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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第349話

「へぇ、ノブヤスはそれを選んだのね?」


 ステラは信康が選んだ短槍を見るなり、感心した様子を見せた。


「どんな短槍やりなのか伺っても?」


「ノブヤスが選んだ短槍やりだけど、確かに魔宝武具(マギ・ウェポン)の業物よ。でも等級は一番下の魔具級(マグル)で、等級相応に能力も一つしか無いのよ」


「能力が一つしか無い?」


 信康がステラの言葉を、反芻して同じ言葉を呟いた。


「そうよ。長さを変える能力しかないから、イマイチなのよねぇ。リカルドが選んだ馬上槍(ランス)みたいに、魔弾(ブレット)でも使えたらもう少しマシだったんだけど」


「長さが自在に変えられるか。だから元々の長さが短いんだな。どうやれば、長さの調整が出来るんですか?」


「短槍やりを手に持ったまま、伸びろとでも言うか念じれば伸びるわよ」


「ふ~ん。じゃあ試しに・・・伸びろ」


 信康が短槍を横に構えてそう言うとビューンと言う音と共に、その短槍は矛先から柄の半ば間での間が伸び始める。


 伸びて短槍が長槍へと変貌していく姿を、信康は面白そうに観察していた。


 しかしその伸び具合が信康の意思に反して伸び続け、遂に矛先が室内の壁に激突しそうになって信康は漸く慌て始めた。


「ま、不味いっ!? このままじゃあっ・・・ち、縮めっ?! 止まれっ!? これ以上伸びるなっ!!」


 信康は慌てながら、短槍が伸びるのを止めようと必死で声を掛けた。


 すると信康が口にした文言でどれが効いたのかは分からないが、短槍は伸びるを止めて元の長さに戻った。


「良く止められたわね? その短槍やりは持ち主の意思を汲み取って任意の長さまで伸びるから、持っている状態で縮めとか元に戻れと言うなり念じるなりすれば良いのよ。伸ばして使い手の理想の長さにまで伸ばしたら、止まれと言えばその長さになるわ」


「・・・そう言う大事な事は、もっと早く言ってくれ」


 信康は疲れた様子で、安堵の息を漏らしながらそう苦言した。


「・・・ふぅ。間に合わなかったら、人様の屋敷を傷付ける所だったぜ・・・」


 信康は背筋を凍らせる思いをしつつ、そうならなかった事に改めて安堵した。


 そんな信康を見て、笑みを浮かべるステラ。


「ふふふっ。仮にそうなっていたとしても、私は気にしなかったわよ。修理代なんて、求める様な真似はしなかったわ」


「いやいや、壊したら弁償するのが道理だろう・・・」


 信康は敬語も忘れてステラにそう言うと、苦笑しながら首を横に振った。


「別に良いのよ。うちの騎士団が普段出す損害に比べたら、ノブヤスのなんて子犬に噛まれた程度の可愛いものだから」


「そ、そう言うものか?」


 ステラがそう言うので、信康はそれ以上その話をするなど無粋と思い止めた。


 それよりも気になる事を聞いたので、隣に居るオストルに信康は思わず訊ねる。


「お前の騎士団が出す被害って、どんな事をしたんだ?」


「ええっと、そうだなぁ・・・僕の場合は何時かあった収穫祭で女装をしたら、貴族の子弟達が僕に求婚して来たりしたよ。それから鷲頭馬(ヒポグリフ)ってどんな魔物なのか見たくて、部下達と一緒にカロキヤに忍び込んで鷲獅子(グリフォン)を十頭捕まえて第五騎士団に運び込んだりしたね」


 楽しそうに言うオストル。


 オストルの逸話を聞いて、ステラは重い溜め息を吐いた。


「他にも僕の同僚で同じ副団長で五勇士のロランって言う奴が居るんだけど、こいつがまた問題児でね。女性を口説いて断られたら振り向かせる為に全裸になってそこら辺を走り回るわ、何か突然『俺の筋肉を見ろっ』とか言い出して全裸になって変なポーズを取ったりするよ」


 オストルの同僚の話を聞いて、信康達は何とも言えない顔でステラを見る。


「事実よ。後始末が大変だったわ」


 ステラはその時の苦労を思い出したのか、また重い溜め息を吐いた。


「と言うかお前の騎士団の団長は、よくそんなの副団長にしたな。実力は間違いなくあるんだろうけど、それにしたって実力主義が偏り過ぎて人選が疎かになってないか?」


「あははははっ。シャルがね『はっはは、面白い事をするじゃねえかっ』って言って笑い飛ばしていたよ。しまいには自分も下着一丁になって、ロランと一緒に走り回った事もあったね」


「あの時は我が弟ながら、何をしているのと思ったわ」


 ステラは頭が痛いと言いたげな顔をした。


 話を聞いた信康とリカルドは、何とも言えない顔をした。


「素行不良にも程があるだろう。良く更迭とか降格にならないな」


「確かにね。魔鎧を騎士団の分を無断発注した件だけでも大概なのに、良く第五騎士団は存続が許されているなと不思議に思っているよ」


 オストルも指摘されて、不思議そうに首を傾げた。


「そんなの私とユキビータス伯爵家の先代当主が、全て揉み消しと温情を頂ける様に東奔西走したからに決まっているからでしょうがっ?!」


「成程!」


 ステラが大声でそう怒鳴るので、オストルは合点がいったとばかりに手を叩いた。


「はぁ、全く。この子達は・・・」


 ステラは疲れた様子で、頭を抱えた。


 第五騎士団は問題児だらけだなと思いつつ、信康は口を挟んだ。


「コホン。ステラ女史。俺達は、本当に槍を頂いても良いんですか?」


「ええ、最初に言った事は覆す心算は無いわ」


「・・・性能が微妙かもしれないが、魔宝武具(マギ・ウェポン)には変わりない。本当に貰っても大丈夫ですか?」


 信康が言う様に能力が微妙であろうと、魔宝武具である以上高価な事は変わりない。国家間で争奪戦になる程の代物を、これだけ簡単なやり取りで譲渡して貰って良いのかと言う懸念があった。


「大丈夫よ。所有者の変更手続きだったら、私の方でやっておくから問題無いわ。先刻さっきも似た様な事を言ったけど・・・暗い場所で使わないで飾られるよりかは、使いたい人に譲った方が槍も喜ぶでしょう」


「・・・・・・そうか。では遠慮なく」


「俺も良いんですよね?」


 信康が短槍を貰ったのを見て、リカルドも改めて訊ねた。


「勿論良いわよ。存分に使って上げて頂戴」


「は、はい。でも何だか、申し訳ないな・・・」


 ステラが譲渡すると言っているのに、無駄に罪悪感をリカルドは感じていた。


「其処は気持ち良く貰っとけよ。そうじゃないと、逆に失礼だぞ」


「そう言うけど、ノブヤスは逆に清々し過ぎるよ・・・・・・じゃあお言葉に甘えて、ありがたく頂戴させて頂きます」


 リカルドは馬上槍ランスを持ったまま、ステラに向かって感謝しつつ一礼した。ステラはそれを受けつつ、馬上槍試合に参加させる馬について尋ねた。


「馬の用意だけど、ノブヤスの伝手を使って用意するって事で良いのかしら?」


「ええ、その心算です。貸して貰えるかは確約出来ませんが」


 信康はそう言って答えると、ステラは少しばかり思案した後にこう提案した。


「もし借りる事が出来なかったら、また私に言いなさい。馬を二頭、借りられる様に手配しておくわ。それとまだ時間があるから、槍の扱い方について教えてあげましょうか」


「重ね重ね感謝する。それから、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 信康達はステラに一礼した後、互いの愛槍を持って武器庫から退室した。




 プヨ歴V二十七年六月二十六日。夜。




 それから信康達はカマリッデダル伯爵邸にて、槍の持ち方などをみっちり扱かれた。オストルは引き続き高みの見物と洒落こもうとしたのだが、ステラに言われて信康達共々扱かれる事となった。


 信康達が解放された頃には、既に日没が過ぎて夜になっていた。


 するとステラは信康とリカルドが外泊届を提出しているのを良い事に、カマリッデダル伯爵邸に宿泊して行く事を勧めた。


 するとリカルドは恐れ多いとステラの提案を固辞しようとしたが、信康が腹部に一発お見舞いして黙れてから承諾した。


 身体を洗って汗を流し終えた後、用意された夕食を食べ終えた信康は用意して貰った部屋でくつろいでいた。


「・・・・・・」


 信康は角度を変えながら、短槍をマジマジと見る。


「そう言えばこの短槍(やり)は、無銘で名前が無いとか言っていたな。折角だから、名前でも付けてやるか」


 信康は短槍に与える名前を、どんなものにするか思案を始めた。


「・・・・・・よし。こいつは長さを好きな様に変えられるから、銘は自由自在にしよう。よろしくな、自由自在」


 信康がそう言って自由自在に声を掛けると、槍を壁に立て掛けた。


 ビュウウウゥゥゥゥ!!


 すると突然、室内に一本の槍が飛んで来た。


 その槍は信康の頬を掠めて、壁に突き刺さった。


「・・・・・・」


 信康は言葉を失ったが頬が熱かったので触れて見ると、赤い血が手に付いていた。


 そして壁に突き刺さった槍を見て、槍が飛んで来た方向を見た。


 槍が飛んで来た方向には、窓もない壁しかなかった。


「・・・何か、前にもこんな事あったよな?」


 信康はそう思いながら、投げられた槍を見た。そしてその槍を見ていると、ある事に気付いた。


「・・・手紙か?」


 信康はその槍を見ていると、槍に何かの紙が結びつけられている事に気付いたのだ。


 信康は結びを解いて、その紙を手に取り中身を見た。


『我が宝槍は受け取るのを拒否しておきながら、あの女の駄槍は貰うとはどう言う了見だ? ディアサハ』


 信康が手にした手紙には、それだけ書かれていた。


「・・・・・・ああ、そう言えばエルドラズに居た時に師匠が槍をやるとか言っていたけど、性分じゃないからって代わりに魂喰らい(ソウルイーター)を貰ったんだよな」


 信康はディアサハの手紙を見て、エルドラズ島大監獄での出来事を思い出していた。


「さて、どうしたものか・・・・・・師匠。良かったら、弁明させて貰えないか?」


 信康は虚空に向かって、ディアサハに呼び掛けたが、独白のようなものなので返事を期待していなかった。


「ほぅ、この儂相手に弁明とな?」


 信康の背後から、女性の声が聞こえた。


 その声を聞いて、信康はドキッとした。


 何故なら顔を見なくても、誰なのか特定出来るからだ。


「・・・・・・お、御久し振り。師匠」


「そうだな。馬鹿弟子」


 信康が予想した通り、自分の後ろに居るのはディアサハであった。


「もう一度聞いてやろう。儂の宝槍は受け取るのを拒否しておきながら、あの女の駄槍は受け取った理由を教えて貰おうか?」


 声が氷を思わせる程に、冷たい声であった。そのディアサハの声色を聞いて、頭を抱える信康。


「・・・馬上槍試合(トーナメント)の為に使う槍が、急遽必要になったからだよ。それに魂喰らい(ソウルイーター)を貰った手前、師匠に槍をくれって頼み辛いじゃないか」


 信康は半ば即席ではあるが、尤もな理由をディアサハに告げた。するとディアサハは、僅かばかり声色に熱を戻して返事をする。


「その様な殊勝な事など考えず、儂から貰えば良かろうがっ・・・槍など、幾等でもこの儂が見繕ったものをっ」


「へえ、そうなんだ」


 ディアサハがそう言うのを聞いて、信康は本当なのか疑っていた。


「そもそも、貴様は」


 ディアサハは何故か説教を始めだした。


 信康は聞かないと駄目だなと思い、黙って説教を聞いていた。

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