、リカルドはグラウェンに近付いた。
グラウェンはリカルドが近付いて来るのを見て、グラウェンはリカルドを見た。
「「・・・・・・」」
両者は睨み合った。
此処で目を反らしたら負けだと、分かっているからだろう。
そのまま睨み合う一人と一頭。
ただ時間だけが、リカルド達の間を過ぎて行った。




