第343話
先に傭兵部隊の兵舎に帰還したリカルドが、第三騎士団の団員達と兵舎前で騒動を起こしている。マジョルコムの話を聞いた信康達は、ある準備をしてから兵舎前まで向かった。
信康とヘルムートとマジョルコムの三人が兵舎前に到着すると、マジョルコムの報告通り第三騎士団の団員達と傭兵部隊の隊員達が揉めていた。
「んだとっ、てめえっ!? 傭兵部隊おれたちに喧嘩を売っているのかっ?!」
「ふん、猿みたいに喧しい奴め。これだから傭兵になる者は下賤なのだ」
信康達が兵舎前に到着すると、其処ではバーンが第三騎士団の団員と言い争いをしていた。其処へリカルドがヒルダレイアを連れて、バーンの前に出て来た。
「バーン、ちょっとは落ち着きなよ」
「でもよっ、リカルドッ!」
宥めて来るリカルドに抗議するバーンだったが、リカルドが無言で睨み付けると不服と思いながらもその場を下がった。
バーンが引き下がったのを見て、リカルドは溜息を吐きながら先頭に居る第三騎士団の団員と対面する。
彫りが深い顔。ツーブロックショートにした金髪。第三騎士団の制服の上からでも分かる、筋骨隆々の鍛えられた身体をしていた。
「久し振りだね、ディエゴ兄さん。こんな所にわざわざ来た、理由は何なんだい? まさか俺の聖騎士の叙勲を、祝いに来た訳でも無いだろう?」
リカルドが話し掛けている第三騎士団の団員は実兄のディエゴだと分かったが、リカルドの声色はとても家族に向ける様な柔らかさは一切無く皆無と言える程だった。
「当然だ。我が家と縁を切った愚か者を祝いに来る程、俺は暇ではない」
「でもその愚か者にわざわざ会いに来る程度には、暇ではあるみたいだね」
リカルドの意趣返しを聞いて、傭兵部隊の隊員達からクスクスと嘲笑が聞こえた。ディエゴは青筋を浮かべてリカルドを睨み付けるが、鼻を鳴らしてから指を突き刺して言い放った、
「良いかっ! お前がどんな汚い手段を使って聖騎士の称号を貰ったのかは知らないが、俺はお前がその称号を貰った事を認めないからなっ!!」
「はぁ、勝手にすれば良いさ。どれだけ兄さんが喚いた所で、俺達が正式に認められて叙勲された事実に変わりは無いから」
リカルドは溜息を吐きながら心底冷めた様子でそう言うと、ディエゴは苦虫を嚙み潰したみたいな表情を浮かべた。
「五月蠅いっ。兎も角、俺は認めんぞっ。親父も、何かの間違いだろうと言っていたからなっ」
「はぁ・・・父さんは分かるけど、フィリペ兄さんは?」
「兄貴は普通に喜んでいたぞ。ふんっ。家を出て行った奴を喜ぶとか、兄貴も人が良いぜ」
ディエゴの話を聞いて、リカルドは苦笑しながら首肯した。
その態度に同意とばかりに、ディエゴは肩を竦めた。シーザリオン兄弟の話を聞く限り、フィリペが長男でディエゴが次男なのだろうと分かった。
「先ず一つ目の要件だが、親父からの伝言だ。『お前がこの先、どれだけ功績を立てようと復縁する事は無い』だそうだ。分かったな?」
「・・・・・・分かった。実家には近寄らない」
父親の伝言をディエゴから聞いたリカルドは、少しばかり残念そうな表情を浮かべた。そんな様子のリカルドに、ディエゴは顔を近付けて囁いた。
「本題は此処からだ・・・お前、どんな手段で聖騎士の称号を貰ったんだ?」
「は?」
「惚けるなよ。大司教に媚でも売ったのか? それとも金か?」
ディエゴが言い出した内容を耳にして、流石のリカルドもムッとした顔をする。自分の命を的にして手に入れた功績を金で手に入れたのかと訊かれたら、誰でも気分は悪くなるだろう。そんなリカルドの気持ちも知らず、ディエゴは言葉を続ける。
「そもそも、今回の叙勲そのものが可笑しいからな。選ばれたのが東洋から来てプヨ雇われた、傭兵共如きと来た。どう考えても人選がおかしい」
「随分な言い草だな。では何故人選がおかしいのか、教えて欲しいものだ」
気配を殺してシーザリオン兄弟を見守っていた信康が、漸く前に出て話に割り込んで来た。
「わざわざ兵舎に来てまで、文句を言いに来るんだ。俺達が聖騎士になった事が、そんなに不満か?」
「おう、大いに不満だ。お前みたいな東洋人に我が国の騎士の最高位の称号を得るとは、まさに恥辱の極みだ。六大神の神官共は、どいつもこいつも節穴みたいだなっ」
ディエゴはこれでもか言わんばかりに、毒を吐いて今回の六大神教団の決定を愚弄した。ディエゴの背後に居る団員達も、同意して全員が首肯して口汚く信康達を罵った。その瞬間、信康はニヤッと笑みを浮かべた。
「そうかい・・・こいつ等は言っているが、其処の所はどうなんだ? 聖女様方」
信康は首を動かして、誰も居ない筈の背後に視線を向けた。すると次の瞬間、三人もの美女が姿を現した。
「な、何だとっ?」
ディエゴ達は三人の美女の姿を見て、大いに驚愕していた。遅れて傭兵部隊の隊員達も、三人の美女の姿を見て、騒然となる。
「えっ!? 嘘だろっ?! 闇の聖女クラウディア様に、炎の聖女フラムヴェル様っ。風の聖女シャナレイ様もっ!!」
「な、何で三人も聖女様がこんな所に居るんだ・・・っ?!」
兵舎前が騒然とする中、クラウディア達が信康より前に出てディエゴの前に立った。
何故クラウディア達が隠れていたのかと言うと、絡繰は単純である。聖騎士関連の騒動だと察した信康は、クラウディア達に隠蔽の魔符を渡して隠れる様に伝えただけだ。
そして信康がディエゴ達が決定的な失言を引き出して、クラウディア達を登場させたのである。こうなってはディエゴは、最早逃げ場は無いと言えた。
「随分な言い草を耳にしたけど先刻さっきの言葉は、ノブヤス達を祝福したあたし達聖女ひいては六大神教に喧嘩を売ったと取って良いのかしら?」
「なっ?! めっ、滅相も無いっ!」
ディエゴはその場で、クラウディア達に向かって跪いた。ディエゴに遅れて、他の団員達も倣って跪いた。すると今度はフラムヴェルが前に出て来て、ディエゴの前で立ち止まった。
ドゴォッ!
「がはっ!?」
するとフラムヴェルがいきなりディエゴを、思い切り蹴り飛ばした。フラムヴェルに蹴り飛ばされたディエゴは、背後に居る団員達にぶつかってドミノ現象を起こし次々と倒れた。
「滅相も無い、じゃねぇんだよ。今更取り繕って、あたし達を誤魔化せると思うなよっ」
「フラムヴェルの言う通りねぇ。あんた達がどう思ってそう言ったかどうかなんて、正直に言うとどうでも良いのよ。要はあたし達がそれを侮辱と受け取ったかどうかが重要なのだから」
フラムヴェルは蹴り上げた足を降ろしてからディエゴ達をそう言い、更にクラウディアが畳み掛ける様にディエゴ達をそう言って脅迫した。
すると今度は最後まで沈黙していたシャナレイが、悲しそうな表情を浮かべてディエゴ達をどん底に叩き落す発言を行う。
「貴方がたの仰られた事を聞いて、私はとても悲しかったです。これは第三騎士団の団長閣下にお伺いして、あの発言が第三騎士団の総意なのか確認しなくてはなりませんね」
シャナレイの発言を聞いて、ディエゴ達の間に悲鳴が飛び交った。
すると団員達の何人かが前に出て、シャナレイの前に跪くのではなく平身低頭で土下座し始めた。
「シャ、シャナレイ聖女様。どうかそれだけは、それだけは御許し下さい」
「もしこの事が団長達の耳にでも入ったら、我々はおしまいですっ。どうか・・・」
団員達は身体を震わせながら、シャナレイに向かって許しを懇願していた。中には涙を流し鼻水すら情けなく垂れ流して、兵舎前の床を濡らしている。
するとフラムヴェルに蹴り飛ばされたディエゴが、他の団員に支えられながら遅れてシャナレイの前に跪いた・・・。
「聖女様っ・・・どうか、御許しを・・・・・・」
ディエゴは鼻血を垂れ流しながら、シャナレイに許しを懇願した。クラウディア達が登場するまで、あれだけ粋がっていたディエゴ達が身体を震わせながら怯えているの無理は無い。
もしこの騒動が第三騎士団の耳に届いたら、間違いなくディエゴ達は厳罰に処されるのは火を見るよりも明らかだからだ。
六大神教団の決定を不当に侮辱すると言う事は、即ちプヨ王国の宗教関係者を全て敵に回すと言っても過言ではない。
第三騎士団は当然ディエゴ達の為に宗教関係者を敵に回す訳も無く、蜥蜴の尻尾切りとばかりにディエゴ達を不名誉除隊処分にするだろう。そしてディエゴ達の実家も、火の粉が飛ぶのを恐れて即座に絶縁して見捨てるのは間違い無かった。
そんな絶望的な未来が脳裏に過って怯えるディエゴ達の様子を見て、傭兵部隊の隊員達はざまぁ見ろと溜飲が下がる思いをしていた。其処へ信康が移動して、ディエゴの前に立った。
「他の奴等は土下座してんのに、何お前だけ一丁前に跪いてんだ?・・・頭が高いんだよ、間抜けっ」
「があっ!?」
信康はそう言ってディエゴを嘲笑すると、足をディエゴの頭に乗せて思い切り踏み付けた。
信康に頭を踏み付けられたディエゴは、そのまま床にのめり込む勢いで床に叩き付けられる。
「と、東洋人っ。貴様っ・・・」
信康に頭を踏み付けられたディエゴは、苦しそうにくぐもった声で信康を下から睨み付ける。他の団員達もディエゴを助けようと、思わず腰の得物の柄に手を掛けようとした。
「このまま処分してやっても良いけど、それじゃあ面白くないわよね・・・そうだわ。あたしの言う条件を受け入れるなら、今回だけは許してやっても良いわよ」
クラウディアがそう言うと、ディエゴ達の嗚咽は止まりディエゴを除く全員が顔を上げた。一方で信康達は、何を言い出すんだと思いながらクラウディアを見ていた。
「許してやる条件は、豊穣天覧会に参加する事よっ」
クラウディアが口にした初めて聞く言葉に、信康は首を傾げた。なのでディエゴを踏み付けつつ、リカルドに尋ねた。
「リカルド、その豊穣展覧会って何だ?」
「えっ?・・・ああ、そうだよね。エルドラズに居たんだから、ノブヤスが知っている訳ないか。収穫祭に開催される、催しの一つなんだよ・・・それはそうと、いい加減兄さんから足を退けてやってくれないかい?」
「ふぅん。まぁ大会みたいなもんか。ん? そう言えば、ナンナの奴も似た様な事を言っていた気が・・・まぁ良いか」
信康はリカルドの要望通りにディエゴの頭から足を退けると、そのまま蹴り飛ばした。そんな乱暴な信康の行動に顔を顰めつつも、リカルドは豊穣展覧会の解説を続ける。
「・・・まぁ簡単に言えば、そんな感じかな。で、その豊穣天覧会ってのは、騎士にだけが参加資格があるんだ。剣術大会や弓術大会に、馬術大会。腕相撲や重量挙げとか、自分の実力を誇示する大会ばかりだね」
信康が納得しながら豊穣展覧会について理解している間も、クラウディアは引き続け許す条件をディエゴ達に話し続けていた。
「あたし達がノブヤス達を祝福した事に不満に思うのだったら、この豊穣天覧会でこの二人に勝ってみなさい」
「お、そうだな。最初は何言ってんだと思ったけど・・・あたし達が認める聖騎士に勝てるんだったら、その実力は認めてやらなくちゃなぁ」
「そうですね。もしこの御二人に勝てるのでしたら、聖騎士に推薦しても良いかもしれませんね」
クラウディア達の話を聞いて、ディエゴ達は笑みを浮かべた。
「承知致しましたっ! 必ず御期待に添えて御覧に入れますっ! おい、リカルドと其処の東洋人。|
馬上槍試合[で勝負だっ!」
「はぁ? 馬上槍試合?」
ディエゴの提案を聞いて、信康は再び初めて耳にする言葉に首を傾げた。
少なくとも馬上槍試合は、リカルドの解説には出て来なかった単語であった。
「分かった。受けよう」
すると信康が意味を知る前にリカルドが即答で承諾したので、関係者にも関わらず信康は口を挟む暇が無かった。
「よし、首を洗って待っていろよっ!」
ディエゴはそれだけ言うと鼻血を押さえながら、団員達を連れて傭兵部隊の兵舎から出て行った。
これ以上兵舎に居たら、どんな目に遭うか分からないからだろう。
ディエゴ達が居なくなると、一気に静かになり思わず残された全員が溜息を吐いた。
すると信康が顔を顰めながら、リカルドの腹部に向かって一発殴った。
「がはっ!? の、ノブヤスッ。いきなり何をするんだいっ?」
「お前な、リカルド。俺も関わっているのに、勝手に話を進めるなよなっ」
「あ・・・」
信康の苦言を聞いて、リカルドは今更ながらしまったと言う表情を浮かべる。
そんな友人の様子を見て、信康は溜息しか吐けなかった。
「勝手な事ばかりしやがって・・・」
「す、すまない」
「もう良い。今更言っても、覆水盆に返らずだ。決定事項だからこれ以上とやかく言う心算は無いが、お前が言っている馬上槍試合について教えてくれ。豊穣展覧会について教えて貰う時に、その単語は無かったぞ」
信康は疲れた様子を見せながらも、リカルドに馬上槍試合について説明を求めた。




