第341話
「邪魔するぜ」
待合室に入るなりそう言うのは、信康が唯一見知らぬ聖女だった。
橙色混じりの赤髪のポニーテール。整った顔立ち。猫みたいに吊り上がった目。紫水晶を連想させる紫色の瞳。
先程まで来ていた服装とは違い赤いジャケットを前を開けて羽織り、その下には黒のインナーを着ていた。下は動き易い様に、パンツを穿いていた。
ジャケットの前が開いてるので、メロンみたいな胸がドンと突き出しくびれた腰が丸見えであった。
尻も鍛えられているからか、キュッと引き締まっているのが分かる。
「ええっと、あんたがエストーラ・ドゥ・ベェルスティアで良いんだよな?」
「ああ、そうだぜ。お前がノブヤスだな?」
エストーラがそう尋ねて来たので、信康は頷いた。
すると、エストーラは信康に顔を近付ける。
後少しで唇が重なると思われる所まで、躊躇無く近付くエストーラ。
「・・・・・・・」
信康はその紫の瞳を少しも反らさず、ジッと見る。
「・・・・・・へぇ。中々、胆があるみたいだな。フラムが気に入るのも分かる気がするぜ」
「それはどうも」
信康は頭を下げた。
そして、顔をあげるとフラムヴェルを見る。
「・・・・・・ふんっ」
フラムヴェルはプイっと顔を反らした。
「それにしても、初めてお会いした時は此処までする人達とは思いませんでしたよ」
マルファは本当に驚いた顔をしていた。
「それについては、俺達も驚いているよ。なぁ、リカルド?」
「そうだね。正直に言って聖騎士の称号を貰うとは思わなかったからね」
信康の言葉に同意するかの様に、リカルドも頷いた。
「ところでよ。どうしてあんた達聖女様方が、俺達に加護をくれたんだ?」
信康は其処が気になっていた。
知り合いではあるが、其処まで親しくしている訳ではない。
「ああ、それはな、こいつの妹が頼んだんだよ」
フラムヴェルがルティシアを指差しながら言う。
「私の方に『この前、あいつがね。聖女の加護とか受けたら嬉しいなって言っていたのよ。全く、そんな事をあたしに言うなんて、あたしは聖女じゃあないって言ってやったわ。でも、そう言うと、残念そうな顔をしていたわ。まぁ、あいつにはお似合いだけど・・・・・・でも、聖女の加護を受けたら喜ぶでしょうね』と言って来ました。なので、此処はお姉ちゃんとして妹の希望に答えようと思いました」
私、良い姉でしょうと言いたげに胸を張るルティシア。
「あたしの方にもあいつがな『し、知り合いが騎士に叙勲されるそうなので、何処かの神の加護を与えてくれると、本人も喜ぶと思うんですよ。あっ、べ、別にあたしが頼んだわけじゃないんですけど、その知り合いがそうしてくれると嬉しいな~と言っているのを、偶々、偶然小耳に挟んだんですよ、この間』とか『出来れば、六大神の聖女とかもしくは従属神の中でも高位の司祭の加護を受けると嬉しいな~とその知り合いが言っていたんですよ。全く、身の程知らずですよね~』と、あたしに言って来たんだよ。顔を真っ赤にして」
その光景を思い出しているのか、フラムヴェルは口元を抑えながら肩を震わせている。
「はぁ・・・それで御二人はアンヌの要請を受けて、御加護を授けて下さったと? 嬉しいが、それって公私混同じゃ・・・まぁ良いか・・・で、他の聖女方は?」
「私はフラムから頼まれたから、参加しただけよ。エストねえ・・・じゃなかったエストーラ様もそうですよね?」
「ああ、妹に頼まれたからな」
「へぇ、じゃあ、二人は姉妹なのか?」
信康はエストーラとフラムヴェルを指差しながら訊ねる。
「ああ、あたしが姉でフラムが妹だ」
エストーラはフラムヴェルの頭を撫でながら言う。
フラムヴェルは頭を撫でられて嫌そうな顔をしながらも、そのままにエストーラの好きにさせていた。
「じゃあ、そちらの二人は?」
信康が顔を向けた先には、クラウディアとシャナレイが居たので訊ねた。
クラウディアは兎も角、もう一人に関してはほぼ初対面だ。あの出来事があったから加護を与えると言うのは事前に決定していた事実から見ても辻褄が合わないし、知己を通しても加護を与える程の知り合いかと言われたらそうでもないと言う関係であった。
「ふん。あたしは別にしなくても良かったけど、久し振りに公式行事に顔を出す様にと大司教が煩かったから、あんた達にしただけよ」
目を細めながら言うクラウディア。
それはまるで信康を、睨んでいるかの如くであった。
「・・・・・・総隊長。今思ったんですがクラウディア様って偶に兵舎にあるノブヤスの部屋に掃除に来る、あの女性に似ていません?」
「はは、気の所為だろう」
リカルドはクラウディアを見て、コッソリとヘルムートに訊ねた。
ヘルムートは人違いだと言い目を反らした。
信康は頬を掻きながら、シャナレイの方を見た。
「ふふ、全ては神の思し召しです」
微笑みながらそう言うシャナレイ。
その笑みは、他にも何かあると言いたげな笑みであった。
「そうかい」
信康は肩を竦めた。
そして、リカルドを見る。
「一応聞いておくが・・・俺は知り合いだと言う事で、聖女の加護を貰ったけどよ。こいつは俺のついでに加護を貰ったのか?」
信康は気になったので訊ねた。
「えっ、それ聞く!? 正直に言って、聞き辛かったのにっ?!」
リカルドは驚愕しながらも、信康がそう言うのが気になったのかクラウディア達を見る。
ルティシア達はこの中で、一番最年長であるエストーラを見る。
全員が聖女を代表して、答えて下さいと言いたげな目だ。
そんな視線を感じて、エストーラは溜め息を吐いてリカルドを見た。
「んな訳ねえだろうが。あたし達は誰かに加護を与える場合は、先ず神にお伺いを立てるんだよ。この者に加護を与えても、構いませんかってな。そうしたらノブヤスだけじゃなくて、お前も加護を与えるようにと、あたしと他の聖女達の神様から同じ啓示が来た。だからお前にもしたんだよ」
「そ、そうですか・・・・・・ほっ」
決して信康のおまけではないと分かり、ホッとした顔をするリカルド。
ヘルムートはポンッとリカルドの肩に手を置いた。
「良かったな」
「はいっ」
自分の功績が神々、それも六大神に認められてリカルドは嬉しそうな顔をした




