第303話
プヨ歴V二十七年六月十八日。昼。
「・・・・・ふわぁ~、良く寝た」
信康が起床すると、時間は既に昼を過ぎていた。
「施設の警備時間まで時間があるし、散歩して来るか。ついでに食堂に寄って軽くなんか食べてから暫くの間、夜食の方も続けて頼んでおこう・・・」
信康は寝台から降りて自室を退室すると、そのまま食堂に向かい遅めの昼食を食べてからヴェルーガに昨日と同様に夜食を用意を依頼した。
それから信康は食堂を出ると、中年女性の管理人に外出届を出して兵舎を出た。夜勤の施設警備任務まで、散歩でもして暇潰しをする事にした。
斬影に騎乗した信康が向かった先には、ケル地区にあるプヨ国立公園だ。其処で少しばかり、日向ぼっこする事にした。
プヨ国立公園に到着すると、向こう側から見知った美少女が走っているのが見えた。
信康は手を上げて、その美少女に挨拶した。
「よう、ナンナ」
「あっ! やっほーノブヤス」
信康がそう声を掛けたナンナも、手を上げて挨拶した。
ナンナは足を止めて、首に掛けているタオルで汗を拭いた。
「今日もランニングか。熱心な事だな」
「まぁね。身体動かすの好きだし、それに今年も収穫祭があるからね」
「収穫祭?」
信康は初めて聞いた単語に、首を傾げた。
「ああ、ノブヤスは知って居る訳無いよね。ノブヤスが投獄されている間に去年もあったんだけど、毎年行われる秋の実りを祝うお祭りだよ」
「祭りね。それがどうして、お前がランニングするのに関係あるんだ?」
信康の中の祭りとは歌って食べて酒を飲んで踊ると言う印象しかないので、どうにも身体を動かすのに結ぶ付かない。
「ああ、ノブヤスは外国の人だから知らないか。プヨの収穫祭はね、競技も行われるんだよ」
「競技?」
「うん。剣術大会とか馬術大会とか、あと珍しいのが大食い大会とかあるよ。それでボクが出るのは、学生限定の百メートル走なんだ」
「それって、走って順位を決めるのか?」
「そうだよ」
信康が何となく言うと、当たって鼻の頭を掻いた。
「ふむ。それに参加するから、練習中というところか」
「ボクはね、去年の百メートル走で優勝したんだよっ! だから二連覇を目指しているんだけど・・・・・・それ以上に負けたくない相手が居るんだっ!」
ナンナは拳を握って、目を炎を宿した。
「ほぅ? その相手とやらは誰だか知らんが、優勝なんて凄いじゃないか。今更だが、おめでとう」
信康はナンナの反応と去年の収穫祭では優勝したと聞いて、ナンナは敗けず嫌いな事に驚きつつも祝言を送る。
すると信康に祝言を送られたナンナは、照れた様子を見せながら感謝した。
「まぁ、頑張れ。・・・・・・そうだ。暇だから、お前の練習を見てやろうか?」
「良いの?」
ナンナは遠慮した様子でそう言うと、信康は問題無いと胸を張った。
「ありがとう。嬉しいけど・・・見てやるって、どんな事をするの?」
「走る競技なんだから、早く走るコツと言うものを教えてやろう」
「わ~い。ありがとう」
信康とナンナはそのまま、プヨ国立公園で短距離走の練習の特訓を始めた。
数時間後。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
ナンナは全身に汗を拭きだしながら、膝を軽く曲げ手を置きながら荒く息を吐いている。
「お疲れさん。思ったよりも体力があるな。お前」
信康は声を掛けながら、練習中に買っておいた飲み物を渡した。
「あ、ありがとう・・・・・・」
ナンナはその飲み物を受け取ると、喉に流し込んだ。
「はぁ~美味しかった~」
ナンナは口が濡れているので、タオルで口を拭う。
「疲れただろう。兵舎が近いし、俺の部屋で休んで行くか?」
「はぁ、はぁ、そうだね。お邪魔しても良いかな?」
「俺は構わない」
「じゃあ、付いて来い」
信康はナンナを連れて、兵舎へと向かった。
信康達がヒョント地区にある傭兵部隊の兵舎に帰還すると中年女性の管理人に、客人を自分に部屋に通すと言ってからナンナを部屋に連れて行った。
ナンナを連れて信康が歩いていると、自分の中隊や他の中隊の隊員達が通りかかった。
最初はナンナを見て怪訝な顔をしたが、直ぐに信康を見て納得してそのまま通り過ぎた。
信康は自分の部屋の前まで連れて行くと扉を開けた。
「ほれ、部屋に入って良いぞ」
信康が身体をずらして、ナンナに部屋に入室する様に促した。
「おじゃましま~す」
ナンナはそう言って信康の部屋に入室した。
その恐る恐る部屋に入室する姿はまるで、余所から借りて来た猫みたいであった。
ナンナが部屋に入室すると、信康も部屋に入室し扉を閉じた。
「好きな所で休め。今、飲み物を用意してやる」
信康はそう言って懐から、虚空の指環を取り出した。
その虚空の指環を指に嵌めて、発動言語を唱える。
すると黒穴が生まれたので、信康はその黒穴の中に手を入れる。
その黒穴から、水差しとコップを出した。信康はコップに、水差しの中身を注いで行く。
「ほれ」
信康はそのコップをナンナに渡した。
「ありがとう。・・・・・ちょっと、柑橘の味がするね」
「ああ、そうだ。水に檸檬を混ぜているからな」
「へぇ、そうなんだ」
ナンナは水を飲みながら、感心していた。
「どうして、こんな水差しを持っているの?」
「その昔、熱い国で仕事をする事があってな・・・その時に傭兵の同僚から、この水差しを貰ったんだ。そいつ曰く酸っぱい物と塩を混ぜた水の方が、普通の水を飲むより回復が早くなるんだしとか言っていたな」
「だし? 変わった語尾だね、その同僚さん」
「まぁ変わった奴だが、悪い奴ではない。料理も上手いし美人だからな」
「そうなんだ・・・ねぇ、ノブヤス。改めてお願いしたいんだけど・・・・練習で疲れて休みたい時は、この部屋を使っても良い?」
「それってやはりお前の自宅いえと学園と中間にあって、この近辺がランニングコースに近いからか?」
信康の質問に、ナンナは首肯して肯定した。
「俺は別に良いが、仕事で居ない時はオバちゃんに言っておけよ。鍵は掛けないでおくから」
「良いの?」
「前にも言ったが、特に盗まれる物は置いてないからな。何も問題ない」
「じゃあ、好きな時に来ても良いかな?」
今度は信康がナンナの質問に、首肯して肯定した。
「嬉しいっ! ありがとう、ノブヤスッ!!」
ナンナはそう言うと、嬉しさのあまり信康に抱き着いて来た。
「おいおいっ・・・年頃の女が、あんまり男に抱き着くもんじゃないぞ?」
信康はそう言いながら、ナンナの頭を優しく撫でた。それからナンナを見送って別れた信康は、部屋に戻ると仕事の準備をした。
そして食堂で夕食を食べてヴェルーガから夜食を受け取った信康は、ライナ達と合流してから一緒は軍事施設の警備に向かった。
しかし警備の間は昨日みたいに、侵入者が来る事は無かった。




