第348話
「うわぁ、大健闘だね。第五騎士団でもあのステラを相手に、終わるまで稽古して倒されなかった人なんて初めて見たよ」
オストルは信康とリカルドの戦い振り、特に信康の健闘を見て拍手して称えていた。背後に控えているヒルダレイアとカインも、オストルに続いて二人に拍手を送っていた。
「そうなのか? その口振りだとお前を含めた五勇士と団長も、ステラ女史に敵わないって事になるぞ?」
「うん、そうなんだ。だって第五騎士団最強の騎士は、名実ともにステラの事だもん。僕ですらステラとは、三十合も打ち合えるかどうかって話なんだもん。他の五勇士の皆も似た様なもんで、団長のシャルでも五十合までが限界じゃないかなぁ?」
オストルは半ば他人事みたいに、第五騎士団の戦力を分析しながらそう言った。
「貴方は反省して、もっと精進しなさいっ」
他人事みたいに言うオストルに、怒ったステラが馬上槍を降ろして頭を叩く。ゴンと言う鈍い音が響き、オストルは痛みに悶絶して頭を抱えた。
「そ、そう怒る事も無いと思いますっ。私なんて、目で追うのがやっとでしたからっ」
「確かにな。俺では、三十合どころか三合も持ちやしないだろう・・・これが才能の差か」
ヒルダレイアは慌ててオストルを弁護すると、カインもヒルダレイアに同調した。カインが最後に口にした言葉は、小声だった所為で信康達の耳には入らなかった。
「まぁ良いわ・・・貴方達の実力を見た所、教えるのに問題はないでしょう」
「「よしっ」」
ステラはオストルに怒るのを止めると、信康とリカルドの実力を評価した。二人はステラに認められて、互いに拳を握って喜んだ。
「でも二人共。馬上槍はと言うか、刀剣に慣れた所為で長物の馴染みは浅いと見たわ。だから柄が短い馬上槍ランスを使いなさい。後は馬に乗って練習すれば、ものに出来る筈よ。一応聞くけど、乗る馬はどうするの?」
「馬か。こういう催し物の場合だと、軍馬を使うのは無理だよね?」
「軍の所有物を、私物扱いするのは不味いだろう・・・ステラ女史。因みに魔法人形で出来た馬って、大丈夫ですか?」
「魔法人形で出来た馬ですって?・・・前例が無いから一概には言えないけど、却下されたら終わりよ?」
ステラの話を聞いた信康は、斬影を出場させるのを諦めるのが無難だと判断した。
「なら、馬貸し屋に行って選んで来たら?」
「・・・いや、無駄だろう。まだ期間があるとは言え、期待出来ないと思うぞ」
オストルが意見を、信康は首を横に振った。
「豊穣天覧会には馬上槍試合以外にも、馬術大会とか馬を使った競技が幾つも開催されるらしいな? そう言う大会って騎手の技量もあるが、やっぱり馬の質も重要になる。良馬や名馬と言った類は、年単位で前から予約されていると考えるべきだろう」
「そっか。確かにそうだね。でもそうなると牧場とかしか選択肢が無くなるんだけど、それも一緒じゃないの?」
「そう言われちゃおしまいだが・・・一ヶ所だけ、心当たりがあるな」
信康は手をポンと叩いた。
「傭兵部隊の同僚に、家族ぐるみで牧場を経営している奴が居るんだよ。駄目元で良いから、そいつの力を借りよう」
「ああ、そう言えばジーンの御家族は牧場を経営しているわね。前に行った事があるけど、良馬が多そうな印象があるわ」
信康の意見に対して、ヒルダレイアが同調した。それにより取り敢えず、信康とリカルドの馬はジーンの協力を仰ぐ事となった。
「よしっ、馬はこれで良いな。後は使う槍を決めないとな」
「槍か。確かに馬上槍ランスと一言で言っても、色々とあるからね。取り敢えずステラ女史の助言通り、柄の短い馬上槍ランスを探しに行こうか」
リカルドの提案を聞いて、信康は同意して首肯した。
「ねぇステラ。それだったら、あそこが良いんじゃない?」
「そうね。二人共、良いのがあるわよ。付いていらっしゃい」
ステラが付いて来る様に合図を出したので、信康とリカルドとオストルはその後を付いて行った。ヒルダレイアとカインは同行せず傭兵部隊に帰還する事にしたので、信康はジーンに要望を伝えておいて欲しいと伝言を忘れず頼んだ。
ステラに付いて行くとの中に入り、そのまま歩いて行きある部屋の前まで来た。
「この部屋には模擬戦用や実戦用に使える、槍専用の武器庫なのよ」
「おお、貸して頂けるので?」
「貸すなんてケチ臭い事は言わないわ。そのまま譲ってあげるから、持って行って頂戴」
ステラの大盤振る舞いを聞いて、信康とリカルドは両眼を見開いた。するとステラは、困った様子でその理由を話し始める。
「正直に白状すると、この部屋にある槍はもう使わない物ばかりなのよ。収集癖があって一時期は熱心に集めてたけど、今となっては邪魔でしかないのよね。管理する手間も費用も、安くないし・・・どうせなら、槍達もこのまま部屋で飾られ死蔵され続けるよりも、使ってくれる使い手に使われた方が幸せと言うものでしょう」
「そう言うものか・・・お節介かもしれないが、良かったら高値で買ってくれるかもしれない商人でも紹介しましょうか?」
信康はステラに提案すると、ステラは眉をピクッと一瞬だけ動かした。そして閉眼して暫く思案すると、ステラは頷いてから信康にレギンスと言う商人を紹介して貰った。
信康はレギンスをステラに紹介した後に、其処には多種多様な槍が立て掛けられていた。
どれも傷一つ無く、綺麗に輝いていた。
「へェ、これは凄いな」
「こんなにあるとはな」
信康達は武器庫に入るなり、槍を見回して感嘆していた。
「どれでも良いから使いなさい。ただし、自分の手に馴染む物にしなさいよ」
ステラにそう言われて、信康達は槍を見た。
自分の手に馴染みそうな物を見ながら探している。
そうして見ていると先ず、リカルドがある馬上槍ランスを手に取った。
「俺はこれにするよ」
そう言って手に取ったのは柄が短い飾りなどを排除した、実用性重視の白い馬上槍だった。
「単純な作りだけど、それが逆に良いな」
リカルドは手に取って、数度突く動作をしてみた。
「・・・・・・問題無し。これにしよう」
リカルドは笑みを浮かべて、その馬上槍を選択した。
すると、ステラは感心した様子を見せた。
「それを選ぶなんて、リカルドは意外と目利きが出来るのね。名器級の魔宝武具で、この槍達の中でも上位の業物なんだけど・・・魔力を込めて強度を強化するか、先端から魔弾を放つしか技能が無いのよ。しかも柄が短いから、私には扱い難い所為でまだ一度も使ってないわ」
「そうでしたか。では、これを頂きます。ノブヤスはどうだい?」
「ああ、俺は」
信康はどれにしようか見ていると、壁に立て掛けられた一メートル程度の長さしかない一本の短槍が目に入った。
その槍は馬上槍では無く、棒の部分も穂先も全て青銀色の短槍だった。
信康はその短槍を手に取ると、数度素振りをしてみた。
すると、妙に手に馴染んだ感じがした。
「・・・・・・間合いが短いが、これにするか」
短槍を見ながら、信康はそう呟いた。




