第311話
「・・・何処も変じゃないよな?」
「変じゃないと言えば、変ではありませんけど・・・私から見たら、違和感しかありません」
ブラベッドは隣に居る男性に向かって、困った様子を見せながらそう話していた。
ブラベッドの隣に居る男性は長身で肩まで届く銀髪の長髪をしており、蒼玉石を連想させる青い瞳をしていた。
この謎の男性の正体だが、驚くべき事に信康であった。信康は顔バレを懸念して道中で路地裏に入ると、シキブに身体を纏わせて変装する事にしたのであった。
当然だが信康の変装にブラベッドは驚愕したと言うのは、最早言うまでもない話であった。
(しかし、こいつ・・・意外と胸があるな。それと両腕が、尋常じゃない程鍛えられている)
信康は恋人同士と偽装するべくブラベッドに腕を組む様に頼んだが、その際にブラベッドの胸の大きさと腕の引き締まった筋肉に驚いていた。
そしてブラベッドの筋肉の付き方は肉体の鍛錬ではなく、その職種特有の筋肉の付き方であると信康は既に見抜いていた。
改めて信康は、ブラベッドの服装を見た。
暗褐色のジャケットに、同色のパンツを穿いている。
そして手には、黒い革の手袋をしていた。
それを見て、信康はブラベッドが何をしていたのか分かった。
「ブラベッドって、拳闘士だったんだな」
拳闘士とは競技場など、拳闘をする格闘家の事だ。
興行主次第で殺し合うのもあれば、一定の規定下で試合を行うと言う格闘技だ。
因みに類似した職種で西洋力士や剣闘士と言う格闘家達もおり、当然だが大和皇国に居た力士もこの中に加わる事になる。
「そうですけど、よく分かりましたね?」
「まぁ過去に何回か戦った事があるからな。それに拳闘士をしていた奴は、拳タコを隠すために手袋を着用するって聞いた事がある。それと腕の筋肉でも分かったぞ」
「成程、そうでしたか・・・ええ、その通りです。私は孤児だったんですけど、楼主様に拾われて千夜楼専属の拳闘士として地下闘技場で戦っていました」
「成程。それでアイシャとも親しいんだな・・・過去形と言う事は、もう引退でもしていると言う事か?」
「はい。自分で言うのも何ですが、これでも千夜楼の看板スター選手だったんですよ。現在はもう事実上の引退ですけどね」
ブラベッドは其処まで言うと、信康の方に顔を向けて前髪を避ける。
すると前髪で隠れていた、ブラベッドの左目が出て来た。
その左目の瞳は右目と比較しても濁っており、うっすらとだが縦に走った傷があった。
「現在は少し見える程度ですけど、実際に傷を受けた時は失明する程の重傷を負いました。相手はある闇組織専属の看板選手だったんですが、試合の方は何とか勝ちましたよ」
「そうか。拳闘士だった頃が恋しく無いのか?」
「そうでもありません。やっぱりバーテンダーの方が、楽しく過ごせてますから。ただ楼主様から御依頼でもあれば、助っ人として地下闘技場でたまに戦いますけどね。それと護衛官の仕事も、偶に引き受けてます」
ブラベッドは笑顔で答えた。
バーテンダーとして楽しく過ごせていると言いながら、アニシュザードの命令とあれば進んで地下闘技場で戦ったり護衛官を勤める辺りアニシュザードへの忠誠心の高さが見て取れた。
信康はブラベッドとの雑談を終えると、目的地であるアマルティアの片角亭の前まで到着した。
「さて。話は此処までにして、夕食めしでも食おうか」
「ええ、そうしましょう」
「じゃあ早速入るか。それと今日は俺の奢りだから、好きなだけ食べて飲んで良いぞ」
「やった。御馳走になります~」
ブラベッドは笑顔で感謝を述べた。
信康達は扉を開けると、店内に入店した。
店内へと入店し、信康は店内を見回した。
壁には鹿や熊などの野生動物の剥製を飾っており、如何にも野生鳥獣料理を売りに出している事を露骨なまでに宣伝していた。
店内はテーブルとカウンターがあり、何処も客で埋め尽くされて店員達は忙しそうに配膳をしていた。
(随分と繁盛してんな。此処まで繁盛していると、諜報機関の本拠地なのが勿体無い位だ)
信康は店内を見て、正直にそう思った。
「いらっしゃいませ。丁度あそこの席が空いたんで、良かったら座って下さい」
アマルティアの片角亭の店長がそう言ったので、信康達は案内されたテーブル席へ対面で座った。
信康はメニュー表を見つつ、同じくメニュー表を見ているブラベッドに話し掛ける。
「思っていたよりも、繁盛している店だな」
「でしょう? 他の店と比べるとちょっと割高なんですけど皆、美味しい野生鳥獣料理が目当てなんですよ」
「そうか」
信康とブラベッドが小声で話をしていると、忙しいのか店長が自ら注文を受けにやって来た。
「御注文は?」
「俺は、そうだな・・・果実酒に、この鹿肉のヒレステーキを大盛りで。お前はどうする?」
「私も果実酒で、この猪肉のカツレツを大盛りでお願いします」
「お酒は先に持って来るか、料理と一緒に持って来るか選べますがどうしますか?」
「じゃあ・・・料理と一緒で」
「分かりました」
注文を受けた店長は信康とブラベッドに頭を下げて一礼してから、足早にその場を離れた。
「あの店長、若いな。三十代前半位だな」
「そうですね。それが何か?」
「いや、別に」
信康は店長をジッと見詰めつつ、ある決定的な証拠を見付けていた。
(ふっ。これは黒確定だな。店員達はドタドタ五月蝿く足音を立てているのに、あの店長だけは足音一つ立てないで歩いていやがる)
諜報や斥候、潜入の仕事をしている者は出来るだけ音を立てない様に動く訓練をしている。
その弊害とも職業病とも言える習慣から、日常生活でも無意識に足音を立てないで歩く様になる。
この事は信康が大和皇国に居た時に、傅役の親義から教えて貰ったから知っているのだ。因みに信康は無音で歩く事が可能だが、普段から意識して足音を立てて歩く事にしている。
(ミレディの情報通り、このアマルティアの片角亭が本拠地だったか。これで後は何時、この本拠地を潰す時期タイミングを決めるだけになったな)
そしてアマルティアの片角亭の店長であるあの男性こそ、この本拠地を預かっている諜報機関の責任者だと予想する信康。
(後はプヨに潜んでいる諜報員スパイ共の顔だな。ミレディの情報だと暗号名と人数は分かっているが、性別までは知らないと言っていたからな)
其処まで思案していると、不意にズボンの裾を摘ままれた。
信康は目を向けるとテーブルの下から、他の人達には見えない様に影から触手が出て来た。
「・・・シキブか。どうかしたのか?」
信康がブラベッドにも聞こえない様に小さい声で、シキブに声を掛けた。
裾を掴んでいた触手が、自分を指した。
「・・・元々お前に頼もうかと思っていたが、此処に潜んで探ってくれるか?」
信康がそう言うと、触手が上下に動かした。
シキブはお任せ下さいと、信康に言っているみたいだ。
「だったら、よろしく頼むぞ」
信康がそう言うと、触手が力瘤の作った。それは承知したと、シキブは言いたいのだろうと思った。
元々最適任だったのだが、予定通り信康はシキブに任せる事にした。
「へい、お待ち」
すると其処へ店員が料理を並べた後に、コップを置いてから果実酒を注ぎ始めた。
「それじゃあ、頂くとするか」
「はいっ」
信康はコップを持ち、ブラベッドもコップを持った。
「「乾杯っ」」
二人はコップを目の所まで持って来て頭の上まで掲げてから、コップの中の液体を喉に流し込んだ。
プヨ歴V二十七年六月二十二日。朝。
「・・・・・・あ、ああ、もう朝か・・・・・・」
信康は部屋に朝日が入り込んだので、その眩しさで目を覚ました。
身体を起こすと、鈍痛が信康の頭の中を駆けまわった。
「っ!?・・・二日酔いか? 昨日、そんなに飲んだのか?」
信康は頭を抑えながら、周りを見た。
「・・・・・・此処は何処だ?」
周りを見ると自分が使っている部屋よりも、数倍あると思われる広さがあり高級な家具が並んでいた。
よく見ると自分が今まで横になっていた寝台も、かなりの大きさと高品質であった。
「う、う~ん・・・・・・・」
自分の横で、眠っているブラベッドが居た。
その状況から、信康は直ぐに分かった。
「・・・・・・久し振りにやっちまったな」
信康は顔を抑えた。




