第344話
「ええっとね。馬上槍試合と言うのは、馬上で行う一騎打ちの競技の事だよ」
「馬上試合と言う訳だな・・・そうか、思い出したぞ。ブリテンやドイチェで見た事があるが、馬上槍を使った一騎打ちを行う競技で間違いないか?」
「その通りだよ。良く知っているじゃないか。馬上槍を使って相手を落馬させるか、身体の何処かに当てて得点を競うんだよ」
リカルドはそう言って、安心した様子で信康を見ていた。多少なりとも知識があるので、大丈夫だと思ったのだ。
「面倒な事になったな・・・なぁ、リカルド。収穫祭って、何時あるんだった?」
「えっ? 確か収穫祭が行われるのは・・・十月一日から三日までの、三日間あるよ。まだ三ヶ月先になるね」
「そうか。だったら時間があるから、何とかなるか?・・・俺、馬上槍なんて、使った事が無いから良く分からないんだよな」
信康はそう言って、困った様子で頭を掻いた。
通常の槍ならば十分過ぎる程に使い熟せるのだが、刺突特化の馬上槍は触った事すら無かった。
「・・・・・・もしかして、やっちゃった?」
リカルドは青褪めた顔をした。自然と周囲に居た傭兵部隊の隊員達の視線が鋭くなって、リカルドに集中して突き刺さった。
「あたしは剣術大会に参加する様に、言おうとしたのだけどね。全く、余計な事をしてくれるわ」
「お前だけの問題じゃないんだよ。ノブヤスにまで迷惑掛けんなよな」
クラウディアとフラムヴェルが、呆れた様子でリカルドを責めた。聖女二人から責められては、リカルドは身を小さくする他に無かった。
「ふふん。話は聞かせ貰ったよっっ」
すると其処へ、第三者の声が信康達の耳に入って来た。その声は信康達が知っている人物の声だった。
「親友が困っているみたいだからね。馬上槍試合の事だったら、僕も協力しようじゃないかっ!」
そう言って来たのは、第五騎士団副団長の一人であるオストルだった。
「これはオストル様ではありませんか。御久し振りです」
オストルの存在を認識したシャナレイが、オストルに向かって挨拶をした。
「やあ、シャナレイ。久し振りだね。元気にしてた?」
「はい、程々に・・・ノブヤス様。オストル様は過去の馬上槍試合で、準優勝した経験をお持ちです。是非オストル様から、御助言を伺っては?」
シャナレイは凛とした表情を浮かべて、信康にそう提案した。とても最初に会った女性とは思えぬ程に、見事なまでに猫を被っていた。
そんなシャナレイに見惚れる隊員達が続出する中、シャナレイの本性を知っている信康は呆れつつもオストルの経歴に驚いていた。
「オストル、そうなのか?」
「うん、本当だよ。まぁ逆に言えば、準優勝までしかした事が無いって事だけどねぇ」
「・・・だったら食堂で、馬上槍試合について解説とか色々教えて貰おうか。お前等。興味がある奴は、このまま食堂に来い」
「色々教えて貰う事ね。そうだ。あたしは折角来たんだから、ノブヤスの部屋を掃除して行こうっと」
クラウディアはそう言うと、そのまま兵舎に入って行き信康の部屋へと向かった。
信康達はクラウディアを見送った後、帰って行くフラムヴェルとシャナレイを見送ってから食堂へと向かった。
「はーい。これからオストル先生の、馬上槍試合解説っ! はっじめるよぉ~~、興味ある人は良かったら聞いていってね!」
オストルが食堂でそう言うと傭兵部隊の隊員達で埋め尽くされた食堂は、歓声と拍手が鳴り響いた。
信康はそんな傭兵部隊の隊員達の様子を見て、呆れ果てる他に無かった。
「こいつ等・・・遊びでやっているんじゃないだぞ」
「でもしょうがないよ。ガリスパニア地方に名を轟かす、五勇士の一人から話が聞けるんだ。もしこれが他の騎士団や軍団の耳にも入っていたら、参加希望者が殺到しているよ」
「殺到ねぇ・・・」
信康はリカルドの話を聞いても、半信半疑な様子でオストルを見ていた。
尤もオストルの実力だけは、信康も流石に認めているのだが。
「先ず馬上槍試合の事だけど・・・これには集団戦で行う団体戦と、一騎打ち形式で行う個人戦の二部門に分かれているんだ」
「ほう、そうなのか? そうなると俺とリカルドが参加するのは、個人戦の方か?」
信康の質問に対して、オストルは首肯した。
「きっとそうなると思うよ~二人しか居ないから団体戦は無理だろうし、個人戦の方が人気があるからね」
「どうして団体戦の方が、個人戦より人気が無いんだ? 集団戦でやるなら、そっちの方が盛り上がると思うが?」
信康の純粋な疑問に、オストルはすかさず答えた。
「団体戦だと、しっちゃかめっちゃかで誰が戦ってて誰が誰に勝って誰に敗けたかとかが良く分からないんだよね。酷い時だと土埃が舞って見えなくなっている間に、試合が終わってたなんて事例もあるんだ」
「ふぅむ。それで個人戦の方が、人気があると?」
「それだけが理由じゃないけど、やっぱり一騎打ちは皆が大なり小なり憧れを持ってるからね。それで人気があるんだと思うよ~~」
オストルの話を聞いて、確かにそうだなと心中で思った。
「そうか・・・因みに武器は、馬上槍じゃないと絶対に駄目なのか?」
「良い質問だねっ! 結論から言うと・・・実は得物は規則上、何でもありだったりしますっ!」
オストルの回答を聞いて、食堂内でどよめきが起こった。
何よりリカルドの驚き具合は大きく、すかさずリカルドはオストルに質問をする。
「そうなのですかっ!? ぼっ・・・自分はてっきり、馬上槍しか許されないのだとばかり・・・」
「うーん。正確に言うと公平性を保つ為に、両者が同じ武器を使わないと駄目なんだよ。だから片方が剣を使いたくても、対戦相手が同意しないと剣にならないんだよね」
「それってつまり、実質的に馬上槍しか駄目って事ですよね?」
「その言い方だと、語弊があるかな。槍だったら種類は何でも大丈夫だよ。ただ刺突に特化した馬上槍は、馬上槍試合に有利だからねぇ。それに馬上槍試合専用の、着飾った馬上槍を持って来る人も多いかなぁ」
オストルが其処まで言うと、信康が話に割り込んで来た。
「つまり自然と槍しか使われなくなったって感じで、規則が形骸化したって事だな?」
「そう言う認識で、間違いないと思うよ」
オストルは信康の質問にそう言って答えた後、馬上槍試合についての解説を続けた。
オストルがする馬上槍試合の解説を、傭兵部隊の隊員達は熱心に傾聴していた。
すると其処へ、リカルドが手を上げてオストルに質問をする。
「オストル卿の御解説、大変参考になりました。ありがとうございます・・・ひょっとしてですが、オストル卿が自分やノブヤスに指導して下さったりするのでしょうか?」
リカルドはそう言って、期待した様子でオストルを見ていた。尤も対照的に信康は、少し嫌な顔をしていた。
「いいや、違うよ。僕って教えるの下手だし・・・でも逆に教えるのが得意な人が居るから、その人を紹介しようと思うんだっ」
オストルの話を聞いて、信康は興味心を強く抱いた。
「お前が言うなら、相当な人物なんだろうな。誰を紹介してくれるんだ?」
「ああ、それはね。僕が所属している第五騎士団団長の一族に、馬上槍試合で何度も勝利した事がある槍の達人が居るんだよ。僕と違って指導も上手だから、その人に馬上槍試合の指導して貰うってのはどうだい?」
「第五騎士団の団長の身内に、そんな傑物が居たのか」
信康の呟きに、オストルは強く同意した。
「うん。第五騎士団の顧問官でもあって、とっても強いんだ」
オストルの話を聞いて、信康は静かに思案を始める。
(騎士団団長の家族で、馬上槍試合で何度も勝ったことがあってその上で騎士団の顧問か。相当年季が入った、古兵と考えた方が良いかもな)
信康の中ではオストル話に出た傑物は、年配の老騎士ではと連想した。
(こちらも馬上槍試合については、素人みたいなものだからな。教えて貰うだけでも大いに感謝だな)
しかし信康の経験則で言えばそう言った傑物に限って、一癖も二癖もある厄介者と言う先入観があった。
「それって、どんな方なのでしょうか?」
ヒルダレイアはどんな人なのか、オストルに気になったので尋ねてみた。
「ああ、綺麗な女の人だよ」
『何っ!?』
オストルの言葉を聞いて、食堂内は騒然となった。
誰もが年配の老騎士を想像していたのか、正体が女性だと言われて驚いているのだろう。
「団長の実のお姉さんだからね。良かったらこの後、顔を出しに行こうよ。僕が紹介するからさ」
「「是非、お願いします」」
返事したのは、信康と何故かカインであった。
尤もカインは決して女性だから興味がある訳でなく、槍の達人だからと言う点が興味を持つ理由ではあったみたいだが。
「オストル副団長。その方は、副団長と比べたらどれだけ強いですか?」
「僕よりずっと強いよ~多分プヨでも五本の指に入る位じゃないかな?」
「そんなに強いのですかっ! でしたら他には・・・」
カインは積極的にオストルに話し掛けて、その女性に関して色々と尋ねていた。尤も槍の強さに関してだけで、女性である事には一切興味を持っていなかった。
「・・・カインって、何であんなに興味があるんだ?」
「ああ、カインなんだけどね。去年の戦争で、色々思うところがあったみたいだよ。現在じゃあ中隊は槍歩兵から槍騎兵に兵種変えしたし、賭博もやめて只管訓練に励んでいるんだよ」
(そんなにか。その原動力は、何が原因なんだろうな・・・まぁ良いか。それはそうと、その女性とやらに会ってみるのが楽しみだな)
信康はそう言って楽しそうに、笑みを浮かべていた。




