第336話
傭兵部隊の兵舎に戻った信康は、先ずはルノワに会う事にした。
そのルノワを探していると、偶然にもジーンに出会った。
ジーンは前にルノワとは同室の同居人だった事もあり、公私共に親しくしている。なのでジーンならばルノワが何処に居るか知っているのではと思い、信康はジーンに声を掛けた。
「よぅ、ジーン」
「ああ、ノブヤスか。どうした?」
「実はな、ルノワを探しているんだが・・・何処に居るか知っているか?」
「ルノワを? ルノワだったら午前の訓練が終わった後、外出届を出してコニーと鈴猫リンマオと一緒に兵舎を出て行くのを見たぞ」
「ルノワがコニーと鈴猫を連れて一緒に? そうなのか」
ルノワは基本的に、傭兵部隊の兵舎の中で過ごしている。
全く出掛けない引き籠りや出不精と言う訳では無いし、出掛ける時は他の女性陣と一緒に出掛ける。
信康はそれを知って、今日は偶々その日なのだろうと思った。
「ルノワが外出したのなら、仕方ない。ジーンはこの後、用事とかあるか? これから酒でも飲んでゆっくりしようって、思ってるんだけどな?」
「あー悪いな。今日はトモエとヌイを、俺の実家が経営している牧場に連れてく予定なんだよ」
「そうか、なら良い。ゆっくりして来い」
信康はそれを聞いてジーンと一緒に中年女性の管理人に外泊届を提出してから、傭兵部隊の兵舎前で別れた。
「さて・・・偶には一人で飲むのも良いかな。うっかり酔い潰れて、何かやらかさない様にしないとな」
斬影に騎乗しながら、信康はそう呟いていた。
信康は暫く斬影で移動を続けた後、ある場所に向かう事にした。
プヨ歴V二十七年六月二十五日。昼。
信康は斬影に騎乗しながら、ヒョント地区のある場所に向かっていた。
その場所とは、以前にセーラと逢瀬で入った青の満月だ。既に青の満月の店内からは、ざわざわと人の声が聞こえていた。
「・・・・・・ふむ。一年振りに、此処で飲んでみるか」
信康は青の満月で、一人酒をする事に決めた。
最早懐かしさすら感じる年代物の銅の取っ手が付いた扉に、信康は手を掛けて開けた。
青の満月の店内は、信康が最初に来た時と同様に客で賑わっていた。
店員も注文取りや注文の品を運ぶ為に、信康の前を行ったり来たりしていた。
「おや、あんたは・・・」
「おっと、静かに頼む。騒がれたくないんだ」
店長が信康の存在を知るが、信康が静かにと言うジェスチャーをした。
すると店長も無駄に店内を騒々しくしたく無かったのか、黙って首肯した。
「分かった。其処が空いてるから、座ったら良い」
店長が指差しした方向を信康が見ると、其処には丁度一人分のカウンター席が空いていた。
その席に座る前に腰に差している鬼鎧の魔剣を、腰から抜いてカウンター席に立て掛ける。
青の満月の店長は、改めて信康に話し掛けた。
「どうする?」
「そうだな・・・」
信康は店の壁に掛かっている、メニュー表を見た。
「・・・・・・麦酒と、お勧めを一つ。昼食めしはまだ食べて無くてね」
「あいよ」
そう言うと店主が、パンを取り出して何か作り始めた。
その間、信康は青の満月の店内を見回していた。
去年と同様に吟遊詩人と思われる、その人物が奏でる楽器の音楽と歌が聞こえて来る。
何より青を基調とした店内を、信康は気に入っていた。
次に信康は青の満月の店内に居る、客達に視線を向けた。
客人達は全員、楽しそうに酒を飲みながら過ごしていた。
それだけ、この青の満月が、良店と言う事なのだろう。
「zzzzz」
右隣から寝息が聞こえて来たので、信康はそちらに目を向けた。
其処にはソバージュの髪型をした、金色の長髪の女性が居た。腕を枕にして寝ているので、信康の位置からでは表情までは分からない。
(こんな真っ昼間から酔い潰れてるとか、筋金入りの酒飲みと見た)
信康はそう思いながらも、酒場で酔い潰れている客など別に珍しい存在では無い。態々声を掛ける理由も無いので、信康はそのまま寝かせる事にした。
「はい。お待ち」
店長が料理が大量のサンドイッチと共に、木で出来たジョッキを信康の前に置いた。
信康はジョッキを掴もうと、手を伸ばした。
すると右横から伸びた手が、信康が掴む前にジョッキを取って行った。
「はい?」
信康は横に目を向けると其処には先刻まで寝ていた女性が、信康が頼んだ麦酒を美味しそうに飲んでいた。
「ング、ング、プハ~ああ、おいしいわ~」
一気に飲んで、そう吐息した。
顔を上げた御蔭で、女性の素顔が見えた。
小顔で見目麗しい顔立ち。緑色の瞳。スレンダーな体型で胸は大きくは無いが、だからと言って小さくも無いと言う中間の大きさだ。腰と尻はキュッと引き締まっていた。
上は茶色の服で、下は薄緑色のパンツを穿いていた。
「おい、姉さん。俺の酒を飲むとは、どう言う了見だ? 飲みたいのなら、自分で頼めよ」
「あら、やだ、ごめんなさい~さけのにおいがしたから、ついてがのびちゃって、あっははは」
顔を赤らめながら、ケタケタと笑う美女。
これは相当、泥酔しているなと思った信康。
「・・・・・・ふぅ、仕方がないか。店長、追加で麦酒を後二つくれ」
「あいよ」
店主はそう答えて、麦酒を新しく注いだ。
「そらよ。麦酒、二つお待ち」
「ありがとう」
信康はジョッキを二つ持って一つは自分に、もう一つはその美女の傍に置いた。
「お前も飲むか?」
「ええ~? 良いの~? じゃあおことばにあまえて~」
女性は躊躇なく、ジョッキを取る。
「じゃあ、乾杯」
「かんぱい~」
袖振り合うも他生の縁だなと思いつつ、信康はその美女と乾杯する事にした。




