第308話
ザボニーに関しての話し合いを終えると、タイミング良く扉がノックされた。
「失礼します。茶と茶菓子を持って参りました」
「うむ。入って良いぞ」
アザリアが入室を許可すると家政婦が扉を開けて一礼してから、カートを押して入って来た。
信康には茶器を置いて、茶を注ぐ。
他の三人には茶器に入っていた茶を捨てて、新しい茶を注いだ。
そして信康が持って来たパウンドケーキを盛った皿を、フォークを添えて置いた。
信康はパウンドケーキが盛られた皿を見ながら思った。
(黒茶色のケーキだな。しかしチョコレートか、暫く食べていないなぁ・・・)
甘党である信康は、チョコレートは食べた経験ならば勿論あった。
初めて見た時は不気味に思って手を付けようとしない所を見られ、当時所属していた傭兵団のミハイル達に笑われていたものだ。
信康がチョコレートの事で回想していると、アザリア達はそんな信康を気にする事無くパウンドケーキに手を付ける。
「んん~この甘くてしっとりとした食感。どれだけ食べても飽きぬなっ!」
「そうね~」
「ええ、私もそう思うわ」
アザリアはパウンドケーキを口に入れると、パウンドケーキの美味しさに顔を緩ませていた。
そんなアザリアを見て、アニシュザードは微笑みシエラザードは同意した。
アマンモデウス姉妹が美味しそうに食べているのを見て、信康も釣られてパウンドケーキを一口分に切り分けて口に入れた。
「んっ・・・今日初めて食べるが、甘味と苦味の調和が最高だな。これならどんなに食べても飽きないぞ」
「じゃろう? お主、意外と物を見る目があるのじゃな。この様な粋な土産を持って来るとは」
アザリアが信康を褒めると、信康は首を勢い良く横に振った。
「いや、勘違いしないでくれ。俺はシエラからついでに買って来いって言われて、言う通りにしただけなんだ。でも一応四つ買ったから、一つずつ貰って行くと良いぞ」
「あら? 随分と気が利くじゃないの」
「そうですね。私も其処までして頂けるとは予想してませんでした。ノブヤスさん、ありがとうございます」
信康の粋な対応に、アマンモデウス姉妹は歓喜して感謝した。すると信康は、ある事を思い出してシエラザードに尋ねる。
「そう言えば俺はカルレアのアパートに寄ったけど・・・よく俺がアパートに行くと分かったな?」
「占いでそう出ましたから。それでついでに、ケーキを買って来て貰ったのです」
シエラザードは何とも思っていないかの如き顔をしながら言う。
それを聞いて信康は驚いていた。
(占いで未来予知紛いな真似が出来るとは・・・俺が今まで出会って来た奴等の中でも、桁外れに精度が高い占星術を扱うみたいだな)
信康はシエラザードの占星術に感嘆しつつ、今度は自分も占って貰おうかとすら思った。
「しかし、アザリーから聞いていたので其処まで驚きませんでしたが、本当に知り合いだったのですね」
「ああ。去年の夏季に、突発的な仕事が出来て急遽この森に来たんだ。その時にな」
「そうじゃな。気になっておったがその時一緒に居た、あの女傑族はどうしたのじゃ?」
「ティファか? 現在いまも元気に仕事してるぜ? 今度連れて来ても良いか?」
「うむ。別に構わん。好きにするが良い」
アザリアは茶を飲みながらそう言うが、何処かソワソワしていた。
「ふふ、アザリーも友達が出来て嬉しいわ」
「アー姉様。べ、べつに、友達では・・・・・・」
「そんなにソワソワしていたら、説得力がないわよ。アザリー」
「はぅっ」
シエラザードにもそう言われて、アザリアは顔を赤くしながら身を縮こませる。
信康はそんなアザリアを見て、ほっこりとしていた。
四人はその後は、茶とパウンドケーキを味わいながら世間話を続けた。
数時間後。
時刻はもう完全に、夕方になろうと言う時間帯になっていた。
信康はアマンモデウス邸を出て、斬影に騎乗して傭兵部隊の兵舎へと戻る道を進んでいた。
そして信康の視線に、傭兵部隊の兵舎が見えて来た。
「あの・・・・・すいません」
背後から突然、信康は声を掛けられた。
信康は斬影を止めて振り返ると、其処に居たのは意外な人物だった。
「・・・・・・お前は、シギュンじゃないか」
「御久し振りです。ノブヤス様」
声を掛けて来たのは、シギュンであった。
「こんな所で会うとはな、仕事はどうしたんだよ? お前、エルドラズの副所長だろう?」
信康は疑問に思った事を訊ねた。
「ええ、実はその事に関係していまして」
「関係? どんな?」
信康は首を傾げながら訊ねた。
「それについては、あたしが教えてあげる」
シギュンの背後から、また女性の声が聞こえてきた。
信康はそちらに目を向けた。
「クラウ? どうしてお前まで此処に?」
エルドラズ島大監獄に居る筈の人物が、二人も王都アンシに居るので信康は驚いていた。




