第332話
「・・・・・・と言う事がありましてね」
「成程な。そう言う訳か」
信康達は謁見の間を出て、待合室でギネヴィーナと知り合った経緯を話した。
ヘルムートは信康の説明を聞いて、納得した様に頷いた。
「へぇ、まさかアリスフィール殿下に呼ばれたその縁で、ギネヴィーナ殿下とも出会うなんてね。凄い縁だなぁ」
リカルドは話を聞いて、面白そうな顔をしていた。
「最初こそアリス達に置いて行かれて困り果てていたんですが、結果的に思わぬ縁が結べました」
「ふっ。こう言うのを禍を転じて福と為す、って言うんだったか?」
ヘルムートもリカルドと同様に、面白そうな顔をしていた。
「・・・しかし、俺とリカルドが騎士か。何か唐突過ぎて、実感が湧かないな」
「それは同感だね。正直言うと未だにその話を目の前で通達されても、実はこれは夢か或いは性質の悪いドッキリか? と思っているよ」
リカルドがしみじみと感じながら言うので、信康はリカルドの頬を引っ張った。
「にゃ、にゃにをする!?」
「いや、別に。ただ夢とか性質の悪いドッキリとか言うから、眠気覚ましになるかと思ってよ」
「起きてるから!?」
リカルドが勢い良く、信康の手を振り払った。
「ははっ。で、どうだ? 痛いから夢じゃないだろう?」
「分かってるって」
「その辺にしとけ。もう王宮に用は無いから、さっさと帰るぞ」
そうやってじゃれ合う信康とリカルドに、ヘルムートは傭兵部隊の兵舎まで帰還すると告げる。二人は承知すると、ヘルムートはある事を二人に尋ねた。
「ふぅ、明日とか性急過ぎるな。ちゃんと礼服が必要になるんだが・・・二人共、礼服を持っているのか?」
「ああ、それは・・・」
信康とリカルドは、困った様子で頭を抱えた。
「正直に言うと、儀礼用の礼服なんか持ってないんだよな。と言うか、明日までに間に合うか?」
「実家に行けばあるにはあるけど、採寸サイズも合わないだろうし・・・正直に言うと、行きたくないんだよね。どうしようか?」
信康とリカルドは、顔を突き合わせて悩んでいた。
「ああ、別に心配は要らないぞ。特注品の礼服を、用意する必要は無いんだ。店にある既製品で問題ないから、直ぐに服を買いに行くぞ。礼服の代金だったら一人に付き一着分だけ、王宮が負担してくれる事になっているから金の心配はしなくても大丈夫だ」
ヘルムートがそう言いだしたので、信康達は同じタイミングで顔をヘルムートの方を向けた。
「「本当ですかっ!?」」
「こんな事で嘘吐いてどうする。王宮からしたら、ちゃんとした服で来てくれないと困るだろうが。そうと決まったら、さっさと行くぞ」
「「了解です」」
信康達はそのまま、プヨ王宮を後にした。
プヨ王宮を出た信康達はケル地区にある、高級服飾店に向かった。何とその高級服飾店は以前に、信康とアリスフィールが入店した事があった場所だった。
信康が入店したのを店長が確認すると、その場で賓客扱いで礼服を見繕って貰った。
店長を筆頭に店員達がほぼ総出で対応したので、信康達の礼服は素早く完成した。
「・・・おい、ノブヤス。何でこんな超VIP扱いなんかされているんだ?」
ヘルムートとリカルドが困惑する中、信康は二人に自分がアリスフィールと初めて出会った際に、この高級服飾店を利用した事がある事を告げた。
「えっ!? そうだったのっ?・・・そう言えば、去年の新聞で殿下のそっくりさんが高級服飾店に入ったとか妙な事が新聞に書かれていた様な・・・?」
「あはははっ、懐かしいな。俺も良く覚えているぞ。最初に見た時は、笑いを堪えるのに必死だったな」
信康達は店内で雑談をしていると、唐突に声を掛けられた。
「あら、ノブヤスじゃない」
そう言って信康に声を掛けたのは、アンヌエットだった。
「よう、あの日以来だな」
「あんた、こんな所で何をしているの?」
信康はヘルムートを見た。
真実をアンヌエットに教えて良いのか、確認の為にだ。
ヘルムートが頷いたので、信康は教える事にした。
「実は明日の朝に、騎士に叙勲される事になってな。それでその式典に着て行く礼服を、見繕って貰った所なんだ」
「叙勲? 今更過ぎる話ね。どんだけグズグズすれば気が済むのよ」
「それは言ってやるなって。向こうにも事情って奴があるんだから」
悪態を吐くアンヌエットに対して、信康はどうどうと言いながら宥める。
「はぁっ。まぁあんたがそう言うんだったら、あたしはこれ以上何も言わないけど」
「助かる。それはそうと、お前は買い物にでも来たのか?」
「ああ、それは」
アンヌエットが答えようとしたら、別の声が飛んで来た。
「アンヌ~こっちの服とかどうですか?」
「ルティ姉様。私はこっちの方が良いと思うのですが」
二人の女性の声が、信康達に聞こえて来た。
その声を聞いて、アンヌエットは苦虫を噛み潰したが如き顔をし出した。
信康が声をした方に目を向けると、其処に居たのは一人の美女と一人の美少女だった。
美女の方は白色を基調とした服に黒のホットパンツを穿き、金髪を三つ編みにして後ろに流している。もう一人の美少女は、同じ色の髪を姫カットにしていた。
二人共似た様な顔立ちなので、姉妹なのだろうと簡単に推測出来た。
「あら、貴方は?」
「あっ、この人はっ」
二人は信康を見るなり、アンヌエットを見た。
「アンヌ。今日は逢瀬の約束でもしていたのですか?」
「違うわよっ!? と言うかノブヤスこいつとは、別にそんな関係じゃないからっ!」
ルティシアがそう訊いて来たので、アンヌエットは慌てて信康を指差しながら否定した。
「そうだな。別に変な関係じゃないな。一緒に買い物して、服を選んだ程度の仲だ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
信康の言葉を聞いて二人はそれを逢瀬と言うのでは? と目で指摘していた。
「っ!? あたしだって、男の友達ぐらい居るわよ!」
かあっと顔を赤くしながら、叫ぶアンヌエット。
その姿はまるで、威嚇している猫みたいであった。
「はいはい。どうどう」
信康はアンヌエットの頭を撫でながら、落ち着かせようとした。
「~~~」
アンヌエットは頭を撫でられて、一瞬だけ嬉しそうな顔をした。しかしルティシア達が見ている事に気付き、顔を引き締めた。
「んんっ・・・何でこちらに聖女様方がおられるのですか?」
ヘルムートが咳払いしながら、ルティシアに訊ねた。
「今日は私とアンヌが非番なので、久し振りに姉妹で買い物でもしようと思いまして」
「成程」
ルティシアの説明を聞いて、納得したヘルムート。
「・・・・・・総隊長? この方はもしかして、あのルティシア・ドゥ・グダルヌジャン様なのですかっ!?」
「しっ、声が大きいわよ。此処にはお忍びで来ているのだから」
アンヌエットが静かにと言うジェスチャーを取るので、リカルドは口に手を慌てて当てる。そして周囲を見たが、特に何も起こっていない。
「聖女様でも買い物をするんだな。俺はてっきり直接自宅に商人を呼んで、欲しい物を作らせたり持って来させたりするのかと思ったぜ」
「あはは。そんな何処かの貴族みたいな事はしませんよ」
信康の例えが面白かったのか、上品に笑うルティシア。
「ルティ姉様。こちらの方々は誰ですか?」
金髪の女の子はヘルムート達を見て、ルティシアに訊ねた。
此処で信康が入らないのは、アンヌエットと親しくしているので、どんな人物か分かっているから聞かないのだろう。
(この娘だな。この前のアンヌエットの買い物の時に、ルティシアと一緒に変な格好をして後ろから付けていた娘は)
信康はルティシアの事をルティ姉様と呼んでいる時点で、アンヌエットの話に訊いていた末妹なのだろう。
「この方々は・・・・・・誰でしたっけ?」
ルティシアは首を傾げる。
それを見て、ヘルムート達はズッコケた。
「すいません。お名前を伺っても宜しいですか?」
「は、はい。自分は」
ヘルムート達が自己紹介している間に、信康はアンヌエットの傍に寄る。
「ところで、あの娘は?」
「末の妹よ。名前はマリア・グダルヌジャン」
信康はアンヌエットから紹介されたマリアを見た。
青い瞳。可愛い顔立ち。ルティシア達を幼くしたような容姿だった。
「・・・・・・・お前よりも、ルティシアに似ているな」
「そうなのよね。まぁちょっと生意気だけど、可愛い妹よ」
「お前が生意気と言うと、変な感じだな」
「どう言う意味よ?」
「さてな」
信康は肩を竦めるだけで、何も答えなかった。




