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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第319話

 プヨ歴V二十七年六月二十四日。早朝。




 カロキヤ公国の諜報機関の本拠地となっている、ケル地区のアマルティアの片角亭。


 時間帯は朝と言っても、まだ日出したばかりの早朝である。


 アマルティアの片角亭の店内では、店長である穴熊が忙しそうに仕込みを行っていた。


 其処へ店内の扉が開いた事で、付属品の鈴がチリンチリンと聞こえて来た。


「おはようございます。すいませんが、お客様。当店はまだ、開店していません。お昼にまた来て下さい」


 穴熊は振り返る事無く、そう言って来客を追い出そうとした。


「ふふ、私よ」


 すると穴熊はその聞き覚えがある女性の声を聞いて振り返ると、其処に居たのはミレディであった。


「ミレディッ!? お前、今まで何処に居たのだっ!?」


 穴熊がそう問い詰めると、ミレディは傍にある椅子に座ってから答えた。


「まぁ、話すと長いのだけど・・・簡単に言うとね。プヨ軍の機密情報を盗もうと失敗しちゃって、捕らわれていたのよ」


「何だとっ!?」


 ミレディの話を聞いて、動揺する穴熊。しかしそれは一瞬であり、直ぐに冷静さを取り戻した。


「まぁその話が事実なら、お前は何も吐かなかったと言う事だな。この店に警備部隊が雪崩込んで来ていないのだから」


「室長は話が早くて助かるわ」


「ふん」


 ミレディの称賛の言葉を、穴熊は鼻を鳴らしていなした。


 常人ならば鼻を伸ばしている所かもしれないが、穴熊にはその様な見え透いたお世辞など通用しなかった。


「因みにどうやって逃げ出したかと言うと、見張りの看守を誑かせたから如何にかなったのよ。それよりも・・・」


 ミレディは真顔になって、穴熊を見る。


「逃げる時に看守達の話を盗み聞きして知ったのだけど・・・宝石、瑠璃、団栗、雛の四人が捕まったわよ」


「何っ!?」


 穴熊はミレディの話を聞いて、今まで以上に顔を顰めた。


 ミレディを探すために任務を言い渡し四人が、逆に捕まってしまった事に思わず驚いているみたいだ。


「・・・確かに朝の定時報告が、まだあの四人からは来ていない」


「そりゃ捕まっているんだから、定時報告なんてある筈が無いでしょ」


「・・・何処の監獄か、聞いていないか?」


「バステス監獄だと言っていたわ」


 ミレディの話を聞いて、穴熊は顎を撫でた。


 そのバステス監獄とは王都アンシ近くにある監獄で、あのエルドラズ島大監獄よりも警備は劣るが堅牢と言われている監獄だ。


「其処に四人が居るのだな?」


 穴熊に訊ねられたミレディは、首肯して肯定した。


「・・・他の者達を集めて協議してから、救出するか見殺しにするか決めねばなるまい」


「それしかないでしょうね。どっちにしろやるなら早い方が良いわよ。何時にする?」


「急ぎ緊急招集を掛ける。ミレディ、お前はどうする?」


「分かったわ。でも集まるまでに、時間はあるでしょ? 服を着替えておきたいわ」


 ミレディはそう言って椅子から立ち上がり、アマルティアの片角亭から退店して行った。穴熊は咄嗟に止めようとしたが、止める事が出来ず溜息を吐くしか無かった。



 アマルティアの片角亭を出たミレディは、そのまま歩いて少し離れた所の路地裏に入った。


 路地裏に入ったミレディは、周囲を見渡して確認した。


 誰も居ない事を確認して、自分の影に話し掛ける。


「聞いての通りよ。あのアマルティアの片角亭に早速、カロキヤの諜報員(スパイ)達が集まるわ。御主人様にそう伝えてくれる?」


 そう言うと、影が揺らめいてシキブが出現した。


「分かりました。御主人様(マスター)に伝えます」


 シキブがそう答えると、何処かに行った。


 ミレディは報告を終えたので、路地から出て今しがた出たアマルティアの片角亭を見る。


「ごめんなさいね」


 ミレディはそれだけ言うと、その場を後にした。


 

 プヨ歴V二十七年六月二十四日。朝。



 アマルティアの片角亭。


 臨時休業したアマルティアの片角亭の店内では、カロキヤ公国の諜報員である暗剣と蜘蛛と蜂の三人と穴熊が居た。


「室長。緊急招集とは、穏やかじゃないな」


「一体何があったんだ?」


「それにミレディを探している筈の、あの四人が来そうに無いのは何故だ?」


 幾ら待っても宝石達がの四人が来ない事に、暗剣達は疑問を口にする。


「少し待て。もう少ししたら、ミレディが来る筈だ」


「ミレディが? 見付かったのか?」


「プヨ軍に捕まっていたそうだ。それで逃げ出して一時間程前に、俺の前に来てある情報を教えてくれた」


「情報? どんな情報なんだ?」


 暗剣の質問に穴熊が答えようとしたら、扉が開いて鈴の音が店内に鳴り響いた。


「あら、私が最後みたいね。遅れてごめんなさい」


 ミレディが最後になって、アマルティアの片角亭に入店して来た。


「いや、大丈夫だ。丁度、お前が教えてくれた話をしていた所だからな」


「そうなの」


 ミレディは椅子に座る。


「実はな・・・ミレディの捜索に出ていた宝石達四人がどうやら、プヨ軍に捕まってしまったそうだ」


「「「捕まったぁっ!?」」」


 暗剣達はほぼ一斉に、驚きの声をあげる。


「それで、何処に捕まったんだ?」


「ミレディの話だと、バステス監獄だそうだ」


「あの堅牢と言われた監獄か・・・」


 三人は考え込んだ。


 助けに行くべきか、それとも逃走して手にした情報だけ持ってカロキヤ公国に帰国するか判断しなければならなくなった。


「それでだ。どうするべきか話そうと協議しようと、皆を呼んだのだが・・・うん? ミレディ、俯いてどうかしたのか?」


「いえ、何でもないわ」


 ミレディが床を見ながら口を動かしているのを見て、穴熊が気になって声を掛けるもミレディは何でもないと首を振る。


「そうか。それでは早速だが、皆の意見を聞かせてくれ」


 穴熊はそう言って、緊急会議を始めようとした。


 ピイイイイイッッッ!!!


 その矢先に、笛の音が聞こえて来た。


「笛の音?」


「何で、こんな時間に?」


「・・・まさかっ!?」


 蜘蛛が気になって、アマルティアの片角亭の窓から外を覗く。


「やばいぞっ!? 完全に警備部隊に包囲されてやがるっ!」


「「「何だとっ!?」」」

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