第329話
アリスフィール達に置いて行かれた信康は、プヨ王宮内の広い廊下を歩いていた。
「えっと・・・確か此処はこう行った筈だから、此処を右だったか? それとも左だったか?」
信康はリリィに案内された道を、うろ覚えの勘任せに歩いていた。普段ならば必ず道筋を暗記するのだが、敵地でも無い上に案内役まで居るとあって人任せにしたのが信康の失敗であった。
更に不運が続いてしまっており信康は部屋から退室した時からどれだけ歩いても、プヨ王宮に勤務する近衛師団の団員及び侍女や侍従、宮臣達と出会わなかった。
第三者に出会いない以上は道を尋ねる事など出来ないので、信康は勘を頼りにプヨ王宮内を歩くしかなかった。
信康はプヨ王宮を当ても無く彷徨うが如く歩いていると、大きく目立った装飾が施されている扉が目に付いた。
「・・・・・・こうして歩いていても、何時着くか分からないからな。此処は自分から部屋に入って、其処に居る人に聞いてみるか。と言うか、もっと早くそうすれば良かったな」
信康はそう言って自分が思い付いた妙案を、何故もっと早くに発想出来なかったのかを悔やんだ。
「・・・仮に誰か居たとしても、話が通じる奴で頼むぞ。現状だと俺は、侵入者と疑われかねないんだからな」
信康は扉の先に第三者が居た場合、理解力のある人物である事を祈りつつ扉を開ける。すると其処に合ったのは、整備された庭園であった。
雲一つない晴れた空の下に、多種多様な花々が植えられた花壇が幾つもあった。人が歩く道み舗装されており、観賞用なのか長椅子が幾つも設置されてある。
日差しが強いので室内に居た信康は、その光の強さに目がやられて咄嗟に手で庇を作った。
「・・・・・・此処は、屋上か? どうやら屋上に、庭園を造ったんだな。そうか・・・こいつが所謂、天空庭園って奴か」
信康はそう言いつつ、光に目が慣れるまでその場に止まった。そして目が光に慣れたので、歩き出した。
少し歩くと、前方に銀色に輝く髪が視界に入った。
その者は座り込んで、庭園の花々を観賞しているみたいだ。
後ろ姿だけなので分からないが、黒いドレスを着ている事から女性だという事が分かって信康はホッとした。そして脅かさない様に、声量を抑えて話し掛ける。
「突然だが失礼、其処のお嬢さん」
「?」
銀髪の女性は声が聞こえたので首を動かして、キョロキョロと辺りを見回す。
しかしその銀髪の女性は周りを見ても背後を見渡さなかった所為で信康に気付かず、空耳かと勘違いしてまた花々の鑑賞を再開する。
「貴女の事ですよ。黒いドレスを着た、銀髪のお嬢さん」
信康が声を掛けると、その銀髪の女性はまた周囲を見渡した。
「・・・後ろに居ますよ、お嬢さん」
信康は自分の居場所を、銀髪の女性に教えた。すると銀髪の女性は漸く身体を動かして、後ろに居る信康を見た。
「っ!?」
銀髪の女性は驚いて、その場から立ち上がった。
「花を観賞中に声を掛けて、申し訳ない。恥ずかしながらちょっと道を迷ったので、道を聞きたいのですが・・・・・・うん?」
信康は一礼しながら訊ねていると、何故か銀髪の女性が反応が無い事に気付き疑問に思って顔を見上げた。
すると今まで後ろ姿しか見れていなかった、銀髪の女性の素顔が其処にはあった。
腰まである、長いウェーブをした銀髪。アンニュイな目。墨色の瞳。見目麗しい顔立ち。左の目元に泣き黒子。レースも全て黒いドレスの上からでも分かる、肉感的な肢体。
あまりに綺麗なので、信康はジッと見ていた。
するとその銀髪の美女は、身体が震え始めていた。
(何だ? どうしたんだ?)
信康は心配になって、銀髪の美女に一歩近付こうとした。
「い、いや、来ないでっ!?」
銀髪の女性は震えている自分の身体を抱き締めながら、目に涙を浮かべて怯えた様子で信康を拒絶した。
「えっ!? どうしたっ、大丈夫かっ?」
銀髪の女性の言動に困惑しつつ、信康は引き続き声を掛けた。
「いやっ!? み、見ないでっ! こっちに来ないでっ!!」
「えっ!? えっと・・・分かった。言う通りにしよう」
銀髪の美女がそんな事を言い出したので信康は理解不能だったが、取り敢えず要望に応えるべく十歩程後方に下がってから背中を向けた。
「おーい。取り敢えず、これで良いか?」
信康が訊ねると、銀髪の美女からは反応が無かった。
「おい、返事をしてくれないか? そうでないと、俺が困ってしまう」
信康は再度、銀髪の美女に声を掛けた。
しかしそれでも銀髪の美女から、明確な反応は無かった。
困ってしまった信康は、振り返るべきかどうか思案を始めた。
思案して居たら、漸く銀髪の美女から返事が帰って来た。
「・・・・・・ねぇ、私を襲わないの?」
「はぁ?」
信康は何を言っているんだ? と言わんばかりの表情を作った。
銀髪の美女からは見えない筈だが、その声を聞いて察したのか再び声を掛けて来た。
「ほ、本当に?」
「だから、襲う訳無いだろうがっ。 そもそも何で俺が、あんたを襲うんだよ? 襲う必要性も無いのに、そんな犯罪者みたいな真似が出来る訳ないだろ?」
信康は敬語も忘れて至極真っ当な事を、銀髪の美女に向かって断言した。
「・・・・・・グス・・・・・・フグゥ・・・・・・」
何故か銀髪の美女は、その場で泣き出してしまった。
「はっ? え、えぇっ・・・・・・?」
背後から銀髪の美女の嗚咽が聞こえて来た信康は、益々困惑するしかなかった。
天空庭園ではそのまま、銀髪の美女の嗚咽が響き渡る。
「姫様!? 大声をあげてどうかなさいましたか!?」
「泣いておられるの? 直ぐに行くわよっ!?」
ドタドタと歩く音が聞こえて来た。
そしてその音を立てた者達が、信康達の下にやって来てその現場を確認した。
「な、何者!」
「姫様から、離れろ!」
声からして二人共、女性みたいだ。その女性達が、信康に向かって得物を構える。
「おい待てっ!? お前等の目は節穴かっ!? 俺はちゃんと離れているだろうが!」
信康は銀髪の美女に背中を向けながら、やって来た女性達に抗議の声を上げる。
「白々しい事をっ、貴様は姫様の秘密を知って来たのであろうが!」
「貴様の様な狼藉者は捕まえるまでも無い。この場で斬り捨ててくれるっ!」
女性達は得物を握る手に力を込めた。
「はぁっ・・・黙って斬られてやると思うなよっ」
信康は女性達の勝手な言い分に立腹して、青筋を浮かべながら構えようとした。
「待ちなさい。二人共」
其処へ銀髪の美女が、二人の女性に静かに声を掛けて制止させた。
すると二人の女性は必然的に、得物は構えたまま固まった。
「「ひ、姫様!?」」
「大丈夫よ。だから、得物を収めなさい」
銀髪の美女がそう言うと、二人の女性達は不承不承ながらも得物を収めた。
そして銀髪の美女は立ち上がると、信康の下へ歩き出した。
「姫様っ、そちらに行っては」
「大丈夫よ」
銀髪の美女が女性達の制止も聞かず、信康の前まで移動して来た。
そして信康は改めて、その銀髪の美女の顔を見た。
「・・・・・・綺麗だな。御名前を伺ってもよろしいですか? お姫様?」
「・・・・・・」
信康が名前を尋ねても、銀髪の美女は答えなかった。
返事の代わりに、信康の顔をジロジロと見る。
「・・・先刻さっきも言った筈だが、返事をしてくれませんかね? じゃなかったら、こっちも反応が取れないのですが」
信康がそう言っても、銀髪の美女は答えなかった。
「ふぅん。やっぱり、効いてないわね」
「はい? 効いてない?」
銀髪の美女の口から出た効いてない、と言う言葉の意味が分からず信康は首を傾げた。
「ああ、ごめんなさいね。ヴェール無しで父様以外の殿方と話すなんて、生まれて初めてだったから」
「はい?」
ますます銀髪の美女が言った言葉の意味が分からず、首を傾げて困惑する信康。
「どう言う・・・」
「ギネヴィーナ姫様」
二人の女性の一人が、銀髪の美女に声を掛けた。
するとその名前を聞いて、信康の脳裏に何かが引っ掛かった。
「ギネヴィーナ? ギネヴィーナ、ギネヴィーナ・・・はて、何処かで聞いた様な、聞いたが事が無い様な・・・・・・」
信康は思い出そうと目を瞑るが、出て来る気配はない。そんな信康の反応を見て、二人の女性の内の一人が吠える。
「貴様っ?! プヨ王国第二王女ギネヴィーナ殿下の御名を知らぬのかっ!?」
「第二王女!?・・・あぁっ、そうだったっ!!」
それを聞いて、信康は目を見開かせて驚いた。そして漸く銀髪の美女または、ギネヴィーナの名前を思い出したのだった。




