第317話
プヨ歴V二十七年六月二十三日。夕方。
もう間も無くして夕日が沈みに、夜になると言う時間帯。
そんな時間に、ヒョント地区で出歩く人物達が居た。
その者達は全身をスッポリと覆うフード付きの外套に身を包んでいるので、外から見たら男性なのか女性なのか分からない。その者達は、足早に路地裏に入った。
その路地裏から顔は出さないで、手に納まる大きさの手鏡を出して覗き込んだ。
「・・・・・・あそこなの? ミレディが居る所は?」
「ええ、そうよ」
その鏡に映った建物を見ながら、その者達は話をしている。
外套の所為で各人を特定するのは困難だがどうやらこの者達はミレディの捜索をしている、カロキヤ公国の諜報員の宝石と瑠璃と団栗と雛の四人だった。
「ところで、その情報は確かなの?」
「間違いない。昨日の夜、あの建物に入って行くのを私がこの目で見た」
「人の情報じゃなくて貴女の目で見たと言うのなら、間違いないでしょうね。罠でなければ」
「罠? 別に私達を罠に嵌める理由はないと思うのだけど?」
「それは早計ね。ミレディはその実力こそ見込まれているけど、私達と違って金で雇われた自由業の密偵よ。報酬次第では、カロキヤの敵に回る可能性も捨て切れないわ」
「それもそうね」
宝石達がミレディについて、そう言うのも無理は無い。
元々この宝石達は暗剣達と共にプヨに摘発されて自害した同僚達の補充要員として、アマルティアの片角亭の店長もとい穴熊の下へカロキヤ公国から送り込まれた諜報員だ。
ミレディに関しては人手が足りないので、急遽カロキア公国が大金で雇ったのだ。
なので宝石達はミレディに関して、仲間意識と言うものなど無い。
しかし穴熊を除く暗剣達男性陣はどうもミレディの色香により誑し込まれているみたいで、自分の任務を続けながら密かにミレディを探しているみたいだった。
「全く・・・あんな何時裏切るか分からない女に必死になって、馬鹿じゃないの?」
「それが男の性と言われたらそれまでだけどね。でも諜報員が色仕掛けに惑わされるとか、未熟としか言い様が無いけど」
そうやって雑談を続けつつ、一人が路地裏から顔を出した。
「あそこにミレディが実際に居るのか、本当かどうか調べる? それとも室長に報告する?」
そう言われて、全員で思案を始めた。因みに室長とは、穴熊の事である。
「・・・・・・確実に居ると分かった訳ではないわ。その日は偶々、あの建物に入って行っただけかもしれないもの」
「でも、ミレディが無意味に建物に侵入するとは思えないわ」
一人がそう言うと、もう一人がこう言って結論付けた。
「では、こうしましょう。あの建物に入って、ミレディが居れば良し。ミレディが居なかった場合、プヨの重要な情報の有無を確認しあれば奪取しましょう。決行するのは深夜になってからだけど、それで良い?」
一人がそう言うと、残りの者達は頷いた。宝石達はそのまま、深夜を待った。
プヨ歴V二十七年六月二十四日。深夜。
完全に夜闇が王都アンシを覆い、外灯の明かりしかない世界。
「よし、夜も深くなったわ。行くわよ」
「「「ええ」」」
四人は外套を脱いだ。
外套を脱いだ事で、四人の身体が露わになった。
四人共全員が同じ素材で作られた、黒くそして光沢があり身体にピッタリと合うスーツを着用していた。
顔も見られない様に、覆面をしていた。
「先に行くわ」
「「「ええ」」」
宝石がそう言うと、跳び上がり壁へと向かう。その壁を蹴って向こう側の壁へと向かい、その壁を蹴る。
そうやって壁を蹴り上げながら、上へ上へと上がって行く。
最初に行った宝石がそうして屋上へとたどり着くと、周りを見て何も無い事を確認してから手招きした。
瑠璃達も宝石に遅れて、同様に壁を蹴って上へと上がって行く。
四人が屋上にたどり着くと、お互いを見て駆け出した。
そのまま進めば落ちるという所で、四人は跳び上がった。
「「「「・・・・・・・・」」」」
跳び上がった先の建物の屋根に着地すると、四人はそのまま駆け出して次の建物へと飛び移って行く。そうして飛び移って行き、目的の建物の屋根に辿り着いた。
二階建ての建物だが、かなり広さがあるので宿屋だと四人は予想した。
宿屋ならば換気の為に窓を取り付けているので、其処から侵入する事にした。
一人が手で合図した。
一人は此処で待機。退路確保されたし。
了解。
誰が残る?
私が残ろう。
お互い手で合図して、四人の内一人残った。
三人は駈け出して何処からか入れそうな所がないか探した。そうして探していると、三人の内の一人が、換気の為の窓を見つけた。
丁度一人が入れそうな位の、大きさの窓であった。
三人は頷いて、其処から入ろうとした。
「無断侵入はいけませんね」
何処からか、声が聞こえて来た。
三人は腰に差している得物を抜いて、周辺を警戒した。
しかし何処にも、人の姿はなかった。
それでも三人は注意深く、周囲を警戒した。
「っ!? ちょっと」
「どうかしたの?」
三人の内の一人が、驚きの声を上げた。二人は訊ねると、その一人が指差した。
その指差した先には、誰も居なかったのだ。
「「っ!?」」
其処には待機していた筈の仲間が居ない。
それに驚く二人。
「御安心を。捕まえただけで、危害は加えていません」
「誰!?」
「出て来なさいよっ!」
そう声に出しても、その声を主は出て来る気配はなかった。
このままでは不味いと判断したのだろう。三人はジリジリと動き逃げる準備を始めた。
しかし屋根の一部に足を踏み込ませると、その部分が突然に泥沼みたいに沈み始めた。
「なっ?!」
「これは!?」
「ぬ、抜けれないっ!」
三人は底なし沼に沈み込んで行くのに、抜け出そうと藻搔く。
しかしそれも無駄の抵抗だった。
三人は見る見る内に、沈み込んで行った。
誰も居なくなると、その沼の様な所から人が出て来た。正確に言えばそれは、人間形態のシキブであった。
「捕縛完了。御主人様に報告に行きましょうか」
そう言ってシキブは身体を粘液形態にして、夜闇に隠れながら信康が居る兵舎へと帰って行った。




