第338話
プヨ歴V二十七年六月二十六日。
翌朝。
信康と女性は、何度か店を代えて飲み歩いた。
そして、適当な宿で一夜を明かした。
朝になったので、宿を出ると二人は別れて、自分の住む所に戻る事にした。
「ねぇ、本当に私の男にならない? 一生、面倒を見てあげるわよ?」
「ははは、断る」
信康は笑みを浮かべた。
信康が承諾するのを聞いた美女は、満面の笑みを浮かべて信康に抱き着いて来た。
「残念ね。じゃあ、また時間が出来たら、豊穣の風の吹く亭に来て頂戴ね」
「その豊穣の風の吹く亭とやらは、お前の行き付けの店か?」
「そうよ。其処の店長マスターに『ウラモイトールンの娘がやって来て、会いたい』って言えば、私に言付けしてくれるわ。その店にも私は良く行くから、運が良かったら会えるでしょうね。料理もお酒も美味しいから、行って損は無いのは確かよ」
「そうか。覚えておこう」
「じゃあね、ノブヤス。また会いましょうねぇ~♥」
「ああ、またな・・・って、何っ!?」
信康が驚いたのは、名前を教えた覚えが無いのに自分を知っていた事だ。慌てて声を掛けようとしたが信康は驚いている内に、美女は姿を消していた。
「・・・新聞を読んで、俺だと分かっただけかもしれん。深く考える必要は無いか」
信康はそう思う事にして、斬影に騎乗して急ぎ傭兵部隊の兵舎へと帰還した。
すると信康が兵舎に戻った際にヘルムートから、『帰って来るのが遅い! 遅刻するぞっ!?』と大目玉を喰らう羽目となった。信康は平謝りしつつ、プヨ王宮へ向かう準備を大急ぎで行った。
プヨ王宮内の待合室。
其処に信康とリカルドと付き添いとして、ヘルムートが居た。
ヘルムートもリカルドも勿論だが、信康もアンヌエットに買った礼服に身を包んでいた。
「ち、ちょっと緊張して来たな」
「そうか? ただ騎士の称号を貰うだけだろう。其処まで緊張する事ではないと思うぞ」
リカルドはソワソワしていたが、信康は泰然と構えていた。
「うう、その胆の太さを少し分けて欲しいよ」
「そんな事が出来たら、逆に怖いだろう」
何を言っているんだこいつ、みたいな顔を信康はする。
「それにしても、何か解せないな」
「何がだい、ノブヤス?」
信康が呟いた一言を聞いて、リカルドは不思議そうな表情を浮かべた。
「俺達の叙勲式だよ。此処に来る途中で思ったんだが、何か物々しくないか?」
信康はそう言うと顎に手を添えて、うーんと思案し始めた。
「そうかなぁ? 式典って、こう言うものだと思うけど」
「だからって、大仰が過ぎると思うんだよ。俺達に叙勲されるのは騎士位で、貴族の爵位じゃないんだぞ。貴族の叙勲式だって、対して派手でも無いそうだし・・・それにちょっと話を聞いてみたら、俺達二人しか叙勲されないらしいじゃねえか」
信康の話を聞いて、ヘルムートも難しそうな表情を浮かべつつ同意する。
「確かに信康が不思議に思う気持ちも分かる。騎士位の叙勲って奴は、普段だと無いからな。平時だと受勲された事を通知しか来ないんだ。戦時だったら戦争が終わったら、論功行賞の時に叙勲して貰えるけどな。何せそうしないと何万も居る騎士の為に一々叙勲式なんざやってたら、それだけでプヨの国庫が空になっちまうからな」
「・・・・・・総隊長が仰った事が事実なら、自分達ってかなり異例な事に巻き込まれているって事ですか?」
ヘルムートの話を聞いて、リカルドの表情にも不安の色が宿った。
「・・・まぁ難しく考えても仕方が無いか。取り敢えず、貰えるもんは貰っておこうぜ」
「ははっ。お前は楽観的なのか慎重なのか、今一つ分からんな・・・まぁお前等の武勲が派手だから、内外に存在を知らしめるって思惑もあるとは思うんだが・・・二人共、実はだな。騎士位の叙勲で、大仰に行う奴が一つだけあるんだ」
ヘルムートにそう話を切り出された信康とリカルドは、互いに顔を見合わせて驚いた。
二人はヘルムートから話の続きを聞こうとしたその瞬間、コンコンと待合室の扉がノックする音が響いた。
ノック音がしてから、少ししてから扉が開いた。
待合室に入室して来たのは、プヨ王宮の侍従だった。
その侍従は待合室に入室するなり、信康達に向かって恭しく頭を下げた。
「式典の準備が整いましたので、御案内致します」
そう言って侍従は、自分に付いて来る様に合図をした。
それを見て、信康達は椅子から立ち上がった。
リカルドだけは椅子から立ち上がるなり意味も無く頭を下げたり、歩こうとしたら脛をテーブルの角にぶつけてして悶絶していた。
((気持ちは分かるけど、落ち着けよ))
落ち着きの無いリカルドの様子を見て、信康とヘルムートは同じ事を思った。
リカルドも落ち着こうと、深く息を吸って吐き出した。それを何度も繰り返して、漸く落ち着いた。
「・・・・・・良しっ」
「じゃあ、行くぞ」
ヘルムートが侍従に目を向ける。
侍従も頷いて、信康達の案内をしてくれた。
待合室から出で十数分歩いた所で、信康達は謁見の間の前に着いた。
「着いたな」
「あ、ああ、そうだな・・・・・・」
リカルドはまた落ち着き無くなったので、ヘルムートがリカルドの背中を叩いた。
「っ!」
「しゃっきとしろ。叙勲式に参加するのだから、だらしない姿を見せてみろ。他の騎士や貴族達に舐められて侮られるぞ」
「総隊長・・・・・・」
「ノブヤスを見ろ。あんな大山みたいに揺るぎもしない泰然とした態度で、騎士の称号を貰うんだ。最低でもこれ位はふてぶてしい方が、印象に残ってもんだぞっ」
「・・・・・・総隊長、それは褒めてる心算ですか?」
「勿論だ」
ヘルムートは自信満々に言う。
信康は釈然としない思いを抱きながら、深く息を吐いた。
「だが、総隊長の言う通りだ。そんなにビクビクしていたら、他の奴等に舐められてもおかしくない。良いか、リカルド。お前が舐められると、傭兵部隊も舐められるんだ。リカルドが侮られるのは勝手だが、傭兵部隊おれたちを巻き込んでくれるなよ?」
「そ、そうか。分かった」
信康から強烈な叱咤激励を受けて、リカルドは頬を叩いて気合を入れた。
これなら大丈夫だろうと思う信康。
「よろしいでしょうか?」
侍従が謁見の間の大扉を、開けても良いかと訊ねて来た。
「ああ、よろしくお願いする」
ヘルムートが返事をすると、侍従が謁見の間を警備している近衛師団の団員に目を向ける。
団員達が持っている槍の石突で、床を叩いた。
すると、謁見の間の大扉が開いた。
信康達はヘルムートを見ると、ヘルムートは頷くだけで何も言わない。
なので、信康達は謁見の間に入っていった。
謁見の間に入ると部屋の中央に赤い絨毯が敷かれており、その両側に正装した騎士や貴婦人、貴族に宮臣達が並んでいた。
信康は平然としていたが、リカルドは眩暈を起こして既に倒れそうになっていた。呆れた信康がリカルドの脇腹に肘打ちすると、リカルドはピシッと体勢を立て直した。
これなら大丈夫だろうと思い、信康は歩き出した。少し遅れて、リカルドもその後に続いた。
絨毯の先には石段があり、その石段を上がった先には玉座がある。
その玉座には現プヨ王国国王、ヴォノス王が鎮座していた。
信康達は石段から十歩程離れた場所で止まり、ヴォノス王に跪いて頭を垂れた。
するとヴォノス王の傍に居る宮臣が、声を上げた。
「これより聖騎士の叙勲の儀を執り行う」
その宮臣がそう言うと、広間にざわめいた声が湧き上がった。
ヴォノス王が右手を上げると、その声は途端に静まった。
「先ずは六大神からの祝福の儀を行う」
その宮臣がそう言って扉近くに居る、団員に合図を送るとまた大扉が開いた。
大扉から入って来たのは、六人の美女だった。
その場に跪いている信康達は振り返る事は出来なかったが、入って来た人物達の存在が凄いのか広間にいる者達からはどよめきの声が上げる。
信康は振り返りたいなと思いつつも我慢して、その場で頭を垂れ続けた。
そして部屋に入って来た者達が石段の所まで来ると、ヴォノス王に一礼してから背中を向けた。
「面を上げよ」
「「はっ」」
ヴォノス王から顔を上げて良いと言われたので、信康達は顔をあげた。
それにより、部屋に入って来た者達が誰なのか分かった。
(ルティシア、フラム、マルファそれにクラウと・・・っ!?)
自分の前に居る美女達を見て、驚愕する信康。
何故なら入って来た六人は一人を除いて、全員が顔見知りだったからだ。
何故一人なのかと言うと信康の目前に居た一人が昨日、青い満月で偶然出会ってなし崩し的に親しくなった美女だったからだ。




