第307話
「お前等、久し振りだな」
信康は妖精の隠れ家で購入した、チョコレート味のパウンドケーキを家政婦に渡してから椅子に座ってシエラザード達に声を掛ける。
すると優雅に紅茶を飲んでいたアニシュザードが、信康に話し掛けて来た。
「ええ、本当に久し振りね。最後に会ったのは去年の夏だから、丁度一年振りの再会になるのかしら?」
「確かに、それ位になるな」
信康とアニシュザードの二人は揃って、去年の王都アンシで発生した連続殺人事件を懐かしそうに回想していた。
「三姉妹とは聞いていたが、お前等がその姉妹だったとはな。家名は一緒なのか?」
「ええ、勿論。改めて自己紹介をさせて頂きます。シエラザード・アマンモデウスです」
「同じく、アニシュザード・アマンモデウスよ」
シエラザードとアニシュザードは、改めて自己紹介をして信康に一礼した。
信康は礼儀として答礼した後、アニシュザードに話し掛けた。
「アイシャが俺に会いたがっているって、ブラベッドから聞いたのだが?」
「えっ? そうなの?・・・うふふっ。もう、あの娘ったら・・・」
信康の話を聞いて、アニシュザードは苦笑していた。
そんなアニシュザードの反応に構わず、信康はある事を尋ねる事にした。
「それより聞いたぞ、アイシャ。俺が収監された事で、随分と美味しい思いをしたみたいじゃねぇか?」
「あら? 流石にもうノブヤスの耳にも入ってたたみたいね?・・・そうなのよ。普通ならどれだけ人が望んで得られない、得難い人脈を幾つも得られたのよね」
アニシュザードは恍惚とした表情を浮かべて、去年得た人脈の数々を思い出していた。
「そりゃ得難い人脈だろうよ。プヨ有数の大商会であるドローレス商会。プヨで一、二を争う規模を誇るルベリロイド財閥。そして末っ子と言っても、プヨ王族だからな」
「ええ、だからこそ疑問なんだけど・・・・・・」
会話の途中でスッと目を細めると、アニシュザードは信康を見詰めた。
「随分と凄まじい人脈を築いていたみたいだけど・・・ノブヤスは一介の傭兵に過ぎない筈なの貴方が、どうやって殿下達と仲良くなれたのよ?」
「そりゃ運が良かったとしか、言いようが無いんだよな。お前、アリス達から聞いてないのか?」
「確かに聞いたけど、信じ切れないから貴方にも聞いたんじゃない。そんな所で運を使ったから、嵌められて投獄されたのではなくて?」
半分茶化す様に言うアニシュザードに対して、信康は怒るでもなく思案しながら首を傾げていた。
(最初こそ不運とかアイシャが言う様に嵌められたとか思ったけど、結果的に見れば逆に幸運な出来事だったんだよなぁ・・・)
信康がそうやって考えていると、先に開口したのは二人の話を黙って聞いていたシエラザードだった。
「冤罪で投獄されるなど、常人から見れば不幸の極みでしかないのだけれど・・・・・・ノブヤスさんにとっては、それこそ得難き幸運だったのだと思うわ」
「幸運じゃと? シエラ姉様。それはどう言う意味なのでしょうか?」
シエラザードの意味深な発言を聞いて、興味深そうに尋ねるアザリア。アニシュザードも興味深そうにしている中、信康だけはドキッとしていた。
「私はノブヤスさんの事が気になって、定期的に占ってみたのだけど・・・順番でこのカードが並んだのよ」
シエラザードはそう言ってタロットカードを取り出すと、必要なタロットカードを順番にテーブルの上に並べて行った。
シエラザードが先ず並べたタロットカードは、正位置の吊るされた男と逆位置の悪魔の二枚だった。
「正位置の吊るされた男は、ノブヤスさんに試練が訪れる事を示していたわ・・・だけど投獄されてから何故か二十日足らずで逆位置の悪魔・・・つまり苦境からの脱出を示していたの」
シエラザードは続けてタロットカードを、テーブルに並べ始めた。
今度並べたのは、正位置の運命の輪、正位置の皇帝、正位置の女帝、正位置の世界の四枚のタロットカードだった。
「それから幸運を現す正位置の運命の輪が出て来て、続けて成功の訪れを現す正位置の皇帝が出た・・・そして監獄と言う状況に居ながら心身は満たされる正位置の女帝と、理想世界の完成の意味も持つ正位置の世界が出て来たのよ」
其処まで言うとシエラザードは最初に並べた六枚のタロットカードの隣に、新たに一枚並べてその総数は七枚となった。
シエラザードが最後に並べた一枚のタロットカードは、正位置の審判だった。
「最後に並べたカードは正位置の審判・・・これは復活と祝福が意味の一つにあるわ。皆も分かっているでしょうけど、ノブヤスさんの冤罪が晴れて出獄出来る事を指し示していたの」
「つまりシエラ姉さんは、あのエルドラズでノブヤスに何かあったと思っている訳ね?」
「ええ、そうよ。流石に私も、海賊の襲撃までは読めなかったけどね」
アニシュザードの指摘に対して、シエラザードは首肯して答えた。
一方の信康は、シエラザードの占星術の精度に驚嘆していた。
(占い一つで、其処まで推測出来るのかよ・・・シエラって本当に凄ぇんだな)
「のぅ、ノブヤスよ。此処は一つ余興代わりに、妾達にエルドラズでお主は何をしたのか教えてくれぬか?」
「それは妙案ね。その代わり、話してくれた御礼を出しましょう。だけど嘘や隠し立ては、勿論無しの方向でお願いね?」
「・・・恥ずかしながら、私もノブヤスさんのお話は大いに興味深いと思っています。私達は他言しないと誓いますから、是非お話し頂けませんか?」
アマンモデウス姉妹から次々とエルドラズ島大監獄での逸話を望まれた信康は、溜息を吐いて大人しく話す事にした。
「・・・まぁ良いか。話せる相手が居るのは貴重だし、お前等だったら言い触らす様な真似はしないだろう」
信康は椅子を座り直すと、エルドラズ島大監獄に収監されている間の事を語り始めた。
「・・・・・・以上が、俺のエルドラズでの生活の一部始終だ。今だからこそ言えるんだが、エルドラズに行けて本当に良かったわ」
信康はアマンモデウス姉妹にエルドラズ島大監獄での話を、懐かしそうに話して最後はそう締め括った。
「「「・・・・・・」」」
一方で信康からエルドラズ島大監獄の話を聞いた、アマンモデウス姉妹は驚愕して固まっていた。
そんなアマンモデウス姉妹の様子を見て苦笑していた信康だったが、ある事を思い出すと虚空の指環を装着してある物を取り出した。
「そうだった。シエラ、お前が俺にくれた影分身だが・・・凄く役に立ったぞ。ありがとうな」
そう言って感謝しつつ取り出した影分身の魔法の巻物を、信康はシエラザードに見せた。
「え、えぇ。どう致しまして・・・!?」
信康に礼を述べられたシエラザードだったが、ある事に気付いて騒然とした様子で影分身の魔法の巻物を注視していた。
「何だ? どうかしたのか? シエラよ」
「ノブヤスさん・・・これは私が貴方に差し上げた、影分身の魔符ではありませんね?」
「・・・ははっ。流石に分かったか。そうだよ。もうお前がくれた魔符ではない」
信康がそう説明すると、アザリアは要領が得ないのか首を傾げていた。
「どう言う意味じゃ? 言っている意味があまり分からぬぞ?」
「アザリー。手に取って良く見てみなさい」
シエラザードに促されたアザリアは、言われた通りにすると直ぐに表情が豹変した。
「どれ・・・こ、これはっ!? 魔符などではないっ。上位互換の魔法の巻物ではないかっ?!」
アザリアの叫声に近い荒げた声の内容を聞いて、アニシュザードも飛び付いて来た。
「魔法の巻物ですってっ!? しかも影分身のっ?!・・・ノブヤス。魔符でさえ貴重なのに、その魔法の巻物をだなんて何処で手に入れたのよっ?」
アニシュザードが問い詰めるが如く信康に訊ねると、シエラザードとアザリアの二人も今か今かと返答を待っていた。
沈黙を貫く心算など最初から無かった信康だがこの様子では、言わなければアザリアの屋敷から出て帰れないと思う程の気迫であった。
「落ち着けよ、お前等。ちゃぁんと説明してやるからさ」
信康はそう言うと、影分身の魔法の巻物を入手した経緯を話し始めた。
エルドラズ島大監獄のDフロアには、ラグン・タシチツュバイと言う男性が居た。
ラグンは頭脳明晰にして超一流の符術士でありシエラザードの影分身の魔符を、魔法の巻物に再構築したのだと信康は簡潔に説明した。
「それで他の魔法での魔法の巻物も作れるみたいでな。オリガから頻繁に制作を依頼されているそうだぞ」
「そうじゃったのか・・・よもや監獄に、魔法の巻物を作れる程の符術士が居ようとはなぁ」
信康からラグンの話を聞いたアザリアは、驚愕した様子で息を吐いていた。其処へアニシュザードが、信康に話しかけて来る。
「実に興味深い話だわ。ラグン・タシチツュバイ、ね・・・ノブヤス。貴方の働き掛けで、そのラグンと言う男を釈放させられないかしら?」
「仮に俺がそんな事が出来たとして、何をする心算なんだ?」
アニシュザードの質問に対して信康が質問で返すと、アニシュザードは妖艶な笑みを浮かべて答えた。
「勿論、千夜楼に勧誘するのよ。ノブヤスが言う様にそれだけの実力があるなら、私の片腕にしても良い位ね」
「・・・楽しそうに妄想している所を悪いが、簡潔に言おう。やめとけ」
信康が一言言ってアニシュザードにそう忠告すると、アニシュザードはムッと少し不機嫌な表情を浮かべた。
「どうして止めた方が良いのかしら?」
「俺は必要以上に聞かなかったから詳しい事は知らんが、俺の推測が正しければラグンは俺と同じで官憲に所属している男だぞ。何せオリガの父親が直属の上官で、飽くまでも奥さんから逃げる為に一時的に匿って貰ってるだけだと言っていたからな」
信康の話を聞いて、アニシュザードは難しそうな顔をして思案を始めた。
「・・・そう。でも魔法の巻物が作れる程の符術士なんて、捨て置ける存在じゃないわよ。取り敢えず、調べるだけ調べておくわ」
「其処は、アイシャの好きにすれば良いさ」
アニシュザードの結論を聞いた信康は、苦笑しつつアニシュザードの好きな様にさせる事にした。それから改めて、信康はアニシュザードに尋ねた。
「それはそうと、どうだった? 俺の話は面白かったか?」
「っ!・・・そうね。確かに面白くて、実に愉快な話だったわ。でもあの大監獄を乗っ取ろうだなんて、怖いもの知らずとしか言い様が無いわ。ノブヤスに対する私からの評価だけど、過小評価していた事を反省して上方修正しないといけないわね」
「そりゃどうも。それは良いとして、約束通り話したんだ。御礼って奴が欲しいね」
信康はアニシュザードに御礼の催促をすると、アニシュザードはスッと目を細めた。
「そうね。確かに私は御礼をするって言ったわ。其処で逆に聞きたいのだけれど・・・ノブヤスは私から、どんな御礼が欲しいかしら?」
「そうだなぁ・・・お前からの借りの取り消しとか?」
信康の要望に対してアニシュザードは、鼻で嗤って一蹴した。
「・・・ふっ、駄目に決まっているでしょう? 私からの借りが、その程度で無くせると思って?」
アニシュザードに要望を無碍にも一周された信康だったが、元々期待していなかったみたいで肩を竦めるだけであった。
「まぁそんな甘い訳無いか・・・だったら、アイシャ。改めて、取引がしたい」
「私と取引ですって?」
信康がアニシュザードに取引を提案すると、アニシュザードは怪訝そうな表情を浮かべた。
「・・・取り敢えず、聞くだけ聞いてみましょうか。言ってみなさいな」
しかしそれは一瞬の出来事であり、直ぐにアニシュザードは真剣な表情に変わって傾聴する姿勢になった。
シエラザードとアザリアの二人は、口を挟む引き続き沈黙を貫いて二人を見守っていた。
「ああ・・・しかしその前に、紹介したい奴が居る。俺がエルドラズに投獄された際に、得られたものが三つある。人脈と魔法の才能・・・そして、こいつだ」
信康が誇らし気にそう言うと、指をパチンと鳴らして見せた。
すると室内の床から黒紫色の粘液が出現して、アニシュザードとアザリアの二人は同時に起立する程に驚いて見せた。
「御初に御目に掛ります。我が御主人様、ノブヤス様に仕えるシキブです」
「な、何じゃその魔性粘液はぁ!?」
「嘘でしょっ・・・なんて流暢な人語を話す魔性粘液なの?・・・それに凄まじい魔力量も感じられるわね。突然変異種かしら?」
シキブは粘液状態でアマンモデウス姉妹に自己紹介をすると、アニシュザードとアザリアは更に困惑する様子を見せた。
するとアマンモデウス姉妹で唯一、着席してたままのシエラザードが開口する。
「・・・一見すると魔性粘液の一種に見えますが、高い知性と魔力を兼ね備え尋常ならぬ気配を見せるそのシキブさんと言う魔物は・・・っ・・・まさか、不定形の魔性粘液ですか? ノブヤスさん」
「その通りだ。説明せずに見抜いたのは、シエラが初めてだな」
シエラザードの指摘に対して、信康は感嘆した様子で肯定した。
「不定形の魔性粘液 ですってっ!?」
「馬鹿なっ。何故SS級の魔物が、ノブヤスに従っておるんじゃぁっ!?」
シキブの紹介を受けて、アニシュザードとアザリアは騒然となった。指摘した事が正しかったと知り、シエラザードも驚いていた。
そんなアマンモデウス姉妹の反応を見て、信康は何度目か分からない苦笑を浮かべながら説明を始めた。
「このシキブだが、俺が話したディアサハ師匠が魔力から生み出して俺にくれたんだよ。強いし賢いし、何より超が付く程有能でな。非常に助かっているよ」
信康はそう言ってシキブを自慢して紹介すると、シキブは歓喜の感情を表現するが如く粘液状態の身体を震わせた。
「まさか伝説の最高位等級の魔物と、此処で遭遇出来るとは・・・・・・」
「うむ。それも妾の屋敷の中でじゃ。ノブヤス、ほんの少しだけで構わぬ。献体の一部を譲って貰えぬか?」
シエラザードが感嘆した様子でシキブを見る中、アザリアは同意しつつ信康にシキブの一部を要望していた。
「駄目に決まっているだろ。そんな事をして、俺やシキブに何の利点があるんだ」
「無論、無償でなどと厚かましい事は口が裂けても言わぬ。相応の礼を約束する」
「シキブの一部をくれてやってまで、お前が言う相応の礼って奴が出来るとは思えんが・・・まぁ今回は取引相手はお前じゃなくて、アイシャの方なんでな。今回は諦めろ」
信康はそう言ってアザリアの要望を一蹴すると、アザリアは露骨に残念そうな表情を浮かべた。
シエラザードに慰められているアザリアを他所に、信康はシキブにある事を尋ねた。
「シキブ、報告があるなら聞こうか?」
「はっ。御命令通り、サボニーの愛人宅にあった機密情報などを手に入れました」
シキブからの報告を受けて、アマンモデウス姉妹は騒然とした。
そんなアマンモデウス姉妹の反応など無視して、信康は引き続きシキブに尋ねる。
「そうか。情報通りだったか?」
「はい。魔法道具であり異次元倉庫を一個ずつありました。この異次元倉庫一個に付き、中に白金貨二千枚入っております。十個あるので、合計で白金貨二万枚となりますね」
「っ!?・・・ははっ。いざ実際に耳にしてみると、実に御大層な金額だな。ザボニーの奴め。異次元倉庫一つでも相当凄いのに、随分とあくどく溜め込んだもんだ」
シキブからザボニーと同等の本命である戦利品を聞いて、信康は思わず笑みを浮かべた。
「他に戦利品になる様な物は無かったか?」
「いえ、ございました。愛人達の各自宅で所有していた高級家具や服飾品、生活に役立つ魔法道具や高価な宝石を多数回収済みです」
シキブから戦利品の続報を聞いて、感心しつつ笑顔で信康は返答をする。
「そうかそうか。相変わらず、お前は気が利く奴だな。何時も助かっているよ」
「勿体無い御言葉、大変ありがたく思います。御主人様」
信康が口にした感謝の言葉を聞いて、シキブは身体を震わせながら歓喜して一礼した。
「白金貨二万枚って・・・」
「・・・本当にノブヤスさんは、何時も私の予想など軽く超えて下さいますね」
戦利品の総額や価値に驚愕しつつ、アマンモデウス姉妹は口を挟まずに二人を見詰めていた。
すると信康は顎に手を添えて何か思案を始めた後、暫くしてシキブにこう尋ね始めた。
「シキブ。戦利品の方だが、これで終わりか?・・・他に何か無かったか?」
「こちらになります」
シキブはそう言うと自身の体内から、黒い革製の鞄を取り出して信康に手渡した。
信康はシキブから黒い革製の鞄を受け取って開けると、入っていた書類の束を取り出して内容を確認した。
そして笑みを浮かべて持っていた書類の束を黒い革製の鞄に戻した後に、信康はアニシュザードと向き合った。
「さて、遅くなったが・・・アイシャ。改めて取引をしよう」
信康はアニシュザードを見ながらそう言うと、アニシュザードは両眼を見開いて驚いた。
「そう。それで? 私から何が欲しいのかしら?」
アニシュザードは信康が要望する対価を尋ねた。
「手に入れた戦利品を全てやる。俺が欲しいのは一つ。お前への借りの解消だ。どうだ? お得だろう?」
信康が提示した対価を聞いて、アニシュザードは両眼を見開いた。しかし直ぐにその見開いていた両眼を細めて、フッと笑う。
「全然得じゃないわね。そんな取引だと、私は大損じゃない。それが要望だと言うのなら、取引はしないわよ」
アニシュザードは即答して信康の対価条件を却下すると、アザリアは驚きながらアニシュザードに尋ねた。
「何故ですか? アー姉様」
「アザリー。それは簡単な事よ。戦利品を手に入れる事よりも、ノブヤスさんの借りを上手く活用すればそれ以上の利益が産み出せると、そうアイシャはノブヤスさんを評価しているんだと思うわ」
アザリアの質問に対して、シエラザードが代わりに答えた。
アザリアは自然とアニシュザードに視線を向けると、アニシュザードは苦笑しつつ首肯した。
「まぁシエラ姉さんの言っている事は、大方間違っていないわ。折角貴重なノブヤスの借りだもの。有効活用しないと、勿体無いじゃない?」
アニシュザードの意見を聞いたシエラザードとアザリアは、確かにその通りだと笑いながら苦笑した。
「おいおい。過大評価が過ぎるんじゃないのか?」
「そうかしら? カロキヤ軍を二回も叩き潰していて、エルドラズも制圧した挙句、大海賊一つも潰している豪傑相手に正当な評価を下した心算なのだけど?」
フフッと妖艶に笑うアニシュザードに対して、信康は困った様子で溜息を吐くしか無かった。
「ノブヤスさんを評価するのも悪くありませんね。ところで、ザボニーはどうするおつもりで?」
シエラザードはふと思い出した様子でそう尋ねると、アニシュザードとアザリアもそう言えばと言いた気な表情を浮かべて信康に視線を向けた。すると信康は隠す事無く、意図の説明を始めた。
「簡単な事だ。お前等はザボニーを普通に警備部隊とかに引き渡そうって考えているが、どうせならもっと高値で買ってくれる相手に売り付けるべきだろう?」
「は? 高値で買ってくれる相手じゃと?」
「・・・成程、そう言う事ですか」
アザリアが首を傾げる中、シエラザードは信康の意図を理解した様子で頷いていた。
「アザリー。つまりノブヤスはザボニーを警備部隊にではなく、生家のヒルハイム侯爵家に身柄を引き渡した方が良いと言いたいのよ」
「そう言う事だ。貴族って奴は大なり小なり、面子って奴を重んじる奴等だからな。それがプヨ五大貴族の分家筋ともなれば、そりゃ気位の高さは推して知るべしって奴だ」
アニシュザードの解説を聞いた信康は、補足する様にそう言い重ねて来た。
事実として現在のヒルハイム侯爵家では、犯罪者を出してしまった事で家中は尋常ならざる騒動が起こっていた。
ザボニーが粛々と判決を受け入れて居れば此処まで酷くはならなかったのだが、逃走してプヨ王国から指名手配されてしまった事が騒動の大きな要因となっていた。
ヒルハイム侯爵家は少しでも家名の名誉挽回を果たすべく、今日も血眼になってザボニーの大捜索を行っているのである。
目的であるザボニーが、既にシキブの手に確保されている事も知らずにだ。しかし信康の話は、此処で終わらなかった。
「まぁ俺だったら、どうせ売るならもっと高値で買ってくれる相手に売り付けるがな」
「もっと高値ですって? ヒルハイム侯爵家以外に、そんな貴族なんて・・・・・・まさか」
信康の発言を聞いて反射的に否定しようとしたアニシュザードだったが、思い当たる存在が不意に自身の脳裏に浮かんだ事で思わず閉口した。
「そのまさかさ。どうせ売るんだったら、プヨ五大貴族筆頭のアーダーベルト公爵家に売り付けた方が良いだろうよ」
「果たしてそうでしょうか? 一番失態を拭いたいヒルハイム侯爵家の方が、売れる恩は多いと思うのですが?」
信康の意見を聞いて、シエラザードは疑問に感じて反論した。すると信康は、直ぐにシエラザードの疑問に答える。
「確かにそう見えるかもしれないが、俺から見たら既にヒルハイム侯爵家は凋落の兆しがある。何せザボニー云々以前に、パリストーレで勃発した会戦でフォルテスって奴が居てな。そいつが真紅騎士団の策にまんまと引っ掛かって第三騎士団を道連れに戦死なんて間抜けをやらかしてるんだよ」
「つまりノブヤスは正直にヒルハイム侯爵家にザボニーを引き渡すよりも、プヨの貴族で頂点に立つアーダーベルト公爵家に僅かでも売れる恩を売り、人脈を築いた方が良いと言いたいのじゃな?」
信康の話から意図を察したアザリアはその様に質問すると、その通りだと言わんばかりに首肯した。
「ノブヤスの言いたい事は分かったわ。言っている事も、理に適っている様に思うの・・・だからこそ、私はノブヤスに訊きたい事が二つ程あるのよ」
「何だ? 俺に答えられる事なら、何でも答えるぞ」
アニシュザードの疑問に答えるべく、信康はじっとアニシュザードに視線を向けて質問を待つ。
するとアニシュザードは早速、信康に一つ目の質問を始めた。
「先ず一つ目の質問なんだけど・・・ザボニーの罪状だけど、数ばかりで横領とか賄賂とか其処まで大きく処罰される様な犯罪でも無いじゃない? 仮にザボニーを引き渡したとして、其処まで両家は恩義を感じたりするかしらね?」
アニシュザードの最初の質問を受けて、信康は直ぐにクスッと笑いを零した。
「ふっ、確かにそうかもしれないが・・・もしあいつが捕まったら、死刑は免れないぞ。こいつに手を出した所為でな」
信康はそう言うと、パンと黒い革製の鞄を叩いた。信康の発言を聞いて、アマンモデウス姉妹は騒然となった。
「し、死刑とは穏やかな話ではないな・・・何が入っていたんじゃ?」
「確かノブヤスさんは、書類の束を出していましたよね?」
アザリアとシエラザードに尋ねられた信康は、黒い革製の鞄をシキブに預けてから答えた。
「あの鞄の中に入っていたのは、プヨ軍の機密情報だよ」
「「「ぶっ!?」」」
信康の回答を聞いたアマンモデウス姉妹は、一斉に噴き出してしまった。
想像以上の反応を見せるアマンモデウス姉妹を見て、信康は必死で笑いを堪える。
「ごほごほっ・・・つまりザボニーは最早プヨに居場所は無いと悟り、手土産を持って亡命でも図ろうとしたと言う事ですか?」
「状況証拠でしか無いが、そう考えるのが筋だろうな」
シエラザードの推測に対して、信康はそう言って肯定した。実際は信康に依る濡れ衣でしかないのだが、馬鹿正直に言う心算など毛頭無い。
「・・・国家反逆罪となると、話が変わって来るのぅ。プヨを裏切ったとあっては、例え五大貴族であろうと連座に依る処罰は免れぬやもしれん。特にヒルハイム侯爵家の地位が危うくなるのは、ほぼほぼ必至と言えるじゃろうな」
アザリアの独白をはザボニーの罪状が、如何に重罪なのかがはっきりと理解出来るものであった。
「・・・想像以上に大きな話になって来たわね。だけど私は逆に、益々疑問に感じる様になったわ・・・・・・ノブヤス。アーダーベルト公爵家でもヒルハイム侯爵家でも良いから、貴方が自分で恩を売りに行かない理由が私にはどうしても分からないのよ」
アニシュザードは嘘は許さないと言わんばかりに、鋭い視線を向けながら信康に訊ねた。
(自分を良い様に利用しようとしたら、承知しないぞって感じだな。まぁそんなの、唯の杞憂なんだけどな)
信康は心中ではそう思いながらも、肩を竦めつつ直ぐにアニシュザードに答えた。
「別に簡単な話だよ。俺はただの傭兵に過ぎない。プヨにきちんとした地盤がすらないそんな矮小な奴が、如何にも恩を着せようと行ってみろ。後で脅された事に怒って、俺を消そうとか色々企むかもしれないだろう? 周りにも累が及んだら嫌だしな」
「それは・・・・・・言われてみれば、そうかもしれないわね」
信康がザボニーをアニシュザードに売り渡そうとする理由を聞かされて、アニシュザードは納得した様子を見せた。
「だろう? こう言う類の手段は、俺がもっと地盤固めをしてからにするさ。それにお前はこう言った、強請り集りの類は得意だろう? 簡単に潰される様な組織でも無いだろうしな」
「失礼な事を言うわね。千夜楼をその辺に居る様な、チンピラやゴロツキ共と一緒にするんじゃないわよ」
信康が半分茶化す様にアニシュザードにそう言うと、アニシュザードはムッとした様子でそう反論した。
「ははははっ。悪い悪い・・・それで、どうだ? 俺の取引を受けるか? 戦利品のついでにザボニー達を引き渡してやっても良いぞ?」
信康の提案を改めて受けたアニシュザードは、両目を閉じて顎に手を添えてから思案を始めた。
それから少しばかり時間が経過すると、アニシュザードは開眼して信康に答えた。
「良いでしょう。借りの方は、無かった事にしてあげるわ」
「ははっ。お前ならそう言ってくれると思ったよ。商談成立だなっ」
信康はフッと笑みを零した。
「ザボニー達を引き渡す時は改めて伝えるから、もう少し待って貰えるか?」
「良いわよ。正直に言うと私もザボニーをアーダーベルト公爵家かヒルハイム侯爵家、どっちに売り飛ばすか決めかねているのよね。結論が出たら、私の方から手紙を送るわ」
「了解した」
信康はアニシュザードに承諾した様子を見せると、更に其処から細かく打ち合わせを続けるのだった。




