第322話
自室を退室した信康は食堂で夕食を食べた後に、外出届を中年女性管理人に渡して斬影に騎乗してから兵舎を出て行った。
「・・・・・・出て来たのは良いが、特に何処に行く当てもないんだよな」
兵舎を出て来たは良いが、信康は何処に行こうか決めていなかった。
どうしたものかと考え込んでいる、信康に声を掛けて来る者が居た。
「おや? これはこれは、ノブヤスの旦那ではないですか。御久し振りですね」
聞き覚えがある声を聞いた信康は斬影を止めて、声がする方に顔を向けた。
其処に居たのは、露天商を普段営んでいるレギンスだった。
「レギンスか、久し振りだな」
パリストーレ平原の戦いが行われる前に会ったが、戦後に信康は冤罪で監獄に入れられて以来会っていない。実に一年振りの再会であった。
「こんな所に何の用だ? 露店の方はどうした?」
「今日はお休みですよ。何せこれからケル地区に行って、新商品を受け取りに行こうと思いまして。それで丁度、ノブヤスの旦那が見えたものですから御挨拶をと思いまして」
「ふぅん。新商品ね」
「宜しければ来ますか? 気に入ったら買う事も出来ますから」
「・・・・・・そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて」
信康はレギンスを斬影に相乗りさせると、一緒にケル地区に向かった。
ケル地区にある繁華街。
目的地である、店の前に来た信康達。
「此処か?」
「はい。此処の店主とは昔からの知り合いですので、色々と便宜を図ってくれましてね。その兼ね合で、新商品を下ろす様になったんです」
「下ろすって、この店の店主が作っているのか?」
「はい。器用なので色々と作っております」
「ふぅん。そうなのか」
レギンスの話を聞いた信康は、改めて店を見る。
綺麗な外観だが、看板が出ていない。これでは一体、何を売っているのか分からない。
信康がそう見ていると、レギンスが店の扉を叩いた。
「おぉい、ヴィー。新商品が出来たと言うから見に来たぞ」
そう声を掛け、少しして扉が開いた。
「やぁやぁ、我が友よ。来てくれたか」
そう言って出て来たのは、一人の女性だった。
女性としては平均より高い身長で、黒茶色のセミロング。切れ長の目。水色の瞳。
メロンくらいの胸。くびれた腰。桃の様な尻。
オシャレなのか眼鏡をしていた。
「おや、見慣れない顔だね。友達かい?」
「この方は私の一番のお得意様だ。旦那、こちらは私の親友で名をヴィーダ・モナリッチです」
「どうも~ご紹介に預かったヴィーダ・モナリッチで~す。気軽にヴィーと呼んでくれたまえよ」
そう言ってウィンクするヴィーダ。その仕草を見るに、かなり茶目っ気がある社交的な美女と見えた。
「俺は信康だ。よろしくな」
「ノブヤスね。もしかして最近話題を掻っ攫っていた、あの悲劇の英雄様かな?」
ヴィーダがそう言うと、信康は一瞬顔を引きつつも曖昧に肯定した。
「へぇ、そうなんだ。今度で良いから、戦争の話や君が居た東洋のお話を聞かせてくれるかな?」
「良いぞ。俺が知っている事なら何でも話そう」
信康が快く承諾すると、ヴィーダは嬉しそうに微笑んだ。
「ところで、ヴィー。どんな商品が出来たんだ」
「ノンノン。レギンス。せっかちな男は異性にモテないよ?」
「君は少々マイペースが過ぎると思うのだがねぇ?」
レギンスは疲れた様子で、溜め息を吐いた。
「ははは、性分だからね。諦めてくれ」
そんなレギンスを見て、笑うヴィーダ。
「まぁ俺も気になってるんだよな。どんな商品を作ったんだ?」
「ああ、中に入って見てくれ」
ヴィーダが店舗の扉を開けてくれたので、信康とレギンスは店内へと入って行った。




