第298話
信康は兵舎の玄関へと向かう。
其処には、ブルスティ達が待っていた。
「あっ、中隊長。御疲れ様ですっ!」
ブルスティが頭を下げると、他の者達もそれに倣って頭を下げた。
「待たせたな、お前等。この通り、ちゃんと入隊許可を取って来たぞ」
『おおおおおぉぉぉっ!!!』
信康が見せ付ける様に手に持っていた、傭兵部隊への入隊手続きに必要な書類の束を掲げる。
するとブルスティ達は歓声を上げながら、互いの身体を叩きあった。ブルスティは妻のエリナと抱き合い、その喜びを分かち合う。
「はいはい、その辺にしとけ。この書類が受理されて初めて、お前等は正式に入隊って事になるんだからな? 全員に一枚ずつ配るからこの書類に名前と年齢と出身国を書いて、俺に提出してくれ」
信康がそう言うと、ブルスティ達は困惑して顔を見合わせていた。
そして、ブルスティが代表して口を開いた。
「あの、中隊長。あっし達はカロキヤ出身ですから、正直に書いたら入隊させて貰えないと思うんですけど・・・?」
「当然だろうな。だからその対応策は考えてあるから、大丈夫だ」
ブルスティ達は互いに顔を見合わせた後に、再びブルスティが信康に尋ねる。
「大丈夫って中隊長は言いますけど、どうするんですか?」
「簡単な事だ。プヨとカロキヤの国境沿いの村落に、お前等は住んでたって事で処理しておくだけだよ」
「そ、そんな簡単で大丈夫ですか?」
信康が言う簡単な対策に、ブルスティは些か不安を覚えながら再び尋ねた。
「いざって時は俺と総隊長で何とかするから、お前等は心配しなくて良い。分かったら、この書類に必要事項を埋めておいてくれよ」
信康はそう言って。その場を後にしようとした。しかし直ぐに振り返って、ブルスティにある事を尋ねる。
「ああ、そうだ。ブルス。兵舎は一人部屋なんだが、エリナはどうする心算だ? 男女で棟が分かれているんだぞ?」
「あぁ、そうみたいですね。エリナと一緒の部屋には出来ませんか?」
ブルスティの質問を聞いて、信康はしまったと言わんばかりの表情を浮かべた。
「・・・・・・すまん、失念してた。総隊長に確認しておくわ」
「そうですか。もし駄目でしたら、エリナもこの兵舎に働ける様にしてくれますか?」
「そうして頂けたら、一生懸命働きますのでお願いしますっ。ノブヤスさん」
「それだったら、何とか出来ると思うぞ。まぁ明日、総隊長に確認しておくわ」
信康は必要書類をブルスティ達に渡すと、その場を後にした。
信康は昼食を食堂で食べた後に、ルノワとコニゼリアを抱いてから共に眠りに就いた。
起床すると夜になっていたので、眠ったままの二人を置いて信康は自室を退室した。
そして食堂にいたヴェルーガに遅い夕食を作って貰い食べた後、信康は中年女性の管理人に外出届を提出して兵舎を出た。
信康が向かった先は、ヒョント地区にある軍事施設だ。
其処はヘルムートに言われた、機密書類が保管されている場所であった。
信康は明日からその警備任務に就くのだが、気になって下見に来た。
機密書類の保管場所がどの様な所なのか、知りたいと思い足を運んだ信康。
その施設を外から、見ながら歩き回る信康。
信康は軍事施設に何処か変な所は無いか、また壊れていないか観察しながら見回る。
ジリリリリっという音を立てて、警報が鳴り響いた。
そして今まで明かりが灯っていなかった、軍事施設に明かりが点灯した。
何事だと思い信康は物陰に隠れながら観察していると、施設の窓を破って出て行く人影が見えた。
侵入者と思われる人影は軽く宙で回転させると、華麗に地面に着地した。
そして着地して直ぐに、その人影は駈け出した。
「逃げたわっ! 矢を放ちなさいっ!!」
そんな女性の声が聞こえたと思うと、軍事施設から矢を放たれた。
大量の矢が放たれたが、軍事施設から逃げ出した侵入者には一本も掠りもしない。
やがてその侵入者は塀を飛び越えて、そのまま夜闇に紛れて隠れると思われた。
「甘いですよっ!」
今度は別の女性の声が聞こえて来た。
その声と共に、物陰に隠れていた者達が姿を見せた。
麾下の第十中隊の隊員達と共に、サンドラが出て来た。
「逃げられると思わない事ね」
サンドラは腰に差している剣を抜いて、その侵入者に突き付ける。その間に隊員達に、侵入者を包囲させた。
「・・・・・・」
自分が包囲されているのに、その侵入者は動揺した気配もない。
これからどうするのか気になり、信康は物陰から注視していた。
「捕まえなさいっ!」
サンドラがそう号令すると隊員達は、喚声を上げながら逃げ出した侵入者を捕まえようとした。
そのまま侵入者を捕まるかと思われた。
「っ・・・・・・!」
逃げ出した侵入者は懐から何かを出して、地面に叩き付けた。その何かを叩き付けた瞬間、辺りに強力な閃光が生まれた。
(閃光弾かっ!?)
物陰に隠れて見ていた信康は嫌な予感を覚えて視界を完全に遮ったので、その閃光に目をやられずに済んだ。
逆に侵入者を包囲していた、第十中隊の隊員達は閃光弾の直撃を受けてしまう。
「ぐああああ、めが、めが・・・・」
「いてえ、いてえええええ・・・・・・」
閃光弾を受けた隊員達は、目を抑えて悶絶していた。
その隙を付いて逃げ出した侵入者は腕から糸みたいなものを出して、近くの家屋の屋根に飛ばした。
糸みたいな物の先端は返しが付いており、それが家屋の屋根に刺さった。
刺さったのを確認するとその侵入者は、糸を手繰り寄せる様に上がって行く。
信康は物陰から顔を出した頃には、その侵入者は屋根に上がっていた。
其処で雲に隠れていた月が出て来た。
月光により、その者の姿が見える様になった。
しかし残念ながら全身を覆う様に外套で身を包み、頭巾も深く被っている所為で顔も認識出来なかった。
その性別も判別しない新入試やはそのまま屋根を駆け出すと、次の家屋の屋根へと飛んで行った。
「くっ!? 追え、絶対に逃がすなっ!!」
サンドラがそう命じると、漸く視力が回復した隊員達が慌てて駆け出した。
しかし既に逃げ出し侵入者とはかなり距離があるので、捕まえるのは無理だろうと判断する信康。
「あんなのを捕まえるのか・・・普通だったら、骨が折れるだろうな。そう思わないか、シキブ?」
信康が不敵な笑みを浮かべてそう言うと、信康の影からシキブが出て来て信康に同意した。




