第312話
時は遡り、プヨ歴V二十七年六月二十一日。夜。
信康達が食事を楽しんでいた飲食店である、ケル地区にあるアマルティアの片角亭。
店は既に閉まっているのか、扉の前には「Close」と書かれた看板が置かれていた。
しかし店内には男女全員合わせて八人居るが、それは夕方で忙しく働いていた店員達では無かった。その内の一人は、この店の店長であった。
他の七人は何も言わず、店長が口を開くのを待っている。
「・・・皆に忙しい中、集まって貰ったのは他でもない。困った事が出来たので皆にも一応、耳に入れて貰いたいと思って呼び出した」
店長がこの話し合いの司会役ををしていた。その事実を鑑みれば、この面々の中で一番高位である事が予想出来た。
「実はミレディからの提示連絡が途絶えて、既に三日も経過している。誰か、何か聞いている者は居ないか?」
店長がそう尋ねても、全員が首を横に振った。
「う~む。捕まったのであれば、情報を吐いてこの店に兵が突入して来る筈だ。来ないと言う事はまだ見つかってない筈だが、何処に行ったのだ?」
店長は首を捻っていた。其処へ何人かが、自身の意見を順次話し始める。
「あのミレディの事よ。新しい金づるでも、探しているんじゃないの?」
「言えてるわね。ミレディあの女は男を、顔じゃなくて金で選ぶから」
話し合いに参加している者達で、女性の二人が陰口半分にそう言った。
「そんな報告は受けていない。それに指名手配犯になったあの金づるだが、まだ金を持っているので縁は切っていないと以前報告して来たぞ」
店長が言う金づるとは、ザボニーの事だ。
「では、何処に居るのかしら?」
「もしかして、逃げ出した?」
先刻自身の意見を口にした女性達以外に居た、別の女性二人が口を挟んだ。
「それは無いだろう。逃げるにしても、何処に逃げるんだ?」
「プヨから逃げるにしても、カロキヤかトプシチェかシンラギの国境を越えねばならんのだぞ。逃げ出してカロキヤに向かう程、ミレディは馬鹿ではない。他の国境にはプヨの騎士団が配備されて、国境を越えるのは難しい。他には港湾都市で船に乗る事も考えられるが、船に乗ってもプヨ領海内しか行かんぞ。他国に行くのは、国から許可を得た貿易商や客船だけだ」
「そのミレディなら貿易商をお得意の色香で惑わせて、乗り込むという事は考えられないか?」
「ははっ、それは有り得るな」
先程まで話に割り込まなかった三人は、声からして男性だった。
其処から引き続き、全員で話し合いが行われた。
色々な意見が出たが結局の所、情報不足でどうなのか分からないという結論に至った。
「仕方がない。此処で口論を続けても、時間の浪費だな。宝石、瑠璃、雛、団栗」
店長は話し合いを打ち切らせると、四人の女性もとい宝石達に声を掛けた。
「お前達はミレディの捜索に出ろ。見つける事を大前提で、見つけてもその情報を持ち帰る事を前提に動け。俺がその情報を下に、助けるか殺すか判断する」
店長がそう言うと四人は何も訊かずに頷いた。
「蜘蛛と蜂と暗剣の三人は、引き続き情報収集を続けろ」
店長の言葉を聞いて、男性陣も黙って首肯した。
店長が先刻から口にしているのは、会議に参加している男女の暗号名みたいだ。
それから宝石達はアマルティアの片角亭から、一人ずつ退店して行った。
店長は誰も居なくなるのを確認してから、店の奥へと行った。
店内には誰も居なくなったと思われたが、店長達が話し合っていた席の付近に黒紫色の粘液が蠢いていた。尤もその黒紫色の粘液は、直ぐに姿が掻き消えた。




